2025年6月の記事一覧
「街プロ」シーズン2始動
地震から 537 日目
豪雨から 273 日目
現在おそらく事故により
熊野トンネルの中に
かれこれ30分ほど
立ち往生です
これから帰る方は
別ルートをお勧めします
今日
本校を会場に
車椅子バスケが行われました
詳しくはこちらをご覧ください
これまで日本が議論をリードしてきた
「OECD ティーチング・コンパス(教師の羅針盤)」
がリリースされました
輪島高校もその策定に
関わらせていただきました
被災したからこそ見える教育課題
という視点が取り入れられています
下記がOECDの公式サイトのリンクですのでぜひご覧ください
https://www.oecd.org/en/publications/oecd-teaching-compass_8297a24a-en.html
なお今回発表されたものはあくまで要約版で
より詳しい内容は
6月24日に「コンセプトノート」として
改めて公開される予定です
若手教員育成プロジェクト
通称「若プロ」
今日は数学の橋元幸弥先生による
「STEAM教育を視点に入れた授業」
「僕らの街は僕らがつくる」
街づくりプロジェクト・シーズン2が
始動しています
2年生が進めています
先輩の活動を引き継いだもの
新たに自分たちで立ち上げたもの
23のグループに分かれて活動しています
これからシリーズで紹介していきます
第1回目は「スポーツで健康」
〔解決したい課題〕
震災の影響で遠藤する機会が失われ
体力が低下していること
〔目標とする未来〕
市民の体力が向上し健康になること
〔方法・手法〕
① トレーニングマシンを借りて
トレーニングする場所をつくる
② 訪問型のスポーツクラブを設立し
地域の方々の体力を向上させる
〔これまでの活動〕
僕たちなりに運営プランを作成して
輪島市に協力依頼をしましたが
断られてしまいました
それどころじゃないので
しかたありません
①そこでレンタル会社から
マシンを借りる計画を立てています
②同時に地域の方々の体力を向上させるため
訪問型のスポーツクラブ設立に向けて
事業計画を立てています
活動している生徒たちからのメッセージです
「僕たちからふたつお願いがあります
①の活動について
地震や洪水が残した爪痕は大きく
僕たちは狭いグラウンドや
歪んだ体育館を
各部で分け合いながら
活動しています
数年後に再建されるスポーツ施設を
ただ待つのではなく
今できることをしようと思います
トレーニングマシンをレンタルする
計画を立てていますので
どなたか場所を貸していただけないでしょうか?
また使われていない物件をご紹介いただける方は
ご連絡をお願いします
②の活動について
地域のみなさんにも元気になってほしくて
みなさんの体力向上のための
レッスンをしたいと考えています
僕たちが訪問します!
一緒にからだを動かして
体力を向上させたい方
あるいは団体さんはいませんか?
