校長室より「おこらいえ」
能登はいるわいね
地震から 380 日目
豪雨から 116 日目
紅白歌合戦で輪島から歌ってくださった
坂本冬美さんからお便りが届きました
心のこもった
たいへん美しい文字でしたためられています
みなさまにもご披露申し上げます
「地元の皆様にも大勢お集まり頂き
温かい拍手で盛り上げてくださいましたこと
心より感謝申し上げます
度重なる困難を乗り越えられた
力強い握手と
何事にも挫けない笑顔に触れ
逆に私の方が希望や勇気を頂きました
さらには御陣乗太鼓保存会の皆様の
魂のこもった素晴らしい演奏で
『能登はいらんかいね』を
全国の皆様にお届けすることが出来
私にとりましても
忘れられない紅白となりました
・・・
三十四年前
ミュージックビデオ撮影で
輪島から珠洲の町を歩かせて頂き
その素晴らしい風景や
町の皆様の温かさに感動したことが
鮮明に思い出され
改めて目を覆うような光景に
地震の凄まじさ
水害の恐ろしさ
自然の脅威を痛感致しました
・・・
それではまた
輪島で歌わせて頂けます日まで
私も精進を重ねて参ります」
素晴らしい歌声と
その優しいお人柄に魅了されたこと
思い出しました
放送のあとに歌っていただいた「風に立つ」
冬美さん自身
悲しくてつらくてどうしようないときに
つくっていただいた大切な曲だそうです
「朔風が吹いても
向かい風吹こうとも
たじろがずくじけずに
前だけ見つめ行くがいい
泥にまみれて涙流しても
こころに錦の花をもて
そうさ人生やるっきゃないさ」
以前このブログで
演歌は好きになれない
みたいなこと書きましたが
とんでもない
心に響きました
音楽にはジャンルなどない
すばらしいものはすばらしい
心からそう感じた瞬間でした
今外では
御陣乗太鼓を思わせる
冬の雷が鳴り響いています
江戸のマーケティング
地震から 379 日目
豪雨から 115 日目
NHK大河ドラマ「べらぼう」
昨日は蔦屋重三郎と平賀源内の
出会いのシーンが描かれていました
平賀源内といえば
エレキテルを作った人と
学生時代に学びましたが
そもそもエレキテルがわからず
ピップエレキバンみたいなものだろうと
勝手に解釈していました
当時は今みたいに
Google先生とかYahoo先生がいないので
自分で調べる術もなく
そこで40年以上ぶりに調べてみると
なるほど発電機なのですね
しかも源内作のものではなく
西洋にその原型がありました
しかも西洋では
電気治療機として使用されていたとか
まんざらエレキバンも
間違いでもないなと
エレキテルを現在の生活で使っている方は
皆無かと心得ますが
源内が始めたことで
現在も続いているものです
あるお店の店主から相談を受けます
「こんなに暑くちゃ商売あがってりでぃ」
「じゃあよ こうするのはどうだい?
昔から丑の日にゃ「う」のつく
調理室に水が来た!
