2024年8月の記事一覧
明日の深夜のイベントの告知
224日目
昨日書きかけた流れ星のくだりです
ペルセウス座流星群は
毎年この頃に見られます
今年のピークは
8月12日(月)深夜から
翌13日(火)早朝にかけてです
ちょうど今西の空に見えている
真っ赤な三日月もその頃には沈み
絶好の観測日和になります
オーロラが観測される可能性もあるそうですが
台風だけが心配です
太陽の周りには
水星 金星などまんまるの軌道を回る惑星と
細長い軌道を回る彗星
いわゆるほうき星があります
流れ星は実は星ではなく
宇宙のチリが地球の空気に衝突して
燃える現象です
彗星は太陽に近づいたり離れたり
有名なものでは
ハレー彗星が76年の周期でやってきますし
映画「君の名は」で糸守町に落ちたのは
1200年周期のティアマト彗星です
ちなみに「君の名は」の着想は
新海誠監督が
宮城県の東日本大震災跡地を
訪れた時に得たそうです
「72年10月9日
あなたの電話が少ないことに慣れてく
私はひとりぼんやり待った
遠く横切る流星群」
松任谷由美さんはジャコビニ流星群を
こう歌っています
細長い軌道を回る彗星は
太陽から遠ざかる時に
徐々に温度が下がっていくので
周りに氷のかけらが埃と一緒に付着し
どんどん大きくなります
つまり彗星の正体は
どろんこの雪玉です
その雪玉が今度は太陽に近づくと
どんどん溶かされて小さくなります
彗星が通った後はゴミだらけになります
そのゴミだらけの彗星の通り道を
今度は地球が通る時に
ゴミが地球の大気圏に突入し
たくさんの流れ星が
見えることとなるのです
地球の軌道は
スイフト・タットル彗星の軌道と交差していて
毎年8月の今頃そのゴミの中を通ります
地球から見てゴミの道は
ペルセウス座の方向にあり
ペルセウス座から放射状に流れて見えるので
これをペルセウス座流星群といいます
今回は1時間に100個程度の
流れ星が予測されています
1時間に数千個以上見えることもあり
これを流星雨さらには流星嵐
といった呼び方もします
2001年の獅子座流星群のとき
1時間に3000〜4000個の流星が見られ
まさに流星雨となりました
これはテンペル・タットル彗星の軌道です
この時生徒と一緒に学校に泊まり込んで
観測会を行いました
絶え間なく降り注ぐ光のライン
時折青白く夜空全体がフラッシュし
いくつ流れるのかもはやカウント不能
幻想的な時が流れていきました
次に見られるのは2034年頃と
予測されています
流れ星が消える前に
願い事を3回唱えると叶う
とよく言われますが
あんな一瞬のうちに
3回唱えられる願い事なんて
せいぜい
「金!金!金!」
ぐらいだろうとずっと思っていたのですが
ところがどっこい
その時の流星雨の時は
流れた跡が数分間そのまま
中には数十分そのままのものがあって
夜空のキャンバスに
無数の線が描かれていました
これだと定額願い放題プランです
彗星の軌道と地球の軌道が
重なる部分があるのなら
衝突することはないのか?
気になるところです
実はスイフト・タットル彗星
2126年8月14日午前10時35分ごろ(日本時間)
インド洋あたりに衝突すると
試算されています
この彗星は直径が20kmもあり
およそ6000万年前に地球に衝突し
恐竜を滅亡させた小惑星に匹敵するそうです
その頃私は162歳になっていますが
今からどんな備えをしておけばいいのか
考えを巡らせています
ただ彗星は
噴き出すガスにより
思わぬブレーキがかかったりと
その軌道計算はかなり難しいようなので
とりあえずはギリギリで軌道が変わり
回避できることを願うことにします
その時夜空はどんなふうに見えるのでしょう?
