校長室より「おこらいえ」
屋根の上に軽四7台!
地震から 420 日目
豪雨から 156 日目
ひとしきり雪が激しくなってきました
輪島では単位時間あたりの積雪量
観測史上一位タイを記録しました
雪の重みによる家屋の倒壊が気になります
雪の重さはどれくらいでしょう
さっそく実験してみました
踏み固められていない庭の一角から
30cm四方の穴を開け
その中の雪を採取しました
深さも30cmでした
これを持って体重計に乗りました
ただいまの記録 80.3kg
雪を降ろして再び体重計に
74.3kg(衣服含む)
雪の重さは
80.3 − 74.3 = 6.0 kg
体積も測ってみました
採ってきた雪を溶かして
4Lの梅干し瓶で測ると1本半
つまり6L
水の比重は1
1Lの水の重さが 1.0 kg なので
6Lで 6.0 kg
さきほどの測定の正確性が確認できました
L は ℓ のこと
ある年齢以上のみなさん
今学校ではリットルをLと表記するんですよ
ヤングのみなさん
昔リットルは ℓ と表記していたんですよ
今回は
面積 30 × 30 = 900cm2
大雑把に見繕って
0.1 m2 あたり6kg
1m2あたり 60 kg
の積雪があったと
見積もっておきます
ところで
取り出した雪片は
1辺 30cm3 の立方体です
体積は 30 × 30 × 30 = 27000 cm3 = 27L
これが溶けて6Lの水になったので
凍ることと
空気を含むことにより 4.5 倍に
体積が膨らんでいたことになります
水は凍ると体積が増すという
特殊な性質を持っています
この性質を持つ物質は
水以外には
アンチモンやビスマスぐらいしかありません
そして水は 4℃で密度が最大に
つまり一番重くなります
氷河期の海底や湖底には
4℃の水が安定的に存在していて
陸地がどんなに冷えても
その水に生物が守られて
氷河期でも絶滅せず生き延びたと
考えられています
さあいよいよ家屋の上に
どのくらいの重さの雪があるか
求めてみます
Google マップで屋根の面積を計算です
ふたつの長方形に分けて
12 × 7 + 7 × 6 = 84 +42 = 126 m3
屋根の上の雪は
60 × 126 = 7560 kg ≒ 7.5 t!
以前リフォーム会社の方が
「軽四自動車7台分
7tの重みがかかりますよ」
って言っていたのと
一致しました
今回の雪は比較的
パウダースノーに近い
サラサラの雪でしたが
いつもの北陸地方の雪は
もっと水分を含んだ重い雪なので
さらに注意が必要です
豪雪対策で最も効果的なのは
瓦を軽いものに替えることだそうです
全国から入る復旧支援の方は
まず屋根が真っ黒なのに驚かれます
生まれてこの方
これが普通と思っていましたが
言われてはじめて気づきました
昔ながらの能登瓦は
水田の土を使い
山の薪を燃料に焼成され
漆黒の釉薬で覆われており
真っ黒でずっしり重く
耐寒性に優れます
海に向かって斜面が続く能登半島の海岸線で
高台から集落を隔てて海を見下ろすと
艶やかに光り輝く瓦の表面と
青い海のコントラストに心が奪われます
この光景はNHK朝のテレビ小説「まれ」の
オープニングでも流れていました
おそらく雪が溶けやすいように黒く
日本海から吹き付ける冬の季節風に飛ばされないよう重く
進化してきたものと思われます
今回の地震でも
昔ながらの製法で焼かれたものは
限りなく強く決して割れなかったそうです
伝統をとるか
安全性をとるか
難しい選択です
尊い仕事に就くみなさんへ
地震から 419 日目
豪雨から 155 日目
発災以来長きにわたって
自衛隊の方々のご活躍の場面を
ずっと目の当たりにしてきました
床が歪み
壁がひび割れ
すきま風が入り込む
凍てつくような
傾いた体育館の中で
足の踏み場もないほどに
敷き詰められた
狭い簡易ベッドで
ひととき身を休めながら
ずっと人命救助に
当たってこられた
自衛隊員の姿を見てきたのは
生徒も同じでした
この尊い仕事に自分も携わりたい
と決意したふたりの生徒が
自衛隊に入隊します
石川県自衛隊入隊入校予定者激励会に
参列してまいりました
自衛隊さんにご支援をいただいて以来
イベントには極力参加して
お礼を申し上げることにしています
今日は入隊予定者が
ひとりずつ壇上に上がり紹介されました
主催者である石川県防衛協会の
副会長の里谷光弘様は
本校の建設にもずっと関わってくださっていて
そのご挨拶の中で
「被災民は自衛隊の車が通ると
ずっと手を合わせている」
とおっしゃっていました
先輩隊員からの激励の中に
「自衛隊は掛け算の組織である」
とのお言葉がありました
一人ひとりの力が集まると
単なる足し算ではなく
大きく広がっていくんですね
そして掛け算の怖いところは
ひとりでもゼロがいたら
全てがゼロになってしまうこと
誰ひとりゼロを許してはいけない
厳しい組織でもあります
中部航空音楽隊による激励演奏
フィナーレを飾ったのは
「星条旗よ永遠なれ」
尊い仕事に着くみなさんを送り出しました
憲法九条に関係し
自衛隊のあり方について述べるのは
難しいものがあります
あれは湾岸戦争が激しくなってきた頃の話
自衛隊に入隊したがっている息子を止めて欲しいと
担任をしていた生徒のお母さんにお願いされ
「お母さんは君を人殺しにするために
苦労して育ててくれたんじゃないと思うよ」
と今思えばとんでもないことを口にした思い出があります
何も知らない当時は
自衛隊イコール軍隊イコール戦争と
短絡に結びつけていました
自衛隊の方々の献身的な支援の姿を
ずっと見続けてきて
今では自衛隊の車に手を合わせているひとりとして
自衛隊は国家と国民を守る
本当に尊いお仕事であるとの強い想いを抱き
今日の若者の凛々しい姿を見て
式典のあいだずっと涙を堪えていたのでした
アメリカ軍が行ったある調査があります
帰ってきた兵士の銃を調べました
すると実際に銃を撃った形跡は
ほとんどないのだそうです
隊長が「撃て!」
と命令しているのに関わらずです
実際に撃った形跡があるのは
命令をした隊長のすぐ近くに陣取っていた
ごく少数の兵士の銃だけなのです
戦争という極限状態の中でも
誰も人を殺したくなんかないようです
朝市通りどんなにする?
地震から 418 日目
豪雨から 154 日目
思考力を高める問題が満載の
ダイヤモンド社の「論理的思考問題」
という本にはまっています
その中から1問紹介します
【問題】です
「25頭の競走馬がいます
レースをさせて最速の3頭を決めます
1回のレースで走れるのは5頭までです
タイム計測はできないので
目視で順位を決めます
最低何回のレースをする必要がありますか?」
このあとヒントを小出しに出していきます
本日
「輪島市本町周辺地区まちづくり協議会」
が行われました
本町周辺地区は
地震の際に火災により焼き尽くされた地区で
日本三大朝市のひとつ
輪島朝市がもともと建っていたところです
公費解体もほぼ終わり更地となっています
地区住民 高齢者 子育て世代 高校生
様々な年代の方が集まって
アイデアを出し合いました
あらかじめ3つの案が示されました
A案:「滞在時間の倍増計画」
昼夜問わず買い物や飲食を地元の子供や家族連れが楽しめるようにする
近県の顧客が食文化自然を一日通して楽しめるようにする
全国からの観光客やインバウンドも楽しめるようにする
B案:「風の人と土の人の拠り所」
風の人とは外から来た人 土の人とは地元の人
お互いに関わり合いながら里山里海の豊かな風土を楽しむ
修学旅行や研修旅行を誘致し文化体験を通して復興を学ぶ
C案:「わふうどづくり」
輪島の風土 + 輪島フード + 和風がコンセプト
ものづくりとひとづくりを通して懐かしさと美味しさの街を作る
新規移住者が相談しやすく全体では女性が活躍できる街
どれも素晴らしい案です
ただし今日はこの中から選ぶとか
ブラッシュアップするとかではありません
今日のメンバーで新しい案を作り出します
本校からも生徒10名が参加しました
大人たちに混じって
自分の案を積極的に発信していました
さて冒頭の問題の【第1ヒント】です
まず5つのグループA~Eに分けて
5回の予選レースをします
A~Eのグループ内の順位をつけて
A1 A2 A3 A4 A5
B1 B2 B3 B4 B5
C1 C2 C3 C4 C5
D1 D2 D3 D4 D5
E1 E2 E3 E4 E5
では次以降のレースは
どのように走らせたらよいでしょうか?
