2024年1月の記事一覧
輪島の幼小中高を繋ぐプラットホームへ
31日目
本校に小学校と中学校の仮校舎を受け入れることが
正式に決まりました
対象の学校は
輪島中学校
ほとんどの生徒が家族を離れ
市外の施設に集団で移転して
授業を受けていますが
家庭の事情等で輪島に残っている
40名が対象です
小学校は
河井、鳳至、鴻巣、大屋、河原田、三井
の6校から180名
3階には、小さな子どもたちが集うカタリバさんが
トレーニング場や武道場には、避難をされている方が
体育館には、地域を守る自衛隊が
これまでどおりいらっしゃいます
まさに幼稚園からお年寄りまで
全ての方が集まる
生涯学習のプラットホームとしての
役割を担うことになります
体育館が使えないので
広めの部屋に卓球台を置いて
体育ができるようにしようかとか・・・
いろいろ考えています
小学校の移転の知らせを聞いた
長崎県立佐世保中央高等学校の
中島数美教頭先生からは
絵本全集を送っていただけることとなりました
小中高いっしょに体育をしたり
高校生による読み聞かせや
学習支援をしたり
この機会でないとできない
さまざまな教育をしかける
チャンスと考えています
あす
小中の校長先生方と打ち合わせをする予定です
いろんなアイデアを出し合って
新しい輪島を創る
未来の力を育てていきたいと思います
金沢方面へ二次避難をしている
1,2年生に対しては
石川県文教会館を学びの場として
活用できることとなりました
午前中は輪島高校から配信される
オンライン授業を受け
午後は金沢に詰めている
先生による授業を展開します
金沢大学の学生ボランティアによる
学習支援をしていただけるかもしれません
無料の家庭教師ですね!
輪島にいる生徒に対しても
授業のコマ数を増やして
より本格的な授業に近づけていきます
昼食も提供できることになりそうです
帰りにシャワーして帰ることもできます
なんだかわくわくしてきませんか?
先生方も智恵を出し合いながら
小中の先生とも協力しながら
よりよいものを目指して
頑張ります
飯田高校の校長先生から
いいものをいただきました
飯田高校もやっぱり被災して
校舎の中がひどい状態だったそうです
3階の廊下の本棚にあった赤本が崩れ
生じた亀裂からほとんど2階に落ちたんだそう
ところが1冊だけ引っかかって
落ちなかったんです
それがこちら
「落ちない赤本!」
受験生のみんな
縁起がいいから
待ち受けにするんだ!
僕は明日、昨日のきみと・・・
30日目
このコラムの冒頭の「〇日目」というカウント
これ実はある映画のオマージュです
その映画は
「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」
福士蒼汰さん演ずる美大生、高寿(たかとし)と
小松菜奈さん演ずる秘密を抱えた愛美(えみ)の恋物語
ストーリーが進み愛美の秘密が明らかになると
それまで時折見せていた彼女の涙の意味に気づき
何ともいえない切ない気持ちがこみ上げます
通常、映画の冒頭にあるタイトルバックが
開始1時間後
ちょうど折り返しのあたりにあるのも
とっても意味深
二度観がお薦めです
二度目は愛美に感情移入してみてください
時が遡り
涙腺崩壊必至です
単なる恋愛映画に終わらず
今まで出逢ってきた人たちと過ごしてきた
全ての瞬間が愛おしく感じる
そんな映画です
自分がこの映画を見たのは
一番下の娘が高校を卒業する直前のことでした
大学を出て就職して結婚して
もうこの家で暮らすことはおそらくない
やがて再び妻とふたりだけの生活に戻っていく
巣立って行く娘にこれまで何をしてあげられたのか
そして限られた時間の中で何をしてあげられるのか
残された時間が
なんだかとても大切なものに
感じられたことを思い出します
大切な人と過ごした時間は
いつまでも色褪せることなく
心の中で輝き続けます
卒業生のみなさんは高校生活の中で
いくつの輝きに出会えたのでしょうか
これまで
あなたがそこにいるだけで
ご家族の心の輝きであったことは
まちがいありません
そしてこれから先、
いくつの新しい出会いが待っているのでしょうか
自分自身が誰かの未来になれるよう
目の前の人との一瞬一瞬を大切にして
「今」を感じながら歩んでいってください。
こんなことを
昨年の卒業式で
生徒と保護者に
お伝えしました
今回の震災で
「大切な誰か」を
失ってしまった方も
いらっしゃいます
なんて声をかけていいのかも
わかりません
映画のカウントは
30日目で終わりますが
我々のカウントは
まだまだ続きます
「燃える男」の思い出
29日目
輪島市の「災害ゴミ」の回収が始まります
「災」と貼り紙をして
建物の前にまとめて置いとくのだそうです
「災」といえば
昔、野球部にいた元気な選手のことを思い出します
その選手は帽子のつばの裏に
「災」と大きな字で書いていました
どういう意味か尋ねると
「俺は燃える男なんで、『ほのお』っす!」
野球の練習もいいけど
漢字の勉強もせえと・・・
東京でホストやってるって聞いたけど
今頃どうしてるかな?