地震から 378 日目
豪雨から 114 日目
先日一年ぶりに調理室が通水しました
家庭科の山上先生からの報告です
水が出た瞬間「おおーぉ〜」という歓声があがりました
当たり前のことができる喜びを生徒たちと分かち合いました
この間いろいろ工夫して調理した経験は
彼らにとって生きる力になると信じています
授業後「先生〜ありがとう〜」と笑顔に去る後ろ姿に
教職のやりがいを感じました
これまで長い間調整してくださった
教育委員会の方々
本当にありがとうございました
今日は成人式2日目
今年成人になられた方々です
私が校長になって
初めて卒業証書を手渡した生徒たちです
教頭時代1年生の時に授業を担当しました
明るくて元気で楽しい学年でした
2年生になる時に転勤となりますがその時
「校長になって来年帰って来てね」
と言ってくれた生徒たちです
約束どおり卒業式の日に
送り出すことができたのです
みんな凛々しいイケメンですね
「先生俺約束守ってます」
と声かけしてくれた生徒が…
彼は卒業時に
「俺ユーチューバーになります!」
頑張ってます
「時事ネタれいれい」で検索を
輪島高校の当時の担任の担任の先生方からの
ビデオメッセージも流れました
みんなとっても綺麗です
今日も昨日に引き続き
プリプリの京子ちゃんと
TUBEの角野さんと一緒に演奏です
演奏前に京子ちゃんから
「頑張ろうね」ってメンバーにガッツポーズ
被災地に来てくださる著名人の方は
どの方も偉ぶったところが全くなく
皆さん本当に優しくお声をかけてくださいます
一年越しのおめでとう
地震から 377 日目
豪雨から 113 日目
輪島市では今日から二日間にわたって
「20歳の集い」が開催されます
今日は
本当は昨年開催されるはずだった方の分
一年越しの開催となりました
式典前のアトラクションで
輪島高校吹奏楽部が
輪島吹奏楽団や市内3つの中高と合同で
お祝いの曲をプレゼントしました
TUBEのベーシスト角野秀行さん
プリンセスプリンセスのドラマー富田京子さんが
一緒に演奏してくださいました
今回繋いでくださったのは「海さくら」さんです
本物の演奏をバックに
新成人たちが
「ガラスのメモリーズ」と
「ダイヤモンド」を歌いました
写真右奥が角野さんと富田さんです
私もクラリネットで参加しました
式典後は場所を変えて
おふたりと海さくらさんから新成人に
お酒が振る舞われました
r
成人式が初めて行われたのは
終戦の翌年昭和21年(1946年)のこと
国全体が敗戦による混乱と虚脱感で
明日への希望を見いだせずにいた中
次代を担う若者たちを
勇気づけ励まそうと企画した「青年祭」
その催しのオープニングセレモニーが「成年式」
つまり「成人式」なのです
このことは
蕨市公式ウェブサイト
「成人式発祥の地のまち蕨」に詳しいです
一昔前「荒れる成人式」が問題となっていました
飲酒運転で暴走したり
市長挨拶の途中でステージに乱入したりと
上から押し付けの式典への反発なのか
単に目立ちたいだけなのか
北九州市はド派手成人式が有名ですが
ド派手にしてから
成人式が荒れないようになったそうです
逆転の発想ですね
あるレンタル衣装さんの発想だそうですが
素晴らしいアイデアです
当初は周囲から眉を顰められたそうですが
今では世界四大コレクションのひとつ
「ニューヨーク・ファッション・ウィーク」
で紹介されるほどに
荒れた成人式とはいえ
盗んだバイクで走り回り
校舎の窓ガラス壊して回った世代に比べると
かわいいもんです
若者の犯罪数
感覚的には増えているような気がしますが
実は激減していて
逆にパワハラが圧倒的に多いのは
60代の盗んだバイクで走り回った世代だったり
カスハラが圧倒的に多いのが
70代のヘルメット被ってデモしていた世代だったりします
それでもそんな無茶しても髪を切れば
今のようにエントリーシート何枚も書く必要もなく
当時はちゃっかり就職できたわけです
就職氷河時代に不採用を連発していたのが
当時人事権を握っていたヘルメット世代の方なので
何か理不尽さを感じます
年金が少ないと新幹線に火をつけた老人もいましたね
テレビのインタビューで
「年金が全てローンに消えてしまって足りない」
と嘆く老人を見ましたが
未分不相応の買い物して
勝手にローン組んだのはあなたでしょ
現役時代に自分が収めた分より多くの金を
一生懸命働いている若者から搾取しておいて
何を言う
という気がします
これから年金を受け取る入口に立っている私は
こんなこと考えています
自分は命があって寝る場所があって食べ物があれば
他には何の贅沢も要りません
1年間の被災地での家のない暮らしを経験して
今そのことを実感しています
だからご同輩
自分たちの年金少しだけ我慢して
子育て世代への手厚い支援
あるいは教育や研究にもっと予算を回しませんか
こういった世の中の理不尽に向かって
対策に取り組むことのできる
そんな若者を育成したい
これも「街プロ」の目的だったりします
12日(日)は
今年度成人を迎える方をお祝いします
求められるアナログ思考
地震から 376 日目
豪雨から 112 日目
上から降ってくる復興計画にそのまま乗っかるな
僕らの街は僕らが創る
輪高生による街づくりプロジェクト「街プロ」
昨日のNHKさんも含め
最近多くのマスコミの方に
取り上げていただくことも増え
生徒にとって大きな励みとなっています
ありがとうございます
このブログをしっかり読んでくださっていると見えて
具体的な質問をしてくださる方が多く
一つひとつ丁寧にお答えしなければと思い
誠心誠意対応させていただいております
一方で
「おい この輪島高校の『街なんとか』取材して来いよ」
「なんすか?それ?」
「知らねえよ よそで扱ってるからさ
うちだけ載せねえ訳にいかねえだろ」
「わかりましたよ やれやれ」
そんな会話があったのか知りませんが
明らかにテンションの低い取材の方もチラホラ
そんな方が決まってする質問ふたつ
(1)始めたきっかけはなんですか?