インドあたりで流星ツアーが
企画されるかもしれません
キッチンカーで流星まんじゅうでも売ろうかな
関ヶ原の戦いの時も
多くの観戦客が押し寄せ
地元の人が商売していたそうですしね
人類の滅亡に不謹慎なという気もしますが
辛い時だからこそ楽しいことを考える
避難生活を通じて学んだことです
とやまPCAMP2024発表会の告知
223日目です
まずはお知らせ
11日(日)富山市オーバードホールで
PCAMP2024が開催されます
公益財団法人 国際文化フォーラム (TJF)主催
10:30 開場
11:00 開演です
これは
日本で暮らすさまざまな
バックグラウンドの中高生たちが
演劇やダンスなどの表現活動を通じて
交流するプログラムです
今回は韓国からも
ふたりの高校生が参加しています
本校からもダンス部の生徒
ふたりが参加しています
初日には花火大会などで
国際交流を深めました
【初日の夜は花火大会】
写真はTJF提供(以下同じ)
【留学生と交流】
3日間の合宿生活を通じて
みんなでステージを創り上げました
【ダンスの練習】
【作品創りの説明を聞く】
本番を明日に控え
今日はステージで最終リハを行いました
【ステージでリハ】
明日は思う存分パフォーマンスしてください
舞台芸術に興味をお持ちの方
教育関係者
中高生の表現活動に関心のある方
国際交流や多文化共生に従事していらっしゃる方
多くの皆様のご来場をお待ちしています
さて今度は神奈川県で大地震です
過日の九州といい
昨日の神奈川といい
ご支援くださった方が
多くいらっしゃいますので
気が気ではありません
今回の被災で
「ほおっておくやさしさ」
もあるのだということを
知りましたので
とりあえず今は
さてさて胸にカードをぶら下げた小学生に
毎朝出会う季節となりました
2028年
ラジオ体操は100周年を迎えるそうです
ラジオ体操には第一と第二がありますが
指先までピーンッと真剣に本気でやると
汗だくになるし相当効きます
昭和14年には
お国を護る強靭な国民づくりを目指して
ラジオ体操第三が始められますが
あまりにハードだったため
その後廃止されています
非公式ではありますが
ラジオ体操第四もあります
こちらはさらに難度が高いです
Youtube でご覧になれますので
体力に自信のある方はぜひ挑戦を
小学生が夏休みに行うようになったのは
神田のあるお巡りさんの発想です
昭和30年の夏休み
子どもたちに早起きをさせるにはどうしたらいいか
署の近くの空き地で始めたそうです
その空き地近く佐久間公園には
「ラジオ体操会発祥の地」の石碑が残ります
模範演技のお姉さん方は
「私の後輩の体操部の娘たちのバイトだよ」
とある体育大学出身の先生が
昔おっしゃってましたけど
今はどうなんでしょう?
私が子供の頃の町内会では
8月1日から10日まで
ラジオ体操が行われ
最終日にはさらに早起きして
3時頃から海辺へと歩く
「あかつき遠足」が行われていました
行き先の鴨ケ浦海岸は
今は地面が隆起して
見る影もありませんが
いい思い出です
思い出をさらに美しく彩るのが
その時見た満天の流れ星です
大人になってわかったのですが
ペルセウス座流星群です
と
ここまで書いて今日は力尽きました
続きはあした
地震お見舞い
222日目
日向灘を震源とする地震がありました
日向灘では
およそ30年から35年の周期で
繰り返し大きな地震が起きています
今回もいわゆるこの『日向灘地震』の1つではないかと
専門家は見ていますが
南海トラフとの関係も懸念され
何とも気掛かりではあります
多くの方からいただいた
「ご恩」を今こそ送る時
まさに「恩送り」の時と
心得てはいるのですが
残念ながら自分のことで精一杯で
今はまだ恩を送る余力はありません
能登半島の場合は道路事情により
行政から「来ないで」という
規制がありましたが
今回はどうなんでしょう
いずれにしても
地震列島に住んでいる以上
日頃からの備えが必要です
今回の被災を通じて
何より大事だと痛感したのは
とにかく命を守ること
そのために
家具が倒れないよう固定すること
物が落ちてこないようにすること
できれば二階で寝ること
備蓄品はその後です
100Lの水を用意したとしても
大容量の自家発電機を用意しても
その前に命を亡くしていては
何にもなりません
阪神淡路大震災の時は
亡くなった方の8割以上の方が
発災15分以内に亡くなっています
つまり15分間さえ何とか生き延びれば
生きる確率が格段に上がるのです
15分間を生き抜いたら
最初の2日間を
自力で生き抜くために必要なものです
極論言えば水と防寒具さえあれば
生きられます
食料は正直要りません
二日ぐらい何も食べなくても死にませんし
そもそも空腹すら感じません
三日目には食料が届きます
こんな道路事情の悪い
奥能登にさえ届いたのだから
きっと大丈夫です
あった方がいいもの第1位は
携帯電話とモバイルバッテリー
でも電波事情により
使えないことも多いです
そんな時力を発揮したのが伝言板
紙とマジックとテープがあるといいです