ご連絡をお待ちしています
被災地に寄せて
地震から 536 日目
豪雨から 272 日目
「ふるさと企業を知る会」
ビジネスコースの23年生を対象に
実施されました
輪島市内の企業様9社にお越しいただいて
お話をしていただきました
さて
今年は新規採用の先生方が
5名も本校に配属されました
昨年
今年よりもっと悲惨な状況で
赴任した先生がふたり
そのうち商業科の木村先生が
手記を投稿されました
一部抜粋して紹介します
「教師になって1年が経ちました
生徒にどのように成長してほしいのだろう
と自分自身の価値観について自問自答する日々でした
そんな中生徒から
「商業科目は社会で使うのか」と言われました
もちろん使いますが
あえて「使わない」と返答しました
ただ
「商業科目を学ぶ過程で身につく能力は
これから人生で大いに役立つ」と
自分の経験から返答しました
その時はっきりと気づきました
生徒には
商業の知識そのものではなく
学ぶ過程で養われる能力を身につけてほしいのだと
初任校は輪島高校でした
輪島に向かう道中は
地震の影響で亀裂や段差がたくさんあり
慎重に運転しても危険を感じるものでした
輪島に入ると
崩壊した山や倒壊した家屋の光景が
目に飛び込んできました
この環境の中で教師として働くことができるのか
不安でいっぱいになりました
しかしその不安も
輪島の生徒たちの笑顔や
真剣な眼差しに触れるうちに
次第に和らいでいきました
そして気づけば
不安よりも
どうすれば生徒たちの力になれるか
を考えるようになっていました
この1年間で
私の中の価値観が大きく変わりました
教育に対する考え方
授業の進め方
生徒への指導の方法など
どれもが悩みと向き合い
試行錯誤を重ねる中で
少しずつ変化してきたものです
その中でも最も大きく変わったのは
被災地に対するイメージでした
暗くて重いイメージを勝手に作っていましたが
そんな事はありませんでした
元気に溢れ
賑やかで
時に騒がしい
そして輪島の未来を誰よりも真剣に考えている人たちが
力強く生きている場所でした
この環境で
そんな彼らと日々を共にする中で
この学校に配属されたことを
嬉しく思うようになりました
まさか私が
こんなことを思うなんて」
タイムリミットあと2日
地震から 535 日目
豪雨から 271 日目
北信越大会に出場する陸上部
やり投げの紺谷優衣菜さん
砲丸上げの大久保侑さんに
激励会を行い
校長会と同窓会からの
激励金を手渡しました
紺谷さんは
「予選突破してベスト8に入る!」
大久保さんは
「輪島新記録を更新する!」
と力強い抱負を語ってくれました
自分のことは自分でする
そのことを生徒に教える教員も
自分達の場所は自分達で掃除
あたりまえのことを愚直に行っています
水曜日のトイレ掃除は校長の仕事
ピカピカに磨き上げてきました
若い頃
当時の校長先生といっしょに
素手で便器に手を突っ込んで掃除したことを
思い出します
まるで明治大学野球部の島岡監督
調べてみると
今でも明治大学野球部の伝統として
受け継がれているそうですね
さすがに素手でということはないと思いますが
思えば2年前の大晦日
誰もいない校舎で
便器の中に手を突っ込んで
尿石を削り落とし
ワックスまでかけて
ぴかぴかにした翌日
地震に襲われたのでした
せっかく綺麗にしたのに・・・
と悔しがったのを思い出します
その思い出のトイレ掃除の翌日
焼き尽くされた朝市界隈の片隅に
ポツンと1軒燃え残った我が家
(実際にはもう1軒ありますが)
割れたガラスや瓦
崩れた壁や天井が痛々しいまま
1年半雨ざらしになっていましたが
いよいよ20日に公費解体が始まります
なんとか震災遺構として残せないか
新しい朝市の入口となるこの場所で
この震災を後世に伝える施設にできないか
中に展示室やセミナー室を設けて
修学旅行生などに防災教育を施す
拠点として再生できないか
そう考えて
「大改造!劇的ビフォーアフター」に
申し込んで返事を待っています
タイムリミットはあと2日
あさってまでにオファーがあれば
公費解体を中止するつもりでいるのですが
ここまで返事がないところを見ると
この家の姿を見るのも
あと2日になりそうです
最後に潜り込んで
大事なものがないか
見て来ようと思います
有無を言わさず全てを奪われた
お隣さんに比べると
お別れを言えるだけしあわせです
非凡?平凡?役不足?