その答えはこのブログにずっと書いてますが
たくさんありすぎて一言では言い尽くせません
あえて一言で言うなら
「やりたいから」
(2)何を目指していますか?
あらかじめゴールを設定してしまっては
生徒の可能性を奪います
あえて一言で言うなら
「何も目指していません」
本日の毎日新聞に
石井洋二郎東京大学名誉教授の
インタビュー記事が掲載されていました
「求められるアナログ思考」
と題したその記事には
『思考方式がデジタル化している』
若者たちの思考の移り変わりを
まず心配していらっしゃいます
前述の
マスコミのふたつの質問は
まさにそのことを象徴しています
『ある情報が役に立つか立たないか
二項対立で物事を捉える』
とりあえず「きっかけ」と「ゴール」を聞けば
それで記事にはなりますもんね
下調べもせずにとりあえず取材に来て
短時間で切り上げたい
そんな意図が見え見えで
一気にインタビューに応じる気の失せる
質問なのでした
とはいえ多くの取材の方は
しっかり被災地に寄り添って
今でも記事にしてくださり本当に感謝です
氏は続けます
『デジタル時計は
1時から急に1時10分になるけど
そこに“間”がない
0でも1でもない“間”が思考の本質で
ものを考えるとは“間”を埋めること
0と1の間で迷ったりためらったりする
粘り強いアナログ的な思考が
今は求められている』と
考える過程を省く
世の中に関心を持つことなく諦める
こうした態度を乗り越えて
「自分たちでも社会は変えられる!」
ということを実感させること
これが「街プロ」を
始めたきっかけであり
目指すゴールです
凡人・賢人・達人と偉人
地震から 375 日目
豪雨から 111 日目
家をなくして
学校の設備もほとんど使えなくて
それでも前を向いて
不平不満を口にせず
いますべきことに取り組む生徒がいます
目指せ冬休み◯◯時間!
自分で目標を定め
それに向かって学習する取り組み
今日その目標達成者への
表彰式が行われました
最高の生徒で80時間
大晦日やお正月も含めて
1日7時間ほど頑張ったことになります
本当によく頑張りました
こんな言葉を贈りました
「凡人は不満を嘆く
賢人は不満に学ぶ
達人は不満を活かす
偉人は不満すら楽しむ」
今日は木曜日
今年も木曜日は「街プロ」の日です
今日はNHKの撮影も入りました
放送をお楽しみに
写真はナタくんです
海辺の映画館をつくろうと
ひとりで頑張っています
何度も諦めかけながら
それでも確実に前に進んでいます
昨年末に公費解体後の空き地での
上映会を実現
そして今回ついに
マリンタウンでの上映会にこぎつけました
現在悩んでいるのは
ブルーシートを敷いたとしても
お客さんのお尻が痛いこと
クッションや座布団を大募集しています
壊れた家の中に不要になったものないですか
ぜひ輪島高校までお持ちください
あるいはご連絡くだされば取りに伺います
ナタくんの夢の実現のために
どうかお力をお貸しください
ビジネスコース3年生の卒業制作です
被災地の瓦礫を転生させて
校庭に置くベンチを制作しています
お世話になった
でも傷だらけの校舎に
自分たちの心のこもった置き土産
1年生からも希望者が加わっています
大成建設さんのご支援を受けながら進めています
前回3つのグループごとにデザインしたベンチの
1/20スケールのモデルが届きました
今日はそれを手に
どんなコンセプトで設置するのか
キャッチーなコピーを考えました
NHKで
能登半島地震1年 被災地からの声 復興の行方
が放送されます
10日(金)午後7:30 <東海北陸7県向け>
の予定です
ぜひご覧ください
【今週の6ケ国転校生ナージャの発見】
ナージャにとって
昼食時間も驚きの発見の連続です
ナージャは日本の給食の大きな欠点を指摘します
それは多様性を許さないこと
彼女はベジタリアン
肉エキスさえ許されないので
日本の給食で口にできるのは牛乳だけ
一年間お昼は牛乳だけで過ごしたそうです
私も今回の震災で
小学校の給食制度のあり方に
疑問を持ったことがあります
輪島高校校舎に市内の小中学校
全ての生徒が通っていた頃
ヤクルトさんが
差し入れを持ってきてくださいました
ヤクルト1000
全員×1週間分です
私はありがたく受け入れたのですが
小学校からは拒否
乳製品アレルギーが問題のようです
結局高校生と先生方にお配りしたものの
捌ききれず大量廃棄処分に
ヤクルトさん
私の無知が故に
せっかくのご好意が悲しい結果となり
申し訳ありません
実はこの謝罪
本ブログに一度アップしたのですが
せっかくくださったヤクルトさんを
がっかりさせるような記事は
わざわざアップする必要がないのでは?