あったほうがいいもの第2位は
眼鏡またはコンタクトそして洗浄液です
あったほうがいいもの第3位は
車のガソリン
ガソリンスタンドの復旧には
時間がかかります
「ガソリン切れで動けなくなったら」
への恐怖は相当のものです
モバイルバッテリーとしても使えます
日頃からガソリンは満タン近くにしておく
習慣をつけておくとよろしいかと
今日は流れ星の話をするつもりでしたが
急きょ地震ネタです
九州のみなさま
心よりお見舞い申し上げます
つくつくぼうしのサビ
221日目
つくつくぼうしのなく一本松公園の中に
ちびっ子たちの集う海の星幼稚園があります
吹奏楽部が輪島中学校と合同で
演奏会に訪れました
くまさんの顔に見える切り株が迎えてくれます
つくつくぼうしって
「ツクツクボーシ」と歌うAメロ
「ツクツピーヨー」のサビを3回リフレインして
「ツクツピー」とエンディングを迎えます
なかなか歌心ありますね
ところでピヨで思い出しましたが
横断歩道に流れるピヨは
南北方向に渡る 横断歩道に流れます
東西方向はカッコウです
カッコウは
卵を産んだばかりの他の鳥の巣に
自分の卵を産みつけて
その鳥に温めさせるという
なんともあつかましい子育てをします
まあ騙される方もどうかと思い
調べてみると
驚くべき巧妙な仕掛けがあることが
わかりました
まずカッコウは
留守を見計らって卵を産みます
自分が産んだ卵と同じ数の
家主の卵を落として割ります
そして巣の近くに身を潜め
家主が帰ってきたら
鷹の鳴き真似をするのです
かくしてパニック状態になった家主は
卵がすり替えられたことに
気づかないという訳です
さて演奏会の方はというと
ゾウさん カエルの歌 きらきら星など
園児たちのお馴染みの曲で
楽器紹介をしたあと
ドラえもんと
ジャンボリーミッキーを演奏しました
きらきら星で思い出しました
流れ星にまつわる
おもしろい話があるのですが
長くなりそうなので
明日にします
逆境は優れたリーダーを創る
220日目
作家の橘玲氏は
著書『事実VS本能 目を背けたいファクトにも理由がある』の中で
【1】日本人のおよそ3分の1は日本語が読めない(正しく読解できない)
【2】日本人の3分の1以上が小学校3~4年生以下の数的思考力しかない
【3】パソコンを使った基本的な仕事ができる日本人は1割以下しかいない
という驚くべき調査を発表して話題になりました。
この「日本語が読めない日本人」という現実は
広告業界では20年以上前から話題になっているそうです
この結果を見て驚くあなたは富裕層だそうです
最愛の親との離別であったり
虐待を受けていたり
父親から母親へのDV
さまざまな理由で
辛い思いをしている子供達
そんな子供たちもいます
子供たちには何の罪もありません
そんな子供たちに優しく寄り添う団体があります
ビヨンドトゥモロー
一般財団法人教育支援グローバル基金さんが運営する
人材育成事業です
そのビヨンドトゥモローさんが本校を訪れ
自身のつらい生い立ちを乗り越えて
前に進もうとしている全国の高校生や大学生と
今回の震災を乗り越えて
歩き出そうとしている本校の生徒との
交流の場を設定してくださいました
ビヨンドさんは
〜逆境は優れたリーダーを創る〜
を理念に
次世代を担う人材輩出に向けて
さまざまな取り組みをされています
まずは被害を受けた本校の様子を
見ていただきました
生徒同士の交流では
僕らの街は僕らが創る
「街プロ」で取り組んでいる内容を
紹介し新たな視点でのアドバイスなどを
いただきました
以下に生徒たちの感想を記します
まずは「海辺で映画を流したい」グループ
「聞けば聞くほどおもしろそうで映えそう」
「最初の想いを大事にして達成してほしい」
次に「復興の花火をあげたい!」グループ
「できないかもしれないでなくとにかくやってみよう
その考え方が素晴らしい!」
「熱いパッションが見えて刺激をもらいました!」
「自分たちでクラファンしているとかすごい!」
クラウドファンディング募集中です
よろしくお願いします
https://camp-fire.jp/projects/view/778271?utm_source=qr_code
次のグループ
「どれだけ人を巻き込めるかが勝負なので頼って!」
「 横浜と違って時間の流れがゆっくり感じた
人の表情が豊かに感じた
窓から差し込む光が輝かしく感じた」
素敵な感性をお持ちですね
そして「子供の交流場所を増やす!」グループ
「プロジェクトの斬新さを感じました」
いろんな立場からの意見を聞くことができ
全てのグループが
これからの活動の勇気をもらったと感じました
ありがとうございます
最後に一緒にお昼を食べました
生成AIを学びました
219日目
「生成AIにおける日本の教育現場の今とこれから」
Google For Education の日本総括 小出 泰久 氏から
お話を聞く機会をいただきました
変動性 不確実性 複雑性 曖昧性 の時代を生き抜くための
力強いご講演をいただきました
続いて活用支援をしていらっしゃる上原 玲 氏から
AIとは?
