学校日誌

ほりほりの部屋Vol.33「3 tops & 1 bottom~the unforgettable 4 boys<my proud students>~Part4」

 皆さん、こんにちは。堀です。諸君はインフルの予防接種、済みましたか?堀は来月の予約取れました。妻は今週月曜日、仕事からの帰宅途中に、予約も無しで、ふと立ち寄った町医者さんで1本打ってきました?!えっ、そんなカンタンに??「がらがらやったわ。3000円ぽっきりやった。」とのこと。どうしよ~、その病院行こうか、でも、せっかく取れた予約断るのもな~、などとウダウダ悩み中。はよ決めよ。ワクチンでGAT!

 さて、今回は、29年前の教え子から、16年ぶりに届いた、13年前のお便りをネタに。大切に取ってあるんです。まずは、じっくり読んでみてください。

 今回紹介するこの<my proud student>は辰巳丘勤務時、3年生時のみ担任をした生徒。1・2年時は全くNo Touchでした。これまでの3人と違って、4月8日に出会った頃の成績は the bottom、正真正銘「どん底、びりっけつ、最下位」、辰巳丘で。5教科偏差値32.3。3年生へ進級できたこと自体が奇跡で、単位不認定科目も数知れず・・・生徒指導歴・補導歴も極めて華麗?!婦女暴行以外の不良行為ほぼほぼコンプリート・・・この手書きの丁寧な文字からは、当時の彼の服装・態度・暴言等、想像もつかないでしょう。そんな彼と、「好きなミュージシャン」(一例がサザン)やら、入部早々に監督とモメてあっさり退部したけど大好きなスポーツ「野球」ネタ(堀は黒とオレンジのチームを応援し、彼は黒と黄色のチームに熱狂、つまり「虎キチ」)やら、雑談を交わしつつ、その頑なな心をしなやかに解放していくことは、とても楽しい作業でした(こういうの、堀の得意ワザかも)。そして、ある日の面談で、ふと漏らした「ホンネ」を聞き逃さず、「それや、それや!あきらめんな!最後まで!最後までやりきるんや!がんばるなんて言うな!『やってみます』と言え!『やってみます』と!」とけしかけたことが全ての始まりでした。その「ホンネ」というのが、「先生。俺、今まで誰にも言ったことないげんけど、なりたいもん、あるんや。」「うん?なんや?『なりたい自分』あったんかい。」「ゆったら、絶対馬鹿にされると思とったから。笑われると思とったから。おまえなんか、なれるわけない、むりむり、って言われると思とったから。親にも先生にも、今までゆったことなかったんや。」「ほーほー。で、なんや?なんや??」「記者。新聞記者になりたいんや。なんかかっこいいがいね。社会正義っていうんけ?社会の悪もんをあばく、みたいな。」このやりとりの後、さきほどの「それや、それや!」に繋がっていくことになります。「ほんなら、東京行こまいけ。東京の大学。この際、わしらの神、桑田佳祐の出身大学、青学やな。青学、いい女ぞろいやといや。(←差別的表現でスミマセン。当時の言葉使いを忠実に再現してみました。悪意はありません、まさお。)いいな~、夢のキャンパスライフ到来やん。ファッション雑誌の世界らしいで~。いいな~。おまえの志望大学は、あ・お・が・く。」「なれっかな?新聞記者?なれると思うけ?」「やってみなわからんがいや。なーんでも、まずは、『やってみます』って宣言することからなんや。ほーやろ?ほれ、ゆうてみ。『やってみます』って。」「やってみます・・・」「声が小さーい!もういっぺん!大きな声で!覚悟を決めて!はい!」「やってみます!って、先生、何をやってみるん?」「おう、よう聞いた!青学のねーちゃんら(←差別的表現でスミマセン。当時の言葉使いを忠実に再現してみました。悪意はありません、の風にのって。)は、まずは英語やっとるんやと。できるんやと。桑田がなんかのインタビューで言うとった(←ウソ。彼はまだ信じてるかも・・・)。やし、まずは、英語からや。」この後、具体的な学習方法を指示。受験までの超ハードな学習スケジュールを自ら組み、忠実に実行し、平均睡眠時間3時間という日々を持ち前の強靱な体力で乗り切りました。最後の模試では、3教科偏差値は55にまで到達。残念ながら現役では青学に届きませんでしたが、浪人してからは6月模試あたりですでに青学国際政経A判定が出るまでになり、ついには夢のキャンパスライフへと突入していったのです。

