2025年9月の記事一覧

空気からパンをつくる

地震から 624 日目

豪雨から 360 日目

 

【科学と歴史】vol.2

20世紀のマッドサイエンティストを紹介し

科学の発展と人類の幸せを考えるコーナー

 

前回は第二次世界大戦中に活躍した

原子力開発に関わる3人の科学者を紹介しました

 

今日はもう少し遡って

第一次世界大戦の頃の話をします

 

ドイツの物理化学者

『ハーバー』

 

人口増加に伴う食糧危機が叫ばれていた

19世紀末期のヨーロッパでは

アンモニア合成が喫緊の課題でした

カリウム・リンと並んで

植物の成長に欠かせない3元素のひとつ

窒素を含む肥料が不足したからです

 

特にドイツにおいてそれは深刻でした

それまで窒素肥料は硝石から作っていたのですが

硝石の輸入国チリとの関係が悪化し

手に入らなくなっていたからでした

 

1902年に同じくドイツのオストワルトが

アンモニアからの硝酸の合成に成功しました

その時用いた白金(プラチナ)の

触媒としての有用性も確認できました

 

硝酸さえできてしまえば

そこから窒素肥料を作るのは簡単です

あとはアンモニアをどうするか?

 

アンモニアは窒素と水素の化合物

窒素は空気中にたくさんあります

そこに水素をくっつける方法を

ハーバーは探ります

 

オストワルトに倣い

白金を触媒として鉄製の装置を用いて

その合成に成功します

しかしその実験には再現性がありませんでした

つまり他の科学者が同じように

白金触媒で実験してもうまくいかないのです

 

しかしその後ハーバーは

国家予算を受けて数千にも及ぶ触媒を試し

ついにその触媒を探し当てるのです

その触媒とは…

 

 

つまり最初に成功した実験に用いられた

実験装置そのものが触媒だったのです

鉄を触媒にして高温高圧にすると

空気中の窒素から

アンモニアを作ることができるのです

 

ところがその実験結果に

ネルンストが「測定値がおかしい」と酷評します

ハーバーが行った条件では合成できない

成功させるにはさらに高温高圧条件が必要である

そうすると費用対効果が低く

とてもじゃないが実用化はできない

 

ちょうどその頃

東京大学を卒業してハーバー研究所に入った

日本人研究者がいました

田丸節郎です

「死ぬほどはたらく人」

とハーバーに言わしめた田丸は

アンモニアの生成熱と反応ガスの比熱を正確に測定し

ハーバーの正しさを証明しました

 

田丸はハーバー研究所に入る前は

ネルンストの研究所にいましたので

恩師の反論を見事論破したことになります

 

こんなところにも日本人の繊細で根気強い

研究の成果が生かされているのですね

 

かくして空気中の窒素をアンモニアに変えて

それを硝酸そして肥料に

つまり空気からパンを作ることに成功したのでした

 

そのはずでした

 

ところが硝酸は肥料の原料となると同時に

爆薬の原料ともなるのです

 

ハーバーの理論が実用化され

実際に硝酸の大量生産が開始されたのが1913年

その翌年1914年にドイツが

フランスやロシアに宣戦布告しているところを見ると

ドイツ国家は国民の飢えへの対策ではなく

軍事への応用を

最初から狙ってのものだったのでしょう

 

ハーバーがその後

塩素ガスを用いた大量虐殺の研究に手を染めていることを見ても

そのことは明らかです

 

科学の発展は人々を豊かにします

しかしそれを用いる者が

「命」を蔑ろにした瞬間

それは破滅の道を転げ落ちることを意味します