人間の知能を模倣するよう訓練されたコンピュータ
AIは第一世代から順に
「考えるのが早いAI」
「ものしりなAI」
「データから学習するAI」
と進化してきたそうです
今では全国の学校でも教育に取り入れられ
例えば
カリスマきゅうり農家ばあちゃんの
きゅうりの等級分けに活用したり
呑んだアルコール量を測定して
じいちゃんが飲みすぎないようにしたり
開いたページに合わせたBGMが流れる
図書館を作ったり
生徒たちの様々なアイデアを具現化する
多くの取り組みがなされています
現在Googleでは
生成AIツール「Gemini」の提供を始めています
しょーもない質問には
テキトーな回答しか返ってこないけど
活用の仕方によっては
無限大に可能性の拡がるツールです
Google には
AIの活用に求められる
①学習データ
②データを検索するエンジン
③生成AIモデル
④生成AIを動かす端末
⑤データを処理するプロセッサ
の5つの要素を全て自社で準備することができる
という強みがあります
さらには
①社会にとって有益であること
②不公平なバイアスの発生、助長を防ぐ
③安全性を念頭においた開発と試験
④・・・
など7つの理念に則った開発が推進されています
今後教育の場面で活用するとしたら
①議論やまとめの過程で足りない視点を見つけ議論を深める場面で
②英会話の相手やより自然な英語表現の改善を図る
③自ら作成した文章をよりよいものへ昇華させる目的で
が主として考えられるものです
質の高い回答を得るには
①ペルソナ
②タスク
③フォーマットトーン
④コンテキスト
⑤例
を意識するとよいそうです
今回被災して困ったことで
最新テクノロジーでこんなことができたら
助かったのに
ということが少なくありません
創造的復興にどう活かしていくかを追求しながら
長期的展望に立った
未来の教育への提案を被災地からできればな
と思います
岐阜総文レポート(2)
218日目
岐阜の中心部を
自動運転のライドシェアバスが
実装実験をしています
オンラインで予約して乗ります
窓の横のモニターに
周辺の交通事情が映し出されます
乗客はこのタッチパネルで
行き先バス停を選びます
家庭用ゲーム機と同じコントローラーで
操縦することもできます
自動車会社ではなく
フランスのITベンチャー企業による
製品だそうです
岐阜市では
自動運転レベル4
ドライバーフリーでの
特定条件下完全自動運転を目指しています
生まれ変わる輪島市での
新しい市民の足としても活用できそうです
和太鼓部が土岐市文化ホールで行われた
全国大会に出場しました
輪島大祭のキリコ太鼓を
ステージ用にアレンジした曲です
最優秀賞 優秀賞に次ぐ
優良賞をいただきました
お客様からも
一段と大きな拍手をいただいていました
岐阜総文レポート(1)
217日目
2027年
第51回全国高等学校総合文化祭が
石川県を舞台に開催されます
3年後に迫った大会の準備を
石川県の高文連で進めています
その下見のために
「清流の国ぎふ」文化祭に来ています
まずは関ヶ原古戦場の巡見をして来ました
関ヶ原の戦いとは
豊臣家を守りたい石田三成軍と
新しい世を創りたい徳川家康軍との戦い
天下分け目の戦いと言われるほどの
日本の歴史において大きな意味を持つ戦いです
それほどの戦いであるなら
何ヶ月何年にも及ぶ戦いであるような印象を
勝手に持っていましたが
意外や意外わずか6時間で勝敗の決した戦です
勝敗を決するには
3人の武将の心の葛藤があったということを
今回学びました
ひとりめは小早川秀秋
三成軍の小早川秀秋は
合戦が始まって4時間後
突然家康軍に寝返りました
秀秋は秀吉の養子
かつては秀吉の後継者として
将来を嘱望されていたのですが
秀吉に待望のお世継ぎ秀頼が産まれてからは
ないがしろにされて
挙句の果ては小早川家に
