能登はいるわいね
地震から 380 日目
豪雨から 116 日目
紅白歌合戦で輪島から歌ってくださった
坂本冬美さんからお便りが届きました
心のこもった
たいへん美しい文字でしたためられています
みなさまにもご披露申し上げます
「地元の皆様にも大勢お集まり頂き
温かい拍手で盛り上げてくださいましたこと
心より感謝申し上げます
度重なる困難を乗り越えられた
力強い握手と
何事にも挫けない笑顔に触れ
逆に私の方が希望や勇気を頂きました
さらには御陣乗太鼓保存会の皆様の
魂のこもった素晴らしい演奏で
『能登はいらんかいね』を
全国の皆様にお届けすることが出来
私にとりましても
忘れられない紅白となりました
・・・
三十四年前
ミュージックビデオ撮影で
輪島から珠洲の町を歩かせて頂き
その素晴らしい風景や
町の皆様の温かさに感動したことが
鮮明に思い出され
改めて目を覆うような光景に
地震の凄まじさ
水害の恐ろしさ
自然の脅威を痛感致しました
・・・
それではまた
輪島で歌わせて頂けます日まで
私も精進を重ねて参ります」
素晴らしい歌声と
その優しいお人柄に魅了されたこと
思い出しました
放送のあとに歌っていただいた「風に立つ」
冬美さん自身
悲しくてつらくてどうしようもないときに
つくっていただいた大切な曲だそうです
「朔風が吹いても
向かい風吹こうとも
たじろがずくじけずに
前だけ見つめ行くがいい
泥にまみれて涙流しても
こころに錦の花をもて
そうさ人生やるっきゃないさ」
以前このブログで
演歌は好きになれない
みたいなこと書きましたが
とんでもない
心に響きました
音楽にはジャンルなどない
すばらしいものはすばらしい
心からそう感じた瞬間でした
今
外では
御陣乗太鼓を思わせる
冬の雷が鳴り響いています
今日の【商売ことはじめ】
昭和23年
戦災で焼け野原となった博多の街に
小さな食料品店が生まれました
お店の名前は「ふくや」
戦時中の幼少期を韓国で過ごした店主は
そこでの庶民の食べ物「たらこのキムチ漬」
その味が忘れられず
味を再現し売り出します
なんだか祖国タイで見た
海辺の映画館が忘れられなくて
被災地の皆に見せてあげたいと
がんばっているナタ君みたいです
タラコとはすけとうだらの卵
昔
中国が明(みん)と呼ばれていた頃
その近海でよく獲れたことから
すけとうだらのことを
「明鯛(みんたい)」
と呼んでいました
「明鯛」と書いて「すけそう」とも読みます
もう漢検一級レベルですね
こうやって作られた「明鯛子」
店主は細々と商売をしながら
その製法を惜しみなく
博多の人々に伝えました
昭和50年
新幹線が博多まで延伸されることになったとき
博多名物として何を置こう?
そうだ!明太子だ!
こうして爆発的なヒット商品となるのでした
逆境の中でこそ新しいものが生まれます
今「街プロ」で生徒たちが作り出しているもの
この先どんな進化を遂げるか楽しみです