避難所では
この後輪島高校を小中学校としても
利用するため
避難民の方に避難所の移動をお願いしています
多い時で500人いた避難民の方が
今では103人に減りました
コロナ等感染者の方も2名となりました
生徒の転学も徐々に進んでいます
ある報道によると
今回の被災によって
現時点で輪島市民の36%が
金沢近辺に変わっていったと
試算されています
現在他校への転学が決まった生徒4名
他校からの返事待ちの生徒13名です
うち他校との条件が合わず
転学先の再考を迫られている生徒が
2名います
高校の転学は
やはりハードルが高いようです
今後の学校行事についても
検討をしなければなりません
直近のことについて言えば
卒業式です
体育館は現在自衛隊の駐屯地となっていて
使用することができません
仮に3月までに自衛隊が出られたとしても
体育館の床が傾いてしまっていて
危険でみなさんを入れるわけにはいきません
輪島市文化会館大ホールは
現在物資置き場となっていて
3月に使用できる保証がありません
そこで
金沢市の音楽堂で行うこととしました
すでに金沢の方へ変わってしまった卒業生が多く
かえってその方が集まりやすいと判断しました
音楽堂なら金沢駅の近くでアクセスもよく
思い出に残るものとなるのではないでしょうか
輪島からはバスを貸し切ります
卒業生は無料
ご家族の方は有料となります
日程は3月1日(金)
13:30開式の予定です
後ほどバス利用の希望をとりますので
ご計画に入れておいてください
避難所の男の連隊勤務、月月火水木金金
28日目
週に一度
二次避難している妻と両親のいる内灘へ
洗濯と風呂のため通っています
日中は車が混むため
夜明け前に出発して学校へ帰ります
朝早いと冷え込みが厳しく
フロントガラスが凍て付いています
お湯をかけてもすぐに凍ってしまうので
北陸ならではの生活の知恵です
ナイロン袋にお湯を入れて
フロントガラスを撫でるのです
そうすると再凍結させずに
しかもわずかなお湯で
氷を融かすことができます
地震の爪痕を眺めながら
慎重に車を走らせます
のと里山海道は
ところどころ崩落していて
残されたガードレールのワイヤーが
なんだか墓標のようです
崩れた山肌を見ると
人間が地球を守ろうだなんて
そもそもとんでもない思い上がりで
偉大な地球の上で
単に生かされているだけの存在なのだと
実感します
立ち昇る霧に吸い込まれそうな
神々しさを感じます
学校に着くと
今日は簿記の検定です
本校にはビジネスコースがあって
実社会に出て即戦力として
活躍できる人材の育成を目指して
さまざまな資格取得に取り組んでいます
今日は4名の生徒が受検しました
おや?きちんと制服を着ている生徒が
なんでもお母さんが
とりあえず制服を持って
逃げてくださったのだとか
お母さんの愛情を感じて
なんともいえないせつなさを感じます
大阪大学から支援の方がみえました
避難所の視察を終え
必要な支援を考えてくださいます
避難所にどんなボランティアが必要か?
この問いには即答はできません
状況は日に日に変化しますし
突然にマンパワーが必要になることが
しょっちゅうです
前もって
「こんなボランティアをする!」
万全の準備をして来てくださっても
案外、的外れであったりもします
何かあった時のために
そこにいてくださるだけの
ボランティアがあります
「待つのも仕事」です
今日はスーパーの移動販売が
来てくださいました
避難民の方が楽しみに
玄関まで来られたのですが
テレビカメラがいるのを見て
「やっぱりやめた」
と帰っていく方がほとんどでした
映さないでくれと
自分がしっかり断るべきでした
ごめんなさい
避難所には
こんなかわいいメッセージボードが
これならつらい避難所生活も
ちょっぴり楽しく過ごせそうですね
最後に防災の知恵です
タンスや棚の上部に
隙間にピッタリ
カラーボックスを置きます
固定しなくてもOKです
今回、グランドピアノが裏返るような
震度7でもびくともしなかったので
実証済み、おすすめです
選抜出場おめでとう
27日目
金沢のホテルで勉強している
3年生を訪ねました
落ち着いた環境で勉強しています
金沢西高校のお昼休みには
あったかいうどんも
提供していただけるのだとか
春の選抜に
輪島市に校舎を構える
日本航空高校石川が選ばれました
おめでとうございます
被災地にとって
大きな希望の光です
日本航空高校石川野球部が
創部されたのは2003年
同年初めて公式戦を戦った相手は
当時私が部長を務めていた
町野高校でした
その年町野高校は閉校が決まっていて
町野高校野球部の最後の年でした
輪島市に新しくできた学校の
最初の相手が
その年に輪島市から消えてなくなる学校
何か因縁めいたものを感じたものです
町野高校は
春の選抜に「21世紀枠」が導入された最初の年に
全国9校の最終候補まで選ばれ
多くの記者に囲まれる中
校長室で選抜報告の電話を
ひたすら待つも
結局かかってこなかったという
さみしい思い出があります
ですので今回出場決定の報告を受けた
日本航空高校石川さんの喜びを
自分のことのように嬉しく思います
甲子園ではみんなを元気づける
はつらつとしたプレイを
見せてくれると思います
石川県からはもう一校
星稜高校も選ばれました
選ばれた瞬間
歓声はあげず
黙祷を捧げてくださったそうです
王貞治選手の現役時代の逸話を
思い出しました
王選手は
ホームランを打っても
決してバンザイやガッツポーズは
なさらなかった
それは打たれた相手投手への
最大限の敬意なんだそうです
唯一バンザイをしたのが
ハンク・アーロン選手の世界記録を超えた
通算756号を放ったときだけ
野球という競技は
日本人にとって単なるスポーツではなく
他の人への礼儀を重んじる
「道」なんだなと思います
そういった意味でも
素晴らしい選手を多く輩出している
星稜高校野球部に
あらためて敬意を表したいと思います
星稜高校といえば
数々の名勝負を残していますが
そのうちのひとつに
2014年夏
決勝戦で9回に8点差をひっくり返して
甲子園出場を決めた
神がかったゲームがあります
大逆転の口火を切った最終回の先頭打者
主将の村中選手は現在
今回同じく被災をした輪島市の門前高校で
野球部を率いています
当時の星稜高校のモットーであった「必笑」で
この苦境の中
生徒に元気を与え続けていることと思います
輪島市からうちも加えて3校
夏の大会で大暴れします