養子に出されてしまいます
こうして見ると裏切りというより
寝返るには余りある理由があるなという気がします
人の心は時代を超えても変わりません
ふたりめは島津義弘
義弘は合戦前夜
奇襲を仕掛けるよう三成に進言します
ところが三成は
その作戦をけんもほろろに相手にしないどころか
義弘を罵倒します
結果翌朝合戦が始まっても
義弘軍は動こうともせず三成の指示に従いませんでした
このことは現代にも通じるものがあると思います
部下がいろいろ考えて提案したことに対し
どんな稚拙な提案であっても
決して頭ごなしに否定してはいけません
動かない義弘軍は結局
他の軍が壊滅状態になって孤立し
撤退を余儀なくされます
そのとき単に逃げるのではなく
敵の真ん中を突っ切って逃げます
つまり敵陣を正面突破して退却します
これは後に戦法「捨て奸」(すてがまり)とよばれる
味方を犠牲にして追撃隊を食い止める壮絶な策でした
3人目は毛利秀元
家康軍の背後に位置された秀元軍
元々は家康軍に動きがあった時に
挟み撃ちにするための軍でした
ところが家康軍が最初の陣から
三成軍に攻めに入っても
一向に動きがありません
秀元が動かなかったのを見て
小早川が寝返ったというのが
最新の学説だそうです
秀元が動かなかったのは
その前に陣を敷いていた吉川広家が
動かなかったのも一因です
秀元が広家に出陣命令を出しても
「今お昼食べてるから!」と
ほんわかした理由で断ったそうです
かくして天下分け目の戦いは
わずか6時間で幕を下ろしたのでした
ここで登場した秀秋 秀元 広家は
毛利元就「三矢の訓え(おしえ)」の
3人の息子のそれぞれ息子です
関ヶ原で家康が勝利したのは
毛利元就の
「3本の矢が束なれば決して折れない」
との訓えがあったからにほかなりません
しかし毛利一族の功績はさほど家康から
取り立てられることはありませんでした
250年の時を経て
一族の末裔の長州藩が
討幕を企てたことを考えると
人の恨みの恐ろしさ
人の評価の大切さを
しみじみと考えさせられます
復興絵巻その2
216日目
早起きして街の様子を見に行きました
河井小学校の運動場に
仮設の校舎が建ちました
小学生は2学期からここで勉強できます
大町から朝市方向を望みます
輪島の朝市は奈良時代の末期
神社で始まった物々交換が
その起源といわれます
つまり千年以上の
歴史があることになります
「勝浦朝市」
「飛騨高山朝市」
と並んで日本三大朝市と呼ばれます
明治43年の大火で
一度焼け落ちてしまいましたが
そこから蘇っていますので
今回ここで終わるわけにはいきません
朝市通りの突き当たりにある重蔵神社は
1300年の歴史を持つ
大国主命をお祀りした神社です
このブログのタイトル
「おこらいえ」は輪島の海女の方言です
輪島の海女の先祖は
その昔福岡県宗像市から渡って来ました
宗像には
沖ノ島に沖津宮 筑前大島に中津宮 宗像に辺津宮
の三社があり
渡って来た輪島にも
その位置関係を模して
舳倉(へぐら)島に奥津比咩 七ッ島に中津比咩 輪島に重蔵
の神社をそれぞれ置いたそうです
舳倉島は昔「重蔵島」とも書かれ
重蔵神社もへぐら神社と呼んでいたそうです
これらは重蔵神社の公式HPからの引用です
興味深いのでぜひご覧ください
春の祭に曳く山車です
収納庫が崩壊したため
シートを被せて屋外に置いてあります
重蔵神社をはさんで朝市の反対側には
観音町があります
昔遊郭があったいわゆる赤線地帯で
現代でも震災前には多くの呑み屋が並んでいました
広い道路の真ん中に立つ
提灯型の街灯がなんともいい風情です
ご先祖さまが心配で墓地にも行ってみました
案の定倒れてしまっていて
ブルーシートを被ったお墓もチラホラ
自分たちが生きることで精一杯で
ご先祖さままでとても手が回らず
申し訳ない気持ちでいっぱいです
こんな様子では今回の地震で亡くなっても