 そんな彼なので、青学進学は通過点にすぎないので、英語を中心とした自己研鑽継続。卒業後、全国紙の本社採用、記者職で!しかも担当は政治、国政!国会議事堂記者クラブに入り浸って、泊まりがけの取材活動がお仕事となりました。その快進撃はとどまることを知らず、多忙を極める政治記者としてのお仕事の合間に、あの「9.11」テロを素材に膨大な論文を英語で書き上げ(読ませてもらいましたが・・・すごかった!分量も内容も!そして、面白かった!)、ついには、世界中で毎年数名しか選出されない、いわゆる「フルブライター」として、アメリカから巨額の留学費用が支給されるに至ります。ワシントンD.C.にある、アメリカの軍事に関する最高機密満載の施設「ペンタゴン」(一般人は、入場はおろか近づくことも規制されている施設)内部に日々通いつつ、名門ジョージタウン大学の大学院で思う存分、自己の研究にのみ集中でき、全く働かずとも夫婦2人の生活に支障のない資金と環境を与えられたのです。さらにこの留学のあと、「フルブライター」人脈をフル活用して、アイルランドの基幹大学ダブリン大でテロの研究および国家・企業の危機管理研究に邁進することになります。フランス・パリでの生活を経て、帰国。大企業の経営コンサルタント、主に危機管理・人事管理(不正行為摘発)業務に携わることになります。諸君が知っているであろう最近の大仕事は、日産のカルロス・ゴーン社長の不正を摘発した経営企画チーム・法制部門担当の一員でもありました。現在は独立系の経営コンサルとして、世界をまたに、超高収入を得て活躍中です。彼もまた、都心のタワマンに住み、親子3人で優雅な生活を送ってます。先日、金沢に帰省した際も、駅直結の真新しいホテル「セントリック・ハイアット」で宿泊してましたっけ・・・おマネ持ちなりね~(コロ助風に~『キテレツ大百科』より~)。いかがです?この大逆転人生!今これだけ裕福な人生送ってる彼の同年代、附属や泉出身者でもそうそうおらんよ。諸君の人生もまだまだこれからなんよ。「なりたい自分」のために、こだわり続ける心、最後までやり抜く決意、そういうものが将来を豊かにするのだと思います。走り出すきっかけはなんだっていいんです。彼の場合、堀との出会いがきっかけだったというだけのことなのです。諸君!悩んでる人がいるなら、ほりほりの部屋へどーぞ。ちょっと、お話ししませんか?ドアはいつでも開けてますから。(最近寒くて閉まってるかも。Knock knock!)

 話変わって・・・彼および彼の取り巻きが、男子も女子も相当数集中在籍する「309ホーム」の担任を誰が担当するのか、前年度3月から注目の的でした。今振り返っても、いろんな意味で、本当に「やりがいのあるクラス」でした。でも、誰一人、脱落させることなく、全員、卒業させることができました。いまだに年賀状のやりとりやミニ同窓会をずっと継続しているのもこのクラスの子たちです。たった1年のつきあいが、否、10ヶ月のつきあいが、一生のおつきあいになってます。「サザンのチケット、3枚余ってるけど、ほりさん、いる?」(注:当時から、「学校にいるときは『堀先生』と呼ぶ!でも、学校外の場所で出会ったり、卒業したら、ただの人と人との関係だから、『ほりさん』と呼ぶ!なんて指示してました。ちなみに、堀が20代の頃の教え子たちはいまだに『ほりほり』と呼び、錦中1期生たちは『ほーりー』と呼びます。呼び方の由来は、いつかまた。)「おー!いるいるう!プラチナチケットやん。定価で買う~。」かくして、サザン伝説のライブ、「雨の日産スタジアム」も、当時、横国に通ってた息子と夫婦の3人で、めっちゃ良い席で観ることができました。若き日に、生徒たちと、時に厳しく格闘し、時に優しく寄り添う、そんな時間を過ごしてきたことへのご褒美が、おこぼれが、年月を超えて突然やってくる。これこそが教師の醍醐味です。諸君!!「なりたい自分」候補に「教師」はいかが?人づくりはなかなかやりがいのあるお仕事です。爆発的おマネ持ちにはなれませんけど・・・ではでは。今日はこの辺で。CU ASAP!