【第2ヒント】です
次に5つのレースの1位の5頭で走らせます
ところが
このレースの上位3頭が全体のトップ3とは限りません
なぜなら偶然3頭が同じ予選レースを
走っていた可能性もあるからです
このレースでトップ3に入らない馬を
絞り込むことはできます
仮に
1位A1 2位B1 3位C1 4位D1 5位E1
であったとしましょう
D1とE1ははずれますし
同時にD2以下とE2以下もはずれます
残った候補は
A1 A2 A3
B1 B2 B3
C1 C2 C3
さああと何回走らせればトップ3がわかるでしょうか?
【第3ヒント】です
実はあと1回のレースでトップ3がわかります
走らせる馬をどのように選べばいいでしょうか?
【今週の活動性を高める授業づくり】
このコーナーは
久留米大学の安永悟教授に学んだ
授業づくりのポイントを
お伝えするものです
生徒の聞く姿勢と話す技術を高めつつ
知識の着実な定着も図る方法です
まずは講義型の授業で知識の伝達を図ります
時間にして10分未満程度の講義です
その後4人のグループ内で
全員が学んだことを自分の言葉で語ります
話す順番は
あらかじめメンバーに1から4の番号を振っておいて
「3番から時計回り」
というふうに先生がその都度指示をします
これを繰り返します
生徒は
必ず自分がしゃべらなければならない
ことをわかっているので
話を真剣に聞きます
そしてアウトプットすることにより
知識が定着するのです
一斉講義型の授業では
常にアウトプットしている教師が
実は生徒よりも学んでいる
というおかしなことが起きているのです
クイズの【答え】です
候補として絞られた9頭のうち
A1はトップ決定です
B3はそれよりも早い馬が3頭いるので外れます
C2C3も同様です
最後のレースは
A2 A3 B1 B2 C1の5頭を
走らせればよいのです
ここまでが本に載っていた答え
でもこれにはある問題があります
それは何でしょう
B1とC1が3回目の疾走となり
不公平であるということです
このように答えが見つかったとしても
それで良いのか問いかける
批判的思考力を高めることも
今の教育で求められているものであります
OECDオンラインミーティング実況中継
地震から 417 日目
豪雨から 153 日目
OECDの
オンラインミーティングに参加しています
今日の「おこらいえ」は
いつもと雰囲気を変えて
ミーティングの内容をリアルタイムで
書いていきます
なんと3時間にも及ぶ
長時間ミーティング
生まれて初めてです
9分ほどしかない金魚レベルの集中力の私にとって
未知の領域です
どうなるのでしょう?
まずは
次期学習指導要領の改訂について
文科省の方からの報告です
少子高齢化が進むこれからの日本において
マルチステージの人生が進みます
変化が激しい世界において
テクノロジーを使って
人生を勝ち取るむしろチャンスです
新学習指導要領は
その世界を見据えています
受験知識が抜け落ちたあとで
何が残るかを重視しています
コロナで多くの国の学力が低下した中
日本だけが学力が低下しなかったそうです
それは学習指導要領に沿って
全国で同質な教育が施されたからにほかなりません
ただし教員の過度な働きに支えられた
という側面もあります
今の学習指導要領は
知識技能に支えられた思考力
というイメージが強いです
ところが新しい学習指導要領では
複雑な課題に取り組む中で
知識を身につけることを重視しています
また子どもが
自分で学びを自己調整できるよう考えています
そのために学年を分けること
あるいは授業時間を定めることにも
メスが入る可能性があります
また教師や生徒の負担をどのように減らすか
という視点でも進められているそうです
(1)自分なりの「意味・目的」の大切さ
(2)多様な子供たちの可能性の開花
(3)教師の成長過程のビルトイン
以上3つが実際に改訂を進めている方が
目指しているものだそうです
次に生徒部会からのレポートです
まずは教育課程が作られていく過程を
実際に見学した大学生からです
教育課程の柔軟性が一番気になりました
教育課程に柔軟性があると
余裕のある教育につながります
学校の外での学びにもつながります
では学校は行かなくていいのか?
そうではなくて学校でしかできないこともある
被災した輪島高校では
学校に行って友達にあうという
大きな意味がありました
次に「おさんぽメガネワークショップ」を
主催した大学生からです
教科書の中からでなく日常から学びを生み出す
「おさんぽめがねワークショップ」
特に苦手な教科において
単にドリルを繰り返すよりも
日常生活との結びつきを見つけると
その教科を学ぼうとする
内発的動機付けにつながります
輪島高校でのワークショップも紹介されました
被災地でのおさんぽから
さまざまな学びを体験できたようです
「正解」を前提としない問いかけが
新たな問いを生み出します
教科と教科を繋ぐ力が生まれます
たとえば日本史の知識によると
皇居は桜田門外の変があった場所
これを不動産業に繋げるとなんと
「皇居は事故物件だ・・・」
続いてOECDのMIHOさんから
世界の教育についての報告です
「見方考え方」と「教科横断」
このことは全世界で注目されています
ただしカリキュラムが変わったとしても
実践はなかなか難しいです
イギリスでは問い立ての重要性が議論されています
「なぜ空は青い?」
「動物にも同じように見える?」
エストニアでは「環境と持続可能な開発」がテーマです
学校の自由裁量のもと
おさんぽめがねのような
取り組みが行われています
さまざまな教科の先生といっしょに
お散歩して問いを見つけます
これら他国の例から見えた「教科横断」の落とし穴は
(1)見方考え方を教えてしまう
(2)問い自体を教師が作ってしまう
(3)先生同士の相性が悪いと困る
の3つです
さきほどカリキュラムの自由裁量が必要という
提言がされましたが
実は日本のカリキュラムは
世界的に見ても自由裁量が大きいです
教科書も他の国ではもっと分厚いです
そして「対話の時間」です
対話のルールは次のとおり
(1)あいづちやうなずきで話しやすい雰囲気をつくる
(2)あせって結論をだそうとしない
(3)キーワードにとらわれず自分の言葉で話す
(4)大人に忖度して話してほしいだろうと思われることを云わない
5人のブレイクルームに分かれて
「こんな授業があったらいいな」
をテーマに話し合いました
各グループで出された意見では
授業と授業の合間に休む場所がほしい
どんな授業がいいか話し合う授業がいい
自分が何を学んだか語れるプロセスがある授業がいい
次は「カリキュラム・オーバーロード」の話
(1)Curriculum Expansion
(2)Content Overload
(3)Perceeived Overload
(4)Curriculum Inbalance
の4つの論点があります
うーん
むずかしい・・・
ここで挫折・・・
脳にはキャパがある
必要以上に詰め込んでも意味が無い
ちょうど今の自分にぴったりな話題が
されだしたので復活
香港では宿題オーバーロード
宿題の出し過ぎが問題になったそうです
【泉大津市立小津中学校の事例】
「先生と生徒のワクワクで乗り越える
カリキュラムオーバーロード」
積み上がった書類と
「やらないといけない」という意識から
抜け出して軽やかになりました
4月1日に学校の経営ビジョンを
なんと生徒が先生にプレゼンします
生徒自身が学校の目指す姿を作り上げました
「自芯を持つ
認め合う
やわらかさで0から1をつくる」
生徒の希望から50分の授業を45分に短縮しました
かえって集中力が増しました
授業も5限で終わったり6限で終わったり
生徒の願いをもとにして
教員が授業の形を決めました
生徒達が自分達で
学ぶスペースを創ったりもします
職員室もフリースペースです
「ワクワクしながら
たくさん話し合って
解消していくもの」
それがカリキュラム・オーバーロードの解決方法です
Q:教科横断に相性のいい教科は?
A:国語はどの教科とも繋がる
英語も同様です
Q:高校入試のための学力保障は?