というある先生からのご指摘を踏まえて
即刻削除したものではあります
持って帰らせて
おうちの人の監督の下で飲むとか
何か方法がなかったかな?
ずっと悩んでいます
でもきっとこれまで
いたたまれない事故などがあって
今の制度になっているはずなので
よくよく調べてから
提案すべきことがらなのかなと
感じています
しかしながらこのあたりも
多様性を許さない日本の給食制度に
問題があるのかもしれません
フランスでは
小学校にカフェテリアがあるのですが
利用する生徒はほとんどなく
みな家へ帰って家族と一緒に
食べるのだそうです
両親にも長い昼休みがあって
その時間は家に帰ります
イギリスでは弁当と給食を選ぶことができ
アメリカではメニューを見て
給食を食べるか食べないか選択できるのだそうです
昼食ひとつ見ても
各国の事情が垣間見れて楽しいです
コミュニケーションあれこれ
地震から 374 日目
豪雨から 110 日目
豪雨からはや110日目ですか
ところで
警察の電話番号を110番に
消防署の電話番号を119番にした理由
高校生のみんな
どうしてだと思いますか?
ヒントは今の電話とは違う
昔のダイヤル式電話に関係があります
これ
地震でダメになった我が家にあったので
拾ってきました
どなたか欲しい方おいでます?
高くお譲りします
さてどうやって使うかわかります?
高校生諸君に説明してあげるね
1から0まで数字が丸く並んでいる内側に
大きな円盤がついているよね
これをダイヤルというんだ
ダイヤルには10個の穴が空いていて
それぞれ1から0に対応している
穴に指を入れてダイヤルを回転できるんだ
スマホだとかけたい番号に
タッチするだけでいいけど
ダイヤルでかけるには
その番号の穴に指を入れて
時計回りに回す
おーっと
時計回りがわからないか
デジタル式の時計しか目にしたことないと
仕方ないね
時計回りって右回りのことだよ
上のある物が右の方へ来るように回転させる
それが右回りすなわち時計回り
えっ
右ってどっち?