まだお墓に入れない方も
きっといらっしゃるでしょう
近所の民家には
お墓参りに訪れる人に
「水道自由に使ってください」
となんとも大らかな貼り紙が
今日の街巡りの終着は馬場崎
この地域は比較的建物の被害が少ないです
新しい建物が多いからか
あるいはここは昔の駅前通り
馬場という地名にもある通り
もっと昔から交通の要所であった可能性が
だとすると地盤の
しっかりしたところなのかもしれません
雲図鑑と復興絵巻
215日
初夏の空には不思議な雲がいっぱい
写真では確認しづらいですが
真ん中やや右に彩雲
太陽との角度によって見える
虹色に輝く雲です
左下には鉤状雲
釣り針のように曲がった雲
上空の風が大きく曲がっていることが
わかります
こちらは蜂の巣状雲
上空の狭い範囲で
上昇気流と下降気流が
渦巻いています
周囲には天使の羽のような
毛状雲
右上には肋骨雲
飛行機雲が
上空の風に散らされて
魚の骨のようになっています
左下には変わった形
どうしてこんな形になるんだろう
勝手に四分休符雲と名付けます
雲ウォッチャーの私にとって
梅雨明けの空は
興味の尽きない研究対象です
手術後久しぶりに
街の様子を見に行きました
学校のすぐ近くにあった傾いたビル
すっかり撤去されました
小学生も安心して通学できます
お世話になっているティーンラボの建物
中がグチャグチャになっていたそうですが
今では多くの生徒のサードプレイス
ブルーシートで覆われた家
痛々しくもしっかりと
街のために商売再開しています
小路に入れば未だ手つかずの家も
火災のあった街並みです
公費解体が始まってしばらく経ちました
中央通り付近からいろは橋が見えます
間を遮る建物がすっかりなくなりました
高州山の中腹に大きく崩れた
岩肌が痛々しいです
他にもたくさんの
崩れたまま手つかずの家の
生々しい写真を撮ってきたのですが
おうちの方の心情を考えると
とても掲載する気にはなれませんでした
「街プロ」花火グループへのご支援も
引き続きよろしくお願いします
https://camp-fire.jp/projects/view/778271?utm_source=qr_code
見える喜びを被災地に
214日目
私事ですが
白内障の手術を受けてきました
夜運転をしていると
対向車のヘッドライトに
目の前が真っ白になるので
怖くなり決心しました
執刀してくださったのは
金沢医科大学の佐々木洋先生
白内障の研究と治療で
日本をリードする第一人者である先生は
東日本大震災翌年の2012年から
月に一度週末を利用して釜石のぞみ病院を訪れ
白内障を患った患者を治療し続けていらっしゃいます
今年で13年目になります
近くの大槌町や山田町からも患者が訪れ
今でも多くの方が先生を待っています
これまでに5,000人になんなんとする方に
希望の光をくださっています
当時白内障手術のできる施設も被災し
眼科の治療を受けることが困難だった中
最新の医療を提供し続けた先生は
まさに現代の「JIN-仁-」
当時被災地では
避難生活や不自由な仮設住宅での暮らしが
人々の健康に大きな影響を及ぼしていました
白内障は加齢とともに
目のレンズが白く濁る病気です
目がぼやけたまま仮設で暮らしていると
認知機能が衰え認知症が進みます
手術によって目の輝きが変わると
みなさん元気になるそうです
手術は日帰りでもできます
濁ったレンズの内部を取りのぞき
新しいレンズを入れて固定します
スタッフがレーザーを照射したあと
先生の待つ手術台へ
痛みは全くありません
目の前に幻想的な光が輝いています
美しいな
別世界へのトリップを楽しんでいる間に終了
時間にしておそらく10分かかっていません
被災地で将来への希望の光が見えなくなっている方
もしかして白内障かも
こんな身近に「神の手」があるなんて
ゴッドハンドを頼ってみては?