癒しのお部屋

ようこそ 斜男J(ななおジュニア)の 『癒しのお部屋』 へ

めだかの学校

 最近、家でめだかを飼い始めた。20匹ほど大きな甕(かめ)の中で泳いでいる。見たい訳でもないのに、なぜかぼーっと見てしまう。いつの間にか癒やされているんだろうな。
 童謡「めだかの学校」を思い出す。

  めだかの学校は 川のなか
  そっとのぞいて みてごらん
  そっとのぞいて みてごらん
  みんなで おゆうぎ しているよ

 「人間の学校」ものんびり仲良くやれれば楽しいだろうな。

  

異端爺(いたんじい)でした。

「斜男(ななお)」を引退します

 後進に道を譲ります。愛弟子の斜男J(ななおジュニア)が真打に昇進できるくらいに力をつけてきました。また斜男の気力、体力の衰えが顕著で、現役続行に不安を感じていました。ここが潮時と判断した次第です。

 今後は、ハンドルネーム「異端爺(いたんじい)」を襲名し、第一線から退きます。「異端爺」とは、ある分野で、正統から外れ、特異な存在とみられているじじいのことです。時々「癒しのお部屋」にゲスト出演しますので、よろしくお願いします。初代マスクマンでもありますが、いまだ目標半ばなのでマスクははずせません。お許しを。

異端爺です。よろしく。

ぺこぱという芸人

 ぺこぱという漫才師をご存じだろうか。右側の松陰寺という人のツッコミが話題になっているのだ。定番のツッコミは「なんでやねん」とか「よしなさい」などの否定的な言葉で返すのだが、彼のツッコミは全然違う。相手の発言に対してすべて肯定的、受容的なツッコミを返すのだ。相手が何を言おうが全てを認め、全てを受け入れるのだ。これは相手の存在をしっかり認め、個を尊重しているからできることだ。争いを好まない平和的な心や思いやりの精神にもあふれている。これはもうスクールカウンセラーの世界である。SNSで相手を誹謗中傷し、死に追いやる事件も起きているように、相手の全てを認めることはなかなかできることではない。コロナでストレスがたまっている時に、今こそぺこぱのツッコミを見習いたいものである。

                                    【初代斜男(ななお)でした】

芝桜

 トップページにも掲載しましたが、あまりにもきれいだったので、こちらにもアップしました。

 職員室に掲示してある言葉から

 「花は

  人のこころを

  明るくする

  楽しくする

  豊かにする

  花からいただくものは

  いいものばかり」

            【初代斜男(ななお)でした】

 

満開の桜

 前回の記事から20日あまり。まさか再度の臨時休業になるとは夢にも思わず。桜は満開なのに、世間は出口の見えないトンネルの中。必ず出口にたどり着けると信じ、ひたすら耐え忍ぶのみです。 

           【初代斜男(ななお)でした】

春見つけ

 校地の桜の様子はどうかなと思い、カメラ片手に歩いてみた。世界は新型コロナウイルスで大混乱だというのに、桜はしっかり自然のサイクルを守っている。やがて満開の桜の下を歩いて登校する生徒の姿が見られることだろう。

                【初代斜男(ななお)でした】

3月14日

 

 3月14日は言わずと知れたホワイトデーである。バレンタインデーのお返しとしてキャンデーなんかを贈る日である。
 ところで、3月14日は3.14ということで「円周率(π・パイ)の日」に制定されている。またπ(パイ)にあやかってお菓子の「パイの日」でもあるそうだ。ならキャンデーではなく、パイをあげればいいと思うが、パイはかさばるし、パラパラ落ちて汚い。またパイは「パイを奪い合う」(限られた資源を競争して取り合うこと)から転じて、女の子を取り合うことを連想してしまい、あまりよろしくない。やっぱりキャンデーかな。ぐだぐだと3月14日をつまみにして妄想に耽っている初代斜男でした。もちろん妻からの義理チョコしかもらえなかったのは言うまでもありません。

                             【初代斜男(ななお)でした】

畏敬の念を抱く



 畏敬の念とは、「超越した存在・崇高な存在に対して、無条件に敬う気持ち」のことをいう。日常の生活ではそのような場面に出会うことはまずないだろう。ところが先日、まさにそんな場面に出会ってしまった。初代斜男と関係のある古寺が老朽化のため建て替えることになった。古寺の本堂にある仏像や仏具などすべてを仮の本堂に移す作業を手伝うことになったのである。そしてあろうことかその古寺のご本尊である400年以上も前に作られた阿弥陀如来像を初代斜男が運ぶことになったのだ。
 ご本尊様を赤ん坊のように胸に抱えて一歩一歩慎重に足を進めた。もしものことがあったら(ただでさえ長い年月でもろくなっている)…。そんな恐怖心よりも頭の中を占めていたのは、「自分ごとき煩悩と邪念と欲に固まった人間が崇高なご本尊様を抱えていいものなのか」ということであった。まさしく畏敬の念を抱くとはこのことだ。このときほど自分の不浄な人生を呪ったことはなかった。ご本尊様にただひたすらお許しくださいと、ご宝号を唱えながらお運びした次第です。
 誰からも後ろ指を指されず、正道を歩むことがいかに大切か。齢60を過ぎて遅きに失するが、精進していきたいと思う今日この頃です。

                                        【初代斜男(ななお)でした】

廊下が花壇に…



 校内百人一首大会の写真を撮ろうと教室へ向かったら、廊下に黄色い花がたくさん咲いていた。イスの脚に付けたテニスボールの花だった。2学期後半から取り付けているらしい。普段使っている時は目立たないが、こうして一同にそろうときれいである。なかなかそろわないクラスの気持ちもこの黄色い花壇のようにそろったらきれいかな?なんて思ってしまいました。
                                 【初代斜男(ななお)でした】

帆と風

 

 先日、新聞でドイツの評論家ベルネの言葉「政府は帆、国民は風、国家は船、時代は海」を知った。なかなか考えさせる言葉である。これをすぐ学校に置き換えるのは、元教師の悪いところ。さしずめ「生徒は帆、教師は風、教室は船… 」といったところか。教師の思いや願いを込めた風を、生徒の帆が受けて、教室という船が進んで行く。いや、生徒からの風を教師が帆となって受け止めて進んだ方がいい方向に進むか。どっちにしろ生徒と教師は、「帆」と「風」の関係に違いない。ただし、あまりにも風が強すぎて、荒海に沈没だけはしないように。

                    【初代斜男(ななお)でした】