広辞苑を調べてみろ
確かちゃんと左の逆って書いてあるはずだ
左を調べると右の逆って書いてある
とにかくダイヤルの右下には
ストッパーがついていて
そこで止められるまで
ダイヤルを回して指を離す
そうするとバネの力で
ダイヤルは元の位置に戻る
1はストッパーまで距離が短いのに対して
9や0は遠いよね
つまり戻るまでに時間がかかるんだ
警察や消防に連絡する時は
一刻を争う時だから
まずはすぐに戻る1を二つ並べて
最後の一つは
戻るまでに時間のかかる0や9
かけた人が一息ついて落ち着くように
してあるんだって
ふー
いかがです
育った年代が少し違うだけで
当たり前と思っていることが
相手にとっては
必ずしも当たり前ではない
これが授業の難しさ
一般的にいうと
コミュニケーションの難しさです
活字になるとさらに
ややこしくなったりします
私の苦い経験です
友達と遊んでいた娘から
「少し帰りが遅くなる」とメール
返信のメールの最後に
あんまり遅くならないように
と言うつもりで軽く
「はよ帰って来いや」
と付け加えました
「や」にアクセントを置いて
読んでもらうつもりでした
ところがまもなく娘が帰宅して
カンカンに怒っています
「せっかく楽しく遊んでいたのに」
どうやら「来い」にアクセントを置いて
読んでしまったようです
「あなたが悪いんじゃない」
このフレーズも
読み方を変えるだけで
全く意味が変わります
語尾を下げて読むと
あなたは悪くないと
庇った意味になりますが
語尾を上げて読むと
あなたが悪いと
責める意味になります
部活動の練習で
「やる気のないやつは出て行け!」
やる気を出せと言う意味で叱っても
受け取る方にしてみたら
「出て行け」と言われたことだけ
心の傷となって残ります
保護者は当然不信感を抱きます
家庭と学校のトラブルは
ほとんどがこのような
ささいなすれ違いから生じます
末娘が輪島高校を卒業するのと入れ替えに
私は教頭として赴任しました
先生方が職員室で生徒のことを話すとき
「あいつら」「やつら」
と呼んでいるのを耳にしました
18年間大切に育ててきた娘がこんなふうに
「やつら」呼ばわりされていたのかと思うと
悲しくなりました
でもよく考えてみると
自分も若い頃は
「あいつらバカだよねー」
確かに口にしていました
決して悪気はありません
親しみを込めてのものです
でもたとえ生徒との間に
信頼感が生まれた後であったとしても
保護者がそれを耳にしたら
やはり違和感を覚えます
自分で子供を育ててみて
はじめてわかった事でした
我々教員は
普段から言葉遣いに
細心の注意を払う必要があります
今日の昼休み
先生方を臨時に招集して
このような注意喚起をしました
あんまり偉そうに
他人のこと言える立場ではないのですが
若い頃先輩の先生から
こんなことを教わりました
「生徒を殴りたいと思うほど
怒りがこみ上げてきたら
その生徒を
校長先生の子供だと思いなさい
よくぞ殴ってくれたと
あとで校長先生に感謝されると思ったら
その時は遠慮なく殴れ」
今は決して殴ってはいけませんが
この教えは今にも通じるものがあります
どうか先生方
よくぞ言ってくれたと
校長に感謝されるような
叱り方をしてください
今日から新学期
地震から 373 日目
豪雨から 109 日目
私は3年前
校長に就任した最初の1学期始業式で
生徒に約束しました
「日本一挨拶の短い校長になる!」
始業式のあとで
今の3年生の入学式が行われたので
このときの約束を知る生徒は今はいません
その後震災が起こって
何が何やらてんてこまいしている間に
いつの間にか約束もうやむやになってしまい
なんだか徐々に話したいことも増えたりして
これではいけないと思い直している昨今
あけましておめでとうございます
今日は3学期の始業式が行われました
校長挨拶
「今年はきっと去年よりいい年になる!
だから元気に笑顔で!
終わり!」
(31文字:びっくりマーク含む)
どうだ!
約束思い出したぞ
課題テストのあとは
さっそく授業です
ビジネスコース1年生は
木村先生の商業
先生どこにいると思います?
生徒をいっしょに着席して
一緒の方向を向いて
生徒に寄り添いながら説明しています
これだと生徒が何しているか
しっかり把握できます
わからなくて手が止まった生徒にも
すぐフォローできます
ICT機器をうまく活用すれば
教師は必ずしも黒板の前に
張り付いている必要はないということです
実は別の教室では残念な授業も・・・
先生が黒板の前から一歩も動かず
一方的に説明するもんだから
パソコンを開いて
やっているふりをしながら
「春高バレー」の動画を見て
楽しんでいる生徒がいました
普通科1年生
この普通科って言葉
問題になっているようですね
じゃあそのほかの科は普通じゃないのか?
って話です
「普通て何?」
いずれ呼称が改変されると思います
山下先生の保健では
カードを使ってグループごとに
活動していました
普通科2年生は奥野先生の社会
奥野先生は楽しく授業を進める研究に
本当に熱心です
「2025年 今年はどんな年?」
クイズ形式で近代史を学びました
今年は阪神タイガース創立何年でしょう?