A:経年変化を見ると成績は伸びてきている
長時間やれば成績が伸びる訳ではない
先生が教えた ≓ 生徒が学んだ
【福島県立郡山高校の事例】
「既存の教科でプラスする
データサイエンスコース構想」
今のカリキュラムの弱点は
(1)知識を使う場がない
(2)教科がばらばらで繋がりを学ぶ機会が無い
(3)クリティカルシンキングの鍛え方が弱い
これらの課題を解決するために
新教科を作ると教員の負担が大きくなるので
既存の教科を活かしたクロスカリキュラムを
考えました
(1)新しいコンテンツを作る系
(2)一部を別教科で深掘り系
(3)1年間を通じた連携系
ウクライナからの中学生が
数学の中点を求める問題で
「なぜ中点を求めるの?」
と日本の先生に尋ねたところ
言葉につまりました
この中学生は
数学コンテストで優勝するほどの生徒です
なぜ学ぶのかを理解して学ぶので
深い学びにつながるのです
しかしながら
協力的ではない教員もいらっしゃいます
原因は
① 変化を拒む免疫システム
② 専門外のことを教える不安
③ 教科書を終わらせないといけない不安
④ そもそも効果あるの?問題
⑤ 新しいことしたくない問題
大事なのは
松下幸之助さんの
「やってみなはれ!」
次回の学習要領改訂では
教科横断が大きなテーマとなりそうです
キーワードは「おさんぽメガネ」
教員には
日常生活のあらゆるものを
教科に結びつける力が
求められることになりそうです
先生方は
机に座って仕事ばかりしていないで
外にでていろんなものを見てきましょう
遊べ!
このブログも
机の上だけで書いているものよりも
出張先から書いているものの方が
おもしろいでしょ
さてさて
3時間にもおよぶ
長時間ミーティング
そろそろ終わりです
自分でアウトプットしながらだと
なんとか
もつもんですね
今日は本校から
山上先生(家庭)
山下先生(保健体育)
栃木先生(養護)
も参加してくださいました
熱心な先生方です
お疲れ様でした
仮校舎はどうなる?
地震から 416 日目
豪雨から 152 日目
現在3棟ある建物のうち
危険判定のため2棟が使用できず
1棟の建物に無理矢理詰め込んで
授業をしている状況です
この状況を早期に打破するため
仮設校舎の建築計画が進められています
本日は保護者説明会を開催し
現時点でお伝えできること
現時点で要望していること
について理解を求めました
仮校舎は同じ敷地内
グラウンドに建設の予定です
春に竣工
早ければ秋より運用可能です
現在全学年で使用している旧校舎3号棟は
そのまま3年生が3階を
定時制が1階を使用します
仮校舎は2階建てで
真ん中に廊下を設置し
両側に教室を配置するコンパクトなつくりとし
グラウンドを使用する面積を
最小にする配慮がなされています
このことは
北野喜樹石川県教育長が
「生徒が運動する場所をできるだけ奪うな」
との指示を出してくださっているとのことです
コロナの時に健康福祉部長を務められていた方で
毎日のようにテレビで説明されていたので
ご存じの方も多いかと思います
さすが緊急時の対応に力を発揮くださっています
仮設校舎には
1・2年生が入ることになり
実験室や実習室も設置されています
ただしパソコン室はふたつとも旧校舎3号棟にあるので
もしかすると
旧校舎3号棟をビジネスコースが
仮設校舎を普通コースが使うことになるかもしれません
これについては時間割など諸条件を鑑み
最も最適な使い方を考えていきます
グラウンドを使用せずに
グラウンド脇のアスファルト部分への建設を
要望したのですが
まず寸法が足りませんでした
部室やブルペンを壊してもいいからと要望しましたが
建設に関する法律があって
仮設校舎は現存の校舎から
10m 離して建てなければならないそうです
以上の理由より図に示された
グラウンドの校舎側に建てることとなりました
第一体育館と第二体育館はそのまま使用し
接続する仮設廊下を設置します
旧校舎3号棟への接続も同様です
以下
質疑応答の様子です
Q1:工事の間の部活動は?
A1:工事は必要最低限のスペースでやってもらいます
並行してグラウンドでの部活動はできます
Q2:本校舎の復旧見通しは?
A2:損壊した基礎の横に新たに基礎を打ち
ジャッキアップする計画ですが
工期など詳細については未定です
Q3:もう決定か?変更は無理か?
A3:できないことはないかもしれませんが
再調査などで工期が大幅に遅れます
得策ではありません
Q4:稲舟校舎(旧輪実)を使用することはできないか?
A4:校舎は使い物にはなりませんが
危険立入禁止区域指定が外れたと聞きます
グラウンド使用要望の余地はあるかもしれません
Q5:体育館の使用は?
A5:今のところ使用禁止命令は出ていません
多少床の歪み等はありますが
なんとか使用できる状態です
Q6:学ぶ場を確保するため子どもたちの意見を聞いてほしい
A6:同様のご意見を
小学校の運動場に仮設校舎を建てた後で聞きました
「あなたたちは一度でも子どもたちの意見を聞いてくれましたか!」
もう決まってしまって仕方ないことであったとしても
子どもたちに説明する義務は大人にあると考えます
そうすることにより
自分の力で社会は変えられると考える若者が
世界一低いという現実を変える
第一歩になると思います
このブログを読んで
言いたいことを校長室まで言いにくるよう
明日の朝生徒に伝えます
Q7:学校以外での部活動への移動費の負担が大きいが?
A7:今年度は県より補助をいただいています
引き続き要望してまいります
Q8:習熟度別授業はどうなる?
A8:問題ありません
これまで通りの習熟度をかけることのできる
教室数を確保できます
これまで通りきめ細かな指導ができそうです
Q9:工事の際の騒音は?
A9:時間をずらすなどの要望はしますが
ある程度の騒音はやむを得ません
逆にどんな悪環境でも集中力を発揮できる
生徒の育成を目指します
最後に
「現在輪島市内で唯一使用できる
屋外体育施設が輪島高校グラウンドである
だから自校の体育や部活動のことだけでなく
輪島市民みんなが使用できる手立てを
県と市の枠組みを超えて進めていくべきである」
とのご意見をいただきました
このことについては
まず手始めに
テニスコートを全面人工芝にして
部活動以外の時間帯に
ゲートボール場として
高齢者に提供できないか
市に申入れをしてみようと思います
いんのこまきのおもいで
地震から 415 日目
豪雨から 151 日目
こんなに猛吹雪の中それでも復旧工事は
手を休めることなく進んでいます
本当に頭の下がる思いです
ありがとうございます
現在
神奈川より
スクールカウンセラーの平野先生に
定期的に来ていただいています
生徒だけでなく保護者の方のカウンセリングも
していただけることとなりました
明日第1回目を開催します
おかあさん方
そっと打ち明けるだけで
気持ちが軽くなりますよ
予約は不要です
どうぞふらっと立ち寄ってください
生徒とは会うことのないよう
場所は配慮してあります
詳しくはこちら
輪島の冬の風物詩
曹洞宗のお寺において
「いんのこまき」が行われました
本校で書道を教えてくださっている
川口先生のご実家がお寺で
記念に学校へ持ってきてくださいました
今日は涅槃会
お釈迦様の亡くなられた日の
法要が執り行われました
仏教の三大年中行事のひとつとされます
曹洞宗のお寺では「涅槃団子」が撒かれます
五色に色づけされたこの団子は
地水火風空を表しているとのこと
生きとし生けるもの全てを表し
食べると無病息災
持つと功徳を受けられるとも伝えられています
北信越地方で見られる風習です
お釈迦さまの舎利つまり遺骨を模したもので
その形は地域によって異なります
たとえば富山の涅槃団子は丸い団子ですが
輪島では動物を形どった団子が撒かれます
お釈迦様の涅槃に駆けつけた動物です
干支の動物と言った方が
ピンとくるかと思います
写真左から
へび いぬ とり です
中でもいぬを形どったものが多く撒かれるので
いんのこ(犬の子)まきと言われます
お米でできているそうです
食べられるのか尋ねたら大丈夫なようです
炙って食べる方もいるようですが
多くはお守りとして持ち歩きます
やがて乾燥して粉々になると海に流します
低温湿潤な条件で大事にしていると
崩れずにそのまま小さくなっていくそうです
今回お持ちくださった
聖光寺さま(しょうこっさま)は
漁師町のお寺さんで
「いんのこ」をかたち作るのは女房衆
最後の色付けは漁師の長の仕事と決まっていて
なんぴとたりとも
手を出してはならない領域のようです
赤黄緑の食紅で絵付けをします
緑というといつも思い出すのが
なぜ絵の具の緑はビリジアンなのか問題です
学年にひとりくらい
「私のことキャサリンって呼んで!」
ってのたまうぶっ飛んだ女の子がいるもんですが
そのぐらい異彩を放つビリジアンちゃんです
あなた帰国子女?