地震から 534 日目
豪雨から 270 日目
詩人の 里みちこ さまから
被災地に心を寄せた詩をしたためた
「詩作品」をいただきました
(1)希望
捨てられるはずのアイスの棒でこしらえました
(2)アイン スタイン(ein stein)
曽々木海岸に打ち上げられた
玉石を使いました
(3)ありがとう ごめんなさい
団扇を使った「詩作品」です
昨日のブログを読み返してみて
語句の誤用をしているのを見つけました
「非凡」です
たいした能力のないこと
の意味で使ったつもりだったのですが
「凡」に非らずだから
全く逆の意味でしたね
この他にも言葉使いの間違いをして
恥ずかしい思いをしたことが多々あります
まずは「役不足」
「私には役不足です」
謙遜の意味で使ったりしていました
でもよく見てみると
不足しているのは「役」の方なので
「立派な儂にこんな簡単な仕事なんかさせるな」
という尊大な意味になってしまうのですね
「綺羅星の如く」
(きらぼしのごとく)と読んでいましたが
(きら・ほしのごとく)なんだそうですね
「間髪を入れず」これも
(かんぱつをいれず)ではなく
(かん・はつをいれず)です
日本語って面白いですね
「フラダンス」も本当は奇妙な言葉です
「フラ」自体がダンスの意味なので
日本語にすると「踊り踊り」になります
「チゲ鍋」も「鍋鍋」
「サハラ砂漠」も「砂漠砂漠」です
職員室変えちゃって委員会
地震から 533 日目
豪雨から 269 日目
ポルトガルのスクールクラスターを
視察して驚いたこと
職員室に対する考え方です
職員室は職員の休憩場所
これが徹底されています
置いてあるのは
バーカウンターと
エスプレッソマシン
そしてソファー
授業から帰ってきた教員が
エスプレッソを飲みながら
子どもたちの授業の様子について
情報交換をします
考えてみたらそうですよね
教員の仕事場は
教室であり体育館であるはずで
日本のように
授業以外の文書作成に追われ
教員が黙ってパソコンに向かっている
職員室は
彼らにとっては異様な光景として
目に映ることでしょう
さて本校では仮設校舎の建設が始まりました
グラウンドの片隅に
とは言っても3分の1ほど
ドスンと鎮座ましまする
秋頃から運用が始まりその後
本校舎のジャッキアップ作業が始まります
あんな大きなものを
ジャッキアップするなんて
驚くべき技術です
仮設校舎が完成すると
引っ越しとなるわけですが
職員室には
あの大きくて重い灰色のデスクを
全員分運び込む必要が生じます
業者がそこまでやってくれるはずもなく
限られた教員で運ぶとなると
負担が大きく
とすれば生徒のみんなに
手伝ってもらう必要が生じます
私が若い頃教えていただいた
先輩の先生からの言葉で
心に残っているもののひとつに
こんなのがあります
「生徒にものを頼むことを
躊躇しなくなったら
教員としてはおしまいだ」
ずっとこの言葉は心に残っていて
管理職になって赴任した学校では
職員室と職員トイレの
生徒による掃除を
ことごとく廃止してきました
自分のことは自分で責任持ってやる
そのことを教えるべき教員が
自分の場所を生徒に掃除させることは
もってのほかだという思いからです
というわけで
仮設校舎に職員用の従来の机を運ぶことをやめ
これを機に
職員室のフリーアドレス化を
一気に推し進めようと画策しています
教員が毎日同じ場所に座るから
そこには書類が山積みになってきて
毎朝出勤するたびに
その書類の山を目にして
やる気が失せ
そんな悪循環を断ち切りましょう
ただ中には
書類をサグラダファミリアのように
芸術的に堆く積み上げ
「先生あの書類どこですか?」
と尋ねると
「確かこの辺に」
とか言って一発で探し当て
しかもその書類の山が
地震でも微動だにしなかったという
驚くべき耐震構造を備えている
こんな先生もいらっしゃいました
このような名人級の先生はさておいて
非凡な教員は日々の整頓が大切です
そんな訳で
「職員室こんなに変えちゃって委員会」
再結成です
教員一人ひとりが働きやすく
しかも生徒も訪れやすい
そんな職員室を目指してのプロジェクトです
再結成というのは
すでに一度立ち上げたことがあった委員会だから
あれは6年前
私が教頭時代の頃の話です
その時は
これまでのやり方をかえることをよしとしない
一部の先生の抵抗に遭い
名前の割にさほど変わらなかったのですが
今はまずはやってみようという
考えの先生が増えてきているはずなので
ある程度前へ進むことができると思われます