こちらも普通科1年生
山﨑先生の情報です
今年から大学入試共通テストに
教科「情報」が課せられるということで
1年生のうちからしっかり対策です
おやおや
おやすみモード ZZZ の生徒がひとり・・・
教室に潜入
起こしてあげました
なんでも昨晩テスト勉強のために
オール(徹夜)したのだとか
7限目で力尽きたのですね
数年前はお恥ずかしい話
教室にじっと座っていることができず
授業中トイレに立つ生徒が後を絶たず
奇声を発する生徒もいて
一生懸命学習する生徒が
かわいそうな状態でした
今日は教室を一回りしても
さっきのふたりだけ
「春高バレー」さんは
気づかない(あるいは黙認している?)
教師側に問題があるし
「おやすみ」さんは
昨晩がんばりすぎ
震災後の生徒の授業に対する姿勢の
変わりようには正直驚かされています
まさに Posttraumatic Growth です
時事通信社さんが
本校の東北復興研修ツアーの様子を
報道してくださいました
https://www.jiji.com/jc/article?k=2024122800089&g=soc
【今日のありがとう】
名古屋市立西陵高等学校のみなさん
かわいい支援物資送ってくれてありがとうね!
株式会社「鳳山」の 丹羽 昭尋 様
みんなの図書館のご提供ありがとうございます
芸術家 大志 様
万博オープニングイベントに向けて着々ですね!
株式会社「楽ドラ」代表取締役 山田かれん さま
速読の本の提供と講演会ありがとうございました
中川 泰 校長先生はじめ熊本県立第一高等学校のみなさま
津波サミットでお会いできて嬉しかったです
大阪府立高石高等学校の村田先生 北岡様
水上バス 生徒大喜びでした!
丹野 純一 校長先生はじめ福島県高等学校長協会の先生方
メッセージ集 大きな力となりました!
国際文化フォーラムの 長江 春子 さま
ダンスのご指導それから本校へのご来校ありがとうございました
フォースタートのみなさん
迫力満点の車いすバスケ 勇気をもらいました
上越教育大学の 浦野 結太くん
卒論がんばって!期待してるよ!
※このコーナーでは昨年1年間で
ご支援いただいた方々に
年始ご挨拶を兼ねて
順にご紹介させていただいています
なにせバタバタしていた中
記録があいまいで
「うちの支援の内容違う!」とか
「うちは支援したのに紹介まだか!」
といったお叱りございましたら
お教えいただければと存じます
このコーナーはまだまだ続きます
全ての現象には理由がある!
地震から 372 日目
豪雨から 108 日目
今朝ほど穴水から輪島へ向かう県道の
熊野トンネル付近で11台が絡む
追突事故がありました
今朝は放射冷却で
かなり温度が下がっていました
被災地支援のため全国からいらっしゃっています
お気をつけてください
我々雪国のドライバーがこんなとき
減速しているポイントを3つ
ずっと凍っていると
注意してゆっくり走るので
さほど事故は起きませんが
気をつけるべきは
他は全然凍っていないのに
突然そこだけ凍っているスポットです
①橋の上
下を冷たい風が通っているので
他のところはなんともなくても
突然橋の上だけ凍っていることがあります
②トンネルの出口
出口が風下にあると
トンネルを吹き抜けてきた風が
断熱膨張でいきなり温度が下がるため
路面がそこだけ凍結していることがあります
③南に山
陽があたらず一部だけ突然凍っています
今日の事故現場はこの三つを全て満たす上に
大きなカーブの下り坂
新聞取材に応じた地元の方が
「ここはよく事故が起こる」
とおっしゃっていました
そう聞くともしかして呪われている?
なんていう人もいますが
すべての現象には科学的な理由がある
福山雅治さんの「ガリレオ」みたいですね
とにかくゆっくりゆっくり
時速30kmでも止まらない時は止まりません
今日は石川県立高校の志願者心得が発表される日
地元中学校に配布して回ってきました
最近能登半島の外浦を繋ぐ国道249号線が
なんとか通行できるようになったので
ついでに現状リポートをします
現在は工事関係者と地元住民しか通れないので
どのマスコミにも公表されていないリアルな現場です
まずは町野方面
以前私と一緒に町野高校にお勤めだった方に
特別お贈りするつもりで写真貼ります
まずは歓迎会でお世話になりました
「のとかん」です
隣の川には上流から流れてきた流木の山
「垂水の滝」も崩れて
こんなに低くなってしまいました
「今新」から「八世乃洞門」を望む
映画「忘却の花びら」の舞台です
新しく隆起してできた砂丘
こんなに広くなりました
これ元窓岩です
ハート形のでかい岩がバランスよく乗っかって
これはこれで人気が出そうです
どこかわかります?