って言いたくなるくらいです
どう見ても「みどりちゃん」やろ
でも本人はビリジアンと言い張っています
【今週の生徒の叫び】
校長ブログを読んだ生徒が書いてくれた
コメントを紹介するコーナー
今日は昨年9月7日「春の選抜に向けて」
のコラムを読んでくれた生徒からです
高校野球秋の大会が始まり、大事な初戦となりました。相手はまさかの飯田高校でした。飯田高校も地震に襲われ、なかなか練習ができない日々が続いていました。すると、仙台育英高校さんが輪島高校と飯田高校を仙台へ招待してくれました。その時に掲げた「ONE TEAM」をモットーに頑張ってきました。震災から一緒に頑張ってきた飯田高校と初戦で対戦するのは複雑な気持ちでした。野球というスポーツの大会はトーナメントで負けたら終わりです。だから、お互いにスポーツマンとして最後まで全力で闘い、招待してくださった仙台育成高校さんや輪島市民のみなさん、珠洲市民のみなさんのひとりでも多くの人が笑顔になるように感謝の気持ちをとどけることができたらなと思いました。
この大会は春の選抜に繋がる大事な試合でした。この大会でベスト8に入って21世紀枠を狙っていましたがベスト16で終わってしまいました。今度の夏は必ず甲子園の切符を掴み取ります。《匿名希望》
馳浩知事の決断に思う
地震から 414 日目
豪雨から 150 日目
教室の掲示物を見ると
担任の教育方針や取り組む姿勢がわかります
曲がって張られた掲示物に違和感を持たないようでは
ちょっとした生徒の変化に気づかないでしょうし
期限の過ぎた奨学金の案内などを
いつまでも貼っているようでは
大事なことが先延ばしになってしまいます
心理テストです
コタツを片付けるときあなたはどんなパターンですか?
スパッと片付けますか?
それともズルズルといつまでも出しておきますか?
あるいは一度片付けたものを後からもう一度出すタイプ?
これって恋人と別れた時のパターンと一緒なんだそうです
こたつや恋人はどうあれ
不要な掲示物はスパッとはずす
「掲示物を風景にしない」
このことが大事です
誰も見向きもしないようになった掲示物は
情報ではなく風景です
そこにはもはや意味などありません
さて馳浩石川県知事が
防災服着用をやめると宣言されました
新聞によると
金沢以南の県民からは
「いつまで着てるんだ?気が滅入る」
などの声があるそうです
何事もなく平穏な暮らしをされている方にしてみたら
そう感じるのは仕方ないのか
という気持ちになります
一方で能登の県民にしてみたら
「忘れ去られてしまうのか」
との懸念があるようです
しかし私は逆に
いつまでも防災服を着ていたら
やがてそれが風景となってしまうことに
心配を抱きます
単に
「能登のことを忘れてはいませんよ」
というポーズのためだけに着るのをやめ
スーツを着ていても
「心は常に能登にありますよ」
という知事の強い決意の現れであろうと
私は思っています
先日も馳知事は
タウンミーティングのために輪島までお越しくださり
被災者約20人からの質問に
一つひとつ回答してくださいました
「能登は日本の未来そのもの
本当に困っている人を軸にして
物事を積み上げていく必要がある」
と語ってくださったそうです
また別の報道では
発災時の初期対応について
「フルパワーではなかった」
との見解を明らかにしたとありました
石川県の県職員規定には
「震度〇以上の地震が発生した場合
〇〇職以上の職員は〇時間以内に〇〇へ参集」
などが定められています
にもかかわらず県職員の出勤率が低い
という指摘でしたが
被災した現場から言わせてもらうと
そもそも出勤したくてもできない状況なので
正直やむを得ないと思います
私も発災後まっさきにやった仕事は
「学校に参集するな
自分と家族の命を守れ!」
と規定とは真逆のことを
職員に一斉メールすることでした
当時の道路状況等を今思い出しても
その決断は間違いではなかったと
確信しています
参集したくても参集できない
参集によって命を落とす危険もあった
これが被災地の現実でした
対応の遅れをしばしば指摘されてもいますが
県庁でずっと取材をしている新聞記者によると
知事は被災地のために
いろんなアイデアを出してくださっている
だけど実務レベルにおいて潰されている
のだそうです
学校で必要なものを要望しても
「なぜ必要なのか?」
「どうしても必要なのか?」
をいちいち事細かに説明しなければならない
というのが現実です
「ボランティアが能登に入るのを控えるように」
と知事が発言したことが復興を遅らせた
という指摘もありますが
現場の者に言わせると
これも的外れな指摘です
あの日あの現場に
民間ボランティアが殺到すると
助からない命が
間違いなく増えていました
輪島高校の避難所には
食料の炊きだし支援がなかなか来ず
お風呂の支援もありませんでした
そんな中
このブログを見た多くの方が
「支援に行きたくても行政に止められて行けない」
と直接学校へ電話してきてくださいました
これまた私は即座に
「検問など突破して来てくれ!」
と行政とは真逆のことを言いました
おかげで民間のボランティアの方に
大きく助けられてきました
ですので
今回のように
行政は大きな視点で「被災地に入るな」と
そして実際には
現場の人間が個々に判断して最善の動きをする
というのが被災地での最適な動きであると思います
カタリバさんによる未来トークが行われました
詳しくはこちら
【今週のありがとう】
動物と共生するまちづくりの会 石津 佐智子さま
ますますご活躍のことと思います
藤本育英財団 藤本 由紀子さま
受験生への多大なるご支援本当にありがとうございます
群馬県立沼田高校JRC部のみなさん
温かいご支援忘れないよ もう進路決まった人もいるかな?
国際文化フォーラムの長江春子さま
楽しい本送ってくださりありがとうございました
中村 哲夫様はじめ石川コミュニティーセンターのみなさま
被災地訪問どうもありがとうございました
※このコーナーではこれまで
ご支援いただいた方々を
紹介させていただいています
自然は不思議の宝箱
地震から 413 日目
豪雨から 149 日目
豪雪からほっと一息
「氷が溶けると水になります
では雪が解けると何になるでしょう?」
「答えは春です」
こんなお侠(おきゃん)ななぞなぞがありますが
今日は雪解けお散歩ワークショップです
雪解けをいろいろ科学の目で見てみましょう
まずはこんな不思議
雪は植物の周りから溶けていきます
植物は水を吸うから?
根の周りの水分がなくなると
その上の雪が溶けて吸い込まれていくから?
では植物以外ではどうでしょう?
仮説は否定されました
無生物の電柱の周りから溶けています
日差しを浴びた電柱がその熱を伝えるから?
植物にも体温があるということでしょうか?
ここで昔「美味しんぼ」で読んだ知識を思い出します
トマトに関する話
トマトの原産地はアンデスです
アンデスの気候に近づけてやると
本来持っていた生きる力を取り戻して
美味しいトマトができるのだそう
夏が旬のような気がしますが
日本で育てるには
冷涼なアンデスの気候に近い冬の方がよくて
乾燥した環境に近づけるため
水は極限まで与えない
そうすると茎や葉に細かい産毛が生えてきて
空気中の水分を吸うようになる
産毛には体温調節の機能もあって
健康なトマトの幹の周りは
ひんやりと空気が冷えているのだとか
雪国の植物は
自分の周りを温めて雪を溶かす力を
持っているのかもしれません
次はこんな不思議
凍ったままの雪は真っ白なのに
溶けかかった雪はグレーです
ということは?
空に浮かぶ雲の
真っ白い部分はしっかり凍っていて
グレーの部分は溶けかかっている
溶けたグレーの部分が
雨粒になって落ちてくると考えると
雨雲がグレーであることにも
納得がいきます
無駄な役職廃止!
地震から 412 日目
豪雨から 148 日目
神戸市私立保育園連盟(谷村 誠 会長)様から
生徒一人ひとりにお米が送られました
当連盟のみなさまは
豪雨の際に浸水家屋の復旧作業に参加してくださり
今回は
市内の小中高と幼稚園と保育園に通う子ら全員に
お米を贈ってくださりました
本当にありがとうございます
先日PTA役員会が行われました
みなさんご自分の生活すらままならない中
それでも役員を引き受けてくださり
本当にありがとうございました
特に会長さんには
金沢に生活拠点があるのに
無理にお名前だけでもとお願いし
引き受けていただきました
昨年一年間は
「楽しいことだけやりましょう」
をモットーに
炊き出しなどの活動に力をお借りしました
子供たちのために集まっていただきました
本来のPTA活動ってこうなんだろうなと
子供たちとお母さん方の笑顔を目にして
そう思いました
来年度もこの活動を継続します
一部の役員の方だけが
無理にお仕事をやりくりして
朝早く挨拶運動などに立たなければならないなどの
形骸化した活動は一切やりません
全員が役員で
子どものためにやりたい!
とみなさんの中から湧き上がった活動だけを
無理せずその都度できる方だけで
やっていきます
そのため会則も改めます
書記 会計 理事 評議員 母親代表 監事 顧問など
無駄に多い役職を一掃しシンプルにまとめます
正式には来年度の総会で決定します
北陸地域最大級の
公安系公務員の合同説明会へ行ってきました
自衛隊 警察官 刑務官 海上保安庁 消防
我々の安全な生活を守ってくださっている
尊い職業
その担い手となる高校生に
正しく理解をしてもらいたいと思います
金沢刑務所では受刑者の
所内での号令をかけながらの行進式移動を廃止
また呼び捨てからさん付けへと変わっています
運動会や球技大会などもあるそうです
震災の際にお世話になった方々ばかりです
お礼とご挨拶を兼ねて行ってまいりました
3月11日(消防・自衛隊・刑務)
12日(海上保安庁・自衛隊・警察)には
石川県では初開催となる
職場見学ツアーも企画されています
鳥羽に研修旅行に行っていた生徒たち
無事金沢駅に到着しました
お伊勢参りの旅
地震から 411 日目
豪雨から 147 日目
今日から何人かの生徒が
伊勢へ研修旅行に出かけます
朝の4時半出発
大雪のため道路状況が心配なので
念のため前もって下見をしてきました
朝の3時なのに災害復旧現場には
灯りが煌々とついていました
そのおかげかどうかわかりませんが
除雪車も早くに入ってくれていました
安心して出発できそうです
参加したのは
1年生
浦 勇誠 さん 小町 優真 さん
小住 優太 さん 森下 正幸 さん
3年生
出坂 舞 さん 森田 心優さん 福久 凪 さん
の7名です
大成建設さんのお力添えで
三重県にある(株)REMAREさんを訪れます
廃棄する漁網を甦正させて
さまざまなものを造る会社です
参加する3年生の中には
大学に進学して
建築や街づくりについて学ぶ予定の生徒もいます
1年生の中には
被災地を巡るツアーを企画運営する会社を立ち上げたい
という夢を持つ生徒も
ぜひ実現させてほしいと思います
卒業してからと言わず
在学中にぜひ
おとなりの飯田高校に
在学中に起業した女子高生2人組がいます
彼女らの目のつけどころがすばらしかったです
日焼けして売り物にならないカボチャが
畑にゴロゴロしているのを目にして
何とかならないかと考えました
おばあちゃんに聞いてみると
金沢の業者に卸すとき
売り物にならないのは買ってもらえないとのこと
ホテルやレストランに掛け合ってみると
下ごしらえ済みの野菜を
金沢の業者から購入しているとのこと
彼女らは気づきます
せっかく作ったかぼちゃのうち
きれいなものだけを安く買い叩かれて
切って洗っただけのものを
高く売りつけられていることに
課題は
珠洲に一次調理施設がないことだ
じゃあ私たちでそれをやろう!
これが起業へのきっかけでした
やがて彼女らは大学へ進学し
平日は大学で学び
休日は珠洲に戻って会社経営
そんな道を歩むのでした
震災後どうなっているのでしょう?
現役女子大生による
地元の限界地域を救う挑戦的企業
株式会社ABOBORA(アボボラ)です
カボチャエキスを使った
身体と環境にやさしいネイルオイルなども
開発しています
ぜひ応援してください
輪島高校の1年生たちにも
ぜひがんばってほしいです
研修旅行のほうは
今日の午後会社を視察して
明日は伊勢神宮を訪れ
夜の8時頃に帰ってきます
石川県商業生徒発表会に
ビジネスコースの3年生が出場しました
浦野奏太さん 北濱一斗さん
木村麗人さん 林 祐樹さんが
自分たちが考えた修学旅行誘致プランを
発表しました
能登を元気にするオリジナル弁当!
地震から 410 日目
豪雨から 146 日目
家庭科の山上先生からの報告です
今日は山梨県より「目指せ!!日本まるごとゴミ拾い 特定非営利活動法人 まるごみ」DJ KOUSAKUさんをお招きして特別授業を行っていただきました
生徒は事前に考案したお弁当のおかずを今日の授業のなかでグループ内共有しグループ内でNO.1を選出しました
”小学生に大人気!生姜くせぇ生姜焼き弁当”
”濃厚クリームとろ~り!能登産カニクリームコロッケ”
”能登地鶏の辛みチキン”
どれも美味しそうなだけでなくネーミングセンスも抜群でこのほかにも多くのアイディアが出ました
DJ KOUSAKUさんは生徒たちが上手にchromebookを活用して授業をしている様子に驚かれていました
今後生徒たちが考案したオリジナル弁当が商品化されるのが楽しみです
見てください この表情
きっとお互いに忘れられない学びになったのではないでしょうか
パリで行われた
OECD教師生徒サミットに参加した生徒たちが
門前中学校さんで
その様子を発表してきました
全校生徒42名が聞いてくださいました
参加したのは
長井彩綺さん 三中そらさん
上野緋子さん 谷内友優さん
辻 姫花さん 山下明日凪さん
前名拓実さん 宮腰大地さん
世界各国のお友達ができたこと
お互いの文化を理解できたこと
震災を経験したからこその出逢い
そして未来への希望
世界って意外と近いんだなってこと
半島の先っちょに住んでたって
いくらでも世界と繋がることができること
たくさんのことを学んできました
そのことを
自分たちの言葉で伝えてきました
OECDの「おさんぽめがねワークショップ」の
こともお話ししてきました
夏休みに輪島高校でもやったアクティビティ
お散歩しながら
街の景色を教科のめがねで観ます
たとえば今日のこの会場
教科のめがねで見るとどう見えるかな?
図書館って英語でどういうのかな?
Library
じゃあ本棚は?
Shelf
引き出しは?
Drawer
英語のめがねで見てみました
本棚があるよ
どんな木でできているのかな?
ナラとかオークが多いよ
日本やロシアで採れるものをナラ
北米で採れるものをオークと呼ぶんだって
耐久性に優れ硬くて重く家具作りに向いているよ
乾燥に弱いから
エアコンの風が常に当たるような場所に
置いたらダメらしいよ
生物のめがねで見てみました
「オークの原産ってどこかな?」
「カナダ南部からアメリカらしいよ
南北に広く分布しているから
産地によって木材の特徴が違うみたい」
「温暖な南部で育ったオークは成長スピードが早くて
木目が大きいんだって」
「うちのお父さん大工してるけど
地元の木材使うとその地方に合った家ができるって
「そうか南国の柔らかい木で雪国に家建てても
重さに耐えれないんだね」
「地産地消ってそういうことか」
地理のめがねで見てみました
「このホール丸いね」
「体積計算できるね」
「半径どれくらいかな?」
野球部の生徒が口をはさみます
「20mくらいじゃないかな?」
「どうして?」
「塁間の27mよりちょっと短い気がするから」
体育のめがねが加わり
「じゃあ底面積は半径×半径×円周率だから
20×20×3.14=1,256㎡
高さが10m ほどだから体積は
1,256 ✕ 10 = 12,560㎥」
「リットルに直すと 12,560,000Lか」
数学のめがねで見てみました
「この中の空気ってどのくらいの重さかな?」
「1mol は22.4Lだからモルに直すと
12,560,000 ÷ 22.4 ≓ 560,000 mol」
「空気1mol は22.8gだから
560,000 ✕ 22.8 ≓ 12,800,000 g
つまり約13t!」
化学のめがねで見てみました
ふたたび生物のめがねで
「象1頭の体重は約6tだから
ほぼ象2頭分か!」
「そんなに重いの?」
「もし今この瞬間全員が
ここに生き埋めになったら
どれだけの時間
酸素がもつんだろう?」・・・
こうして
自分で新たな問いを見つける力
そしてさまざまな教科で身につけた知識
それを総動員して考える力
そんな力を身につけた人が
災害が起こったときに
中心となってみんなを救うことのできる人です
そして未来を創造できる人です
そんな人を育てることが
教科横断型教育やSTEAM教育の狙いです
【今日の生徒の叫び】
校長ブログを読んだ生徒が書いてくれた
コメントを紹介するコーナー
今日は昨年2月27日「卒業おめでとう」
のコラムを読んでくれた生徒からです
去年1月1日に地震があり、今まであたりまえに通っていた学校に通えなくなってしまい、皆が落ち込んでいるときに、輪島高校に勤めている先生方はすぐに行動に移し、私たちの学習できるスペースを確保してくださいました。そのおかげで去年の3年生たちは十分に学習ができたと聞いています。私も羽咋工業高校さんの練習に参加させていただき、新しい出会いもありました。
3年生はとっても大変な時期が多かった年代ですが、それを感じさせないほどの元気よさが、今の私達を元気でいさせてくれました。そんな3年生の卒業式に出れてとてもうれしかったです。校長先生がおっしゃっていた「輪島に残るみんな一緒に新しい街創ろう。一旦輪島を離れるみんな、きっといつか帰っておいで。みんなが驚くような街創ってまっとるし。」の言葉で会場にいた皆が一致団結したと感じました。これからもこの輪島をよりよいものにしていきたいと思います。《池壱心》
フラットアースの根拠
地震から 409 日目
豪雨から 145 日目
輪島と金沢の二拠点生活が続いています
休日は金沢で過ごし
今朝4時に起きて学校へと向かいますと
いろいろ幻想的な風景に出逢います
こちらは雪原にひろがる朝もや
見渡す限り白の世界です
そしてこれは七尾湾からの日の出
水平線上に見えるのは
左側が能登半島
右側が能登島
そして能登島の向こうに
うっすらと見えるのが
なんと立山連峰です
年に数回
条件があったときにだけ見える
奇跡の瞬間です
よく見ると
能登半島と能登島の間の水道
その先にも山並みが見えます
地図で確認すると
長岡から会津の山々
距離にして200km 以上離れたところを見ています
200km 離れた場所の山が果たして見えるのか
気になったので
数学の宮下琢磨先生に計算してもらいました
その結果がこちら
地球を半径6400kmの球と考えると
200km 離れた地点のものは
3126.2mの高さがないと見えない
という結論が導かれました
となると3000m 級の山々の頂上だけが
かろうじて見えるはずで
写真のように堂々とは見えないと思うのですが
どうなんでしょう?
一部でささやかれている
「フラットアース説」
(地球は球でなく平面とする説)
を裏付けるものでしょうか?
それともでっかい蜃気楼でしょうか?
蜃気楼は高低による空気の温度差によって
遠くの景色が曲がって目に届く現象です
七尾湾は和倉温泉が湧いている
比較的温かな海で
上空に冷えた空気が入り込むと
よく蜃気楼の見える場所です
富山湾越しに魚津から見る蜃気楼が有名ですが
実は反対側の能登半島からも
規模は小さいですが割と頻繁に見られます
今回の写真でも
左右の半島と島の先っぽが
浮かび上がって写っているのですが
確認できますか?
それにしても
謎はまずます深まるばかりです
ビジネスコースの2年生が
このブログを読んでコメントを書くという課題に
「国語表現」の授業で取り組んでくれました
毎日少しずつ紹介していきます
題して【今日の生徒の叫び】
地震が起こった1日後の1月2日の学校の状況を今写真で初めて見ました。先生たちの部屋の様子を見て改めて残酷なことだなと思いました。今こうして学校に友達と来れている。そして、みんなで昼休みに友達と弁当を食べているなんてそのときは想像もできなかったことが、今楽しく生活できていることに本当に感謝しかないし、幸せなことだと思いました。
今でもグラウンドはなく体育館での練習をしていますが、こうして練習ができているということだけでも、とても幸せです。これからシーズンインしていく中で、グラウンドがないということを言い訳にせず、自分たち野球部の目標である春大「北信越出場」夏大「甲子園出場」を達成して、どんな状況や環境でもできるということを全国の人たち、そして家族、今まで支援をしてくださった方々に見せて恩返しします。
今、野球ができているのは、親、先生、支援してくれた人たち、応援してくれている人たちのおかげという感謝の気持ちを忘れず、あと1年を切った高校野球を、全力で愉しんでやりたいと思います。《濱田勢生》
「全力で愉しむ」いい言葉ですね!
いろいろの沈黙
地震から 408 日目
豪雨から 144 日目
サッカー部がフットサルの交流戦をしています
飯田高校
七尾高校
羽咋工業
が志賀高校に集まりました
冷凍庫の中みたいな体育館の中で
熱い闘いです
主体的・対話的で深い学び
このことを意識して
教育活動を行ってください
と先生方には日頃お伝えしてはいますが
なにせ
一を聞いて十を誤解する私にとって
対話は何よりも苦手とするところであり
もし今の授業に生徒として参加しろと言われたら
間違いなく保健室登校になっているか
主体的で対話的に振る舞う術だけを身に付けた
ずる賢い生徒に成長していると思います
ですので、対話を重視したグループ活動に
うまく加わることができずにいる生徒を見ると
痛いほどその気持ちがわかるのであります
そこで対話の中の沈黙について考察してみます
沈黙には理由があります
どのように対話の輪から外れていくか
順を追って振り返ってみます
(1)熟考のための沈黙
対話の中に何か引っかかるものがあって
頭の中で整理をしている段階です
この沈黙はむしろ歓迎すべき沈黙で
逆に無理に口を開かせようとしないことが大切です
この辺のさじ加減は
髙橋教頭先生がまことに上手です
校長に判断を求めるため説明する時
私が考え出すと
何も言わなくても即座に話を止め
考えがまとまるのを待ってくださるのです
何か後ろめたいことがある先生だと
(例えば自分が楽をしたいためだけの行事削減の提案)
ここで畳み掛けるように説明してきます
教頭先生はきっと熟考を重ね
ご自分なりの根拠と自信を持って
ご提案をしてくださっている証拠です
(2)置き去りになった沈黙
本当は言いたいことがあったのに
他の人がどんどん話してしまって
話題が違う方向に行ってしまい
話すタイミングを失ってしまった状態です
ファシリテーターを務める先生は
生徒をよく観察し
話を元に戻すとか
その生徒に話を振るなどの
フォローが大切になってきます
(3)対話迷子による沈黙
置き去りの生徒をそのままにしておくと
迷子になってしまいます
何の話をしているかわからず
どう発言して良いか分からず
とりあえず黙っています
この生徒は
ニコニコと笑っているのが特徴です
グループ自体の対話が盛り上がっていても
こんな生徒が増えてくると
やがて収束に向かいます
一旦振り返りをさせるなどの
ファシリテートが必要です
(4)しゃべってはいけない空気が支配する
「これを言うとバカにされるんじゃ?」
「そんなことも知らないの?
とマウント取られそう」
こうならないために
ここは何を行っても安全な場所だということを
ファシリテーターは徹底する必要があります
今共創しているOECDのミーティングでは
このことが徹底されていて
参加する生徒が
思うことを全て話すことができています
教師は対話の時間に沈黙があると
ついつい間を埋めるために
話をしがちです
その沈黙が何のための沈黙なのか見極め
適切な介入をする必要があります
来年はひのえうま
地震から 407 日目
豪雨から 143 日目
連日の大雪で
学校の駐車場も大わらわです
例年ですと
地元の土建会社にお願いして
除雪車に入ってもらっているのですが
被災地復興で出払っているので
お願いするわけにもいきません
そこで朝早くから先生方が総出で除雪作業です
誰もお願いしたわけでもないのに
自然にみなさんで助け合います
今から5年前の教頭時代
朝早くから除雪作業をしているのを横目に
「ごくろうさまでーす!」
と知らん顔で校舎に入っていく若手教員に
「手伝おうという気はないのか!」
と説教していたのにくらべると
これも震災のおかげでしょうか
自然と共助の気持ちが生まれてきている気がします
戸田 尊文 様はじめ
東大阪東ロータリークラブのみなさんが
学校に見えられました
発災当初からずっと寄り添ってくださり
大型スクリーンなど
多くの備品をご支援くださっています
このスクリーンは3月7日の
「街プロ」発表会でも使わせて頂く予定です
どうもありがとうございました
被災地への寄り添いというと
稲垣吾郎さん 草彅剛さん 香取慎吾さんらと
日本財団が共同で運営する基金
「LOVE POCKET FUND」さんが
輪島市に交流施設を建設する費用として
約1億3千万円を支援してくださるとの
新聞発表がありました
ありがとうございます
大阪大学の吉川徹教授より
書籍の寄贈がありました
吉川教授は
地方から都会への学生の流出
に関する研究をなさっています
半島の先端の過疎地にありながら
例年国公立大学へ一定数の合格者を輩出する
飯田高校と輪島高校に関心を持たれ
数年前に両校の卒業生を対象に
調査研究をなさったという経緯もあります
その際に
5年後の自分に宛てた手紙プロジェクトを
企画してくださいました
うちの末娘がちょうどその学年で
つい先日その手紙が5年の時を経て配達され
「こんなことを考えていたんだ」
と感慨深げでした
今回吉川教授にいただいた著作は
「ひのえうま」
2026年は「ひのえうま」にあたります
暦の十干十二支
十二支はご存じ
ね・うし・とら・う・たつ・・・
子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥
しちゅういんぼうしんしごびしんゆうじゅつがい
とも読みます
十二支は日本のほか
中国や韓国などアジアを中心に
15ケ国で使われており
ベトナムなどでは
ウサギの代わりに猫が入っていたりします
一方十干は
甲乙丙丁戊己庚辛壬癸
(こうおつへいていぼきこうしんじんき)
日を10日のまとまりで数えるための呼び名で
10日ごとに「一旬(いちじゅん)」と呼びます
上旬・中旬・下旬と呼ぶのは
このことに由来しています
それぞれ
甲(きのえ・木の兄)
乙(きのと・木の弟)
丙(ひのえ・火の兄)
丁(ひのと・火の弟)
戊己(土の・・・)庚辛(金の・・・)壬癸(水の・・・)
とも読みます
十干と十二支を組み合わせて
甲子(きのえね)
乙丑(きのとうし)・・・
といった具合に
それぞれの年に呼び名がつきます
甲子園球場は
大正13年 甲子(きのえね)の年にできたので
その名がついています
今年は乙巳(きのとみ)の年です
ということは来年は丙午(ひのえうま)
前回の「ひのえうま」は昭和41年
この年に生まれた赤ちゃんの数は
その前後の年に比べると
4分の3しかいないそうです
その理由は
ひのえうま生まれの女は
気性が激しく男を不幸にするだの
現代ならば即アウトの差別思考で
子どもをつくるのを控えたことによるものです
著書はこの歴史について深く考察しています
この迷信のルーツは
1666年(寛文のひのえうま)にあるそうです
この年に生まれた八百屋お七は
江戸の町を火事で焼け出され
避難所でいっしょになった男に恋心を抱きます
再び火事になれば男と再開できると目論んだお七は
江戸の町に火をつけ
その罪で火あぶりの刑に処せられます
紅白歌合戦で本校に来てくださった
坂本冬美さんが歌われた
「夜桜お七」
で有名な話です
しかもなんと
冬美さんは昭和41年生まれ
まさに「ひのえうまの女」なのだそうです
実際にお逢いした冬美さんは
気性が荒いどころか
避難民一人ひとりに寄り添ってくださり
そして一緒になって涙を流してくださるなど
本当に心やさしい方でしたので
「ひのえうま」は怒りを禁じ得ない
人権問題レベルの迷信といえます
本書には
このような「ひのえうま」にまつわる
興味深い話題が満載ですので
ぜひご覧ください
【今週のありがとう】
埼玉県の書家 光田 紀美代 さま
私の言葉を素敵な書にしたためていただきありがとうございます
山梨県立都留興譲館高校のみなさま
支援ありがとう!いっしょにがんばろうね!
まるごみJAPAN代表 DJ KOUSAKU 様
能登応援弁当楽しみにしています!!
わじまミラクルずの ガッキーさま
「こども縁日」開催ありがとうございました』
ブルックリン日本語学園 ガルシア奈津子先生
遠くニューヨークでの募金活動ありがとうございました
※このコーナーではこれまで
ご支援いただいた方々を
ご紹介させていただいています
ゆでたまごを科学する
地震から 406 日目
豪雨から 142 日目
ゆでたまごの最適なつくりかたが
科学的に解明されたとの
画期的な発表が
イタリアの研究チームからなされました
これにつきましては
わたしもかねてより研究を進めていたところであり
先を越されてしまったことに
口惜しい思いを禁じえないとともに
同じ研究者として
心から敬意を表します
これまでの研究の歴史を振り返ってみますと
時間を計測している最中に
電話がかかってきたり
待ちきれず途中で食べてしまったり
一所懸命計測して作ったものよりも
晴れ女が何も考えず作ったもののほうが
はるかに美味しかったり
厳しい研究の繰り返しでした
卵は白身と黄身で固まる温度が違います
白身は60℃で固まり始め
65℃くらいで流動性がなくなり
80℃ほどで完全に固まります
一方黄身はおよそ65℃で固まりだし
70℃で完全に固まります
70℃のお湯で30分間加熱すると
白身は完全には固まらず黄身だけ固まった
「温泉たまご」ができあがります
100℃近いお湯で加熱すると
白身は完全に固まります
このとき5分ほどで取り出すと
黄身まで熱が伝わらず固まっていない
「半熟たまご」になります
今回のイタリアチームのつくりかたは
100℃の熱湯と30度のぬるま湯に
交互に2分ずつ16回浸すというものです
実験する前に
温度の伝わりかたを
コンピュータでシミュレーションするなど
かなり本気で研究していて
人類の発展に大きく寄与した研究といえます
しかもこの研究リーダーは
「私は卵料理は嫌いだ」と
おっしゃっています
だから途中で食べたくなる
衝動に駆られることがなかったんですね
なるほど
好きなことを研究するのではなく
好きでもないことを
無理やりやらされる中で
真実に辿り着く研究もあるのですね
モコモコ自販機
地震から 405 日目
豪雨から 141 日目
一面雪と氷の世界です
ところでヘブライ語で
氷(コーリ)のことを(ケーラ)といいます
ヘブライ語はユダヤ人が話す言語です
ユダヤ人はヘブライ人とも呼ばれていました
ヘブライ語が最も活発に使われていたのは
紀元前13世紀から紀元前2世紀頃
旧約聖書が編纂(へんさん)された時代のことです
それまでは日常生活で使われていました
ところが紀元前2世紀の始め以降
ユダヤ人は徐々に激しい迫害を受けるようになり
ヨーロッパ各地への移住を余儀なくされ
ヘブライ語は歴史から姿を消すことになります
それでも「聖書の民」と呼ばれるユダヤ人は
聖書を読むためにヘブライ語を学び続け
宗教的慣習を通して書き言葉として残ってはいました
そこで19世紀
世界に散らばっていたユダヤ人たちは
自らの祖先の輝かしい過去を通して
希望を見出す手段として
ヘブライ語に注目しようという
新たな運動が起こりました
ヘブライ語が歴史の舞台に復活しておよそ150年
現在ではイスラエルを中心に
話者が世界中で約900万人いるとされ
この言葉を通じて
希望や望みを伝え合っています
おもしろいことに
日本語とヘブライ語で
意味が共通している単語が3000語以上あり
日本人とユダヤ人の祖先が
同じではないかという説があります
日ユ同祖論といいます
例えば
ニクム カバウ ユルス コマル スム
ツモル コオル スワル アルク ハカル
などの動詞はそのまんま同じ意味ですし
ヤケド ニオイ ワラベ ヤマト サムライ
など名詞にも見られます
アリ・ガドが「私にとって幸福です」という意味だったり
ヤッホーは「神様」
ヨイショは「神のご加護を」
など意味不明の言葉をヘブライ語で発音すると
意味のある言葉だったりします
ハッケ「撃て」ヨイ「倒せ」ノコッタ「打ち破れ」
ジャン「隠して」ケン「用意」ポン「ドン」
ワッショイ!「神が来た」
このワッショイ!
お神輿を担ぐときの掛け声ですが
昔は「ワッ」のときに神輿を威勢よく
天に向かって放り上げ
「ショイ」で降ろす
「ワッ」↑「ショイ」↓「ワッ」↑「ショイ」↓
とゆっくり大きく上下しながら練り歩いていたのが
電線が張り巡らされて
それができなくなると上下運動がなくなり
ワッ→ ショイ→ ワッ→ ショイ→ ワッ→ ショイ→
テンポが速くなり
ワッショイワッショイワッショイ
言い回しも変わって
ヤッソイヤッソイヤッソイ
下町のお祭りの掛け声
「ソイヤ」「ソイヤ」になったんだそうです
もうすぐ卒業式
そのときに歌われる「君が代」
これもヘブライ語として聞くと
興味深い意味が浮かび上がるそうです
クム・ガ・ヨワ 「立ち上がり神を讃えよ」
チヨニ 「選ばれし民」
ヤ・チヨニ「神に選ばれし民」
ササレー・イシィノ 「喜べ残された民よ 救われん」
イワオト・ナリタ 「神の印は成就した」
コカノ・ムーシュマッテ 「全地に語れ」
ナニャードヤレー 「聖前に主を讃えよ」
ナニャドナサレデア 「聖前に主は逆賊を掃討したまえり」
これは青森県新郷村に伝わる盆踊り歌を
ヘブライ語に訳したものです
新郷村の旧名は戸来(へらい)村
「ヘブライ」という言葉から来ているとされています
この村には日本人とユダヤ人の関係を裏付ける風習が
◯赤ちゃんが初めて外へ出るとき
額に墨で十字架を書いて魔除けをする
◯足がしびれた時につばをつけて
額に十字を3回書くと治るという習慣がある
◯この地方の方言のアダ(父親)アバ(母親)
これらはアダムとエバが訛ったものと考えられる
現在輪島高校が国際交流を進めている
トルコのすぐ近くにイスラエルはあり
今なおガザ地区の紛争に苦しんでいます
災害支援や人災支援のために
何ができるのか
しっかり考えていきたいと思います
能登の我慢を日本の前提にするな!
地震から 404 日目
豪雨から 140 日目
輪島朝市感謝祭のお知らせです
2月9日(日)
ワイプラザの入口前で
鍋が振る舞われます
輪島市朝市組合さんの主催です
時間は11時~13時
限定500食
無くなり次第終了です
日頃応援してくださっている市民の皆様
復興にご支援くださっている皆様に
感謝を込めてふぐ鍋の振る舞いです
温かい服装でおこしください
本校からも
JRC(ボランティア)部と
吹奏楽部の生徒がお手伝いします
ぜひお越しください
お待ちしています
昨日
仮設校舎建設に向けての
打ち合わせが行われました
今後詳細について
調整しながら進めてまいりますが
現時点での予定をお知らせします
今春竣工予定で
早ければ秋より運用開始となります
場所は輪島高校グラウンド
校舎に近い方
現在の野球部の三塁線上です
グラウンドではなく
その上のアスファルト広場での建設を
要望したのですが
寸法が足りないことと
仮設校舎と旧校舎の間は
10mの距離を取らなくてはならない
法律上の問題があって
叶いませんでした
しかしながら
北野喜樹教育長が
できる限り運動できるスペースを残すようにと
お達しを出してくださっていたおかげで
少々狭くはなりますが
体育や部活道ができるスペースは
確保できそうです
工夫しながら頑張りましょう
昨年夏の甲子園で優勝した
京都国際高校は
左翼方向70メートル
右翼方向60メートルほどしかない
校庭のようなグラウンドで
練習試合はおろか
フリーバッティングもできません
そんな環境でも
工夫と努力で栄冠は勝ち取れるのです
できない言い訳考える暇があったら
どうしたらできるか考えろ!
仮設校舎には
旧校舎の1・2年生の教室があった棟と
生徒玄関があった棟
にあったほぼ全ての部屋が作られます
2階建てで
1階には職員室をはじめ
事務室・会議室・保健室・相談室のほか
調理室や売店などが置かれます
2階には1・2年生の教室を始め
物化実験室・生地実験室・音楽室のほか
講義室や生徒会室が置かれます
真ん中に廊下を配置し
その両側に教室を配置した
コンパクトながら
できるだけ多くの部屋を配置できるよう
工夫されたつくりになっています
階段は2ヶ所
トイレは1階と2階にそれぞれあります
職員来客トイレは別にあります
温水清浄機付きトイレにするよう
要望していますが
国の政策では現状復帰
つまり災害復旧の場合
もともとあったものよりも
少しでも贅沢なものにしてはいけない
という決まりがあるそうで
なかなか難しいです
とはいえ
「金のことは考えるな!
できることは全てやれ!」
と岸田元総理が馳浩石川県知事に
電話で要請されているはずですので
柔軟な対応を求めていきたいと考えています
島根県の丸山達也知事が
今後他の地域で災害が起こったときに
「能登の時はこうだった」という
前提になることに懸念をされています
朝日新聞にはこう書かれています
「今の能登の対応が正しいという前提に立たれると
他の地域だって同じような扱いを受けるものだと
宣言されているようなもの
よその地域のことだからって黙っていられない」
このブログには暗い話題は書くまい
そう決めてきたから
呑気にアホ話も書いていますが
本当はやり場のない怒りでいっぱいです
はらわたの煮えくり返るような思いを
たくさんしています
被災民が黙って我慢することが
日本の前提とならないよう
言うべきことは言わないといけない
そう思いました
立ち退きを余儀なくされた
野球部の練習場所については
テニスコート脇に黒土のダイヤモンド
バックネットと防球用の電柱とネット
ブルペンの設置を要望しています
3年生と定時制の教室はじめ
進路指導室と定時制職員室
及び図書室やPC室・美術室については
従来のものをそのまま使用します
ただしビジネスコースが
PC室に近い方が都合がよいようなら
教室の変更もありえます
時間割と相談して決めます
自分が何も努力しないで
支援がないと文句言うのは大嫌いだけど
文句がないからと
他人事のようにないがしろにされるのを
黙っているほどお人好しでもありません
でもどうしても要望が通らなかったとしても
そこでなんとかしていこう!
生命の起源
地震から 403 日目
豪雨から 139 日目
積もりましたね
お車でお子様を送迎の方にお願いです
普段から学校正門前の道路での昇降は
交通の妨げになるので
ご遠慮いただいているところですが
豪雪により状況が悪化しています
ご面倒でも
ふらっとホームなど
学校から離れた場所への送迎に
ご協力ください
苦情の電話が学校にあります
改善されない場合は
「学校に火をつける」
とおっしゃってます
学校が燃えてしまいますと
たいへん困りますので
ぜひともご協力をお願いします
3年生の進路決定者の特別授業
ボランティアのため除雪作業に出ました
なぜか途中から雪だるまづくりや
かまくらづくりになってしまいました
私が子どもの頃は
冬の間ずっとこんな光景だったんですけどね
最近ではめったに見られなくなった雪に
みんな大はしゃぎです
本校和太鼓部でご指導してくださっている
今井昴さんが
「横浜太鼓祭」で優勝を果たすとともに
文部