よく採点合宿などしましたね
曽々木館のあったところです
そして町野高校跡地
今では災害ゴミ置き場です
隆起海岸に造った新しい道
美しく気持ちのいい
天につながっていくような感覚がします
続いて門前方面
地震のあとようやく開通した中屋トンネルが
水害でふたたび壊滅的被害に
昔の林道を整備してようやく通れるように
こんな山道分け入っていきます
まるでまんが日本昔ばなしです
左右に崖崩れ 路面はでこぼこ
まるでビッグサンダーマウンテンです
路肩には倒れた電柱がのしかかり
手に届くほどに
開通したとはいえ大変な状況です
それにしても
よくここまで通れるまでになったものだと
工事関係者に心の底から敬意です
親しくさせていただいている
MROの原田幸子アナウンサーから
素敵な写真をいただきました
メタセコイアの種でこしらえた
自作アートだそうです
そしてこちらは金澤神社
すがすがしいお正月です
原田さんは
先日紅白歌合戦でキャスターを務めた
高畠菜那さんの
アナウンサー学校時代の恩師だそうで
教え子の晴れ姿を
感動しながら
ごらんになっていたそうです
自分は「教師」は
未来を創る仕事だと誇りを持っていますが
アナウンサーも同じです
こうして新しい世代に
希望を託していくんですね
TSUTAYA
地震から 371 日目
豪雨から 107 日目
29日からの紅白の準備と中継
撤収作業の後そのまま学校で
NHK別のクルーの元旦の撮影
その後発熱した家族の看病
挙げ句の果てに自分も知恵熱
なんとも退屈しない年越しでした
今は胃と背中以外はどこも痛くない
いたって元気な明日の仕事初めです
さてさて紅白といえば
あのときのネクタイがおしゃれだ
どこで買ったのだと
さまざまな方面から
お問い合わせいただいているので
ご紹介させていただきます
私としては
ブラウン管の向こうで誰か気づくか
試してやれと遊び半分でやってみたのですが
さすがファッションに敏感な方は
見てくださっているものです
着用したのはこんな感じ
イオンのシャツ屋さんで買った
リング込みで1,800円くらいの
とてもリーズナブルな
白とゴールドのおめでたい感じのものです
本来こんな感じで
結ばずにリングで留めるタイプのものです
卒業式とか入学式とか
おめでたい日にいいかなと買いました
実は結び方に工夫があって
エルドリッジノットという
ちょっと特殊な結び方をしていたのでした
NHKといえば
今日から新しい大河ドラマ
「べらぼう」が始まりましたね
写楽や歌麿を世に出した
横浜流星さん演じる江戸のメディア王が主人公
自分が生まれ育った吉原
そこをなんとかしようと
知恵と工夫でなんとかしようとする
蔦重こと蔦屋重三郎の物語です
最近は何でもかんでも
被災地で踏ん張っている
自分たちに重ね合わせて見てしまいます
現代のTSUTAYAはその血筋か?
と思って調べてみたのですが
どうやら直接関係はなさそうです
でも社名をつける時に
あやかりたいという思いは
あったかもしれませんね
今日のシーンでは
老中田沼意次に蔦重が直接
吉原を救う懇願をするシーンが
私たちが中高生の頃は
田沼意次といえば
賄賂ばっかりもらっている
天下の悪老中と習いましたし
今日も賄賂を受け取るシーンが描かれていました
ところが最近の調査では
その評価が大きく変わりつつあるそうです
非常に優れた経済観念に基づいた政治手腕が
高く評価されています
本作品では渡辺謙さんが演じています
今日のシーンでは
蔦重が意次に吉原を救うよう懇願しても
けんもほろろに断られます
その理由はと聞くと
吉原だけでなく江戸の町全体の繁栄を願った
それはそれはスケールの大きなものでした
そして
「他人に物を頼む前に
お前は自分で何かしたのか!」
この言葉は我々被災者が
常に心得ておくべきことでもあります
私が偉そうにいう前に
多くの方がこのことを実行なさっています
だからこの街はきっと大丈夫
さてこの言葉を浴びせられた蔦重は
何か閃いたようです
次週以降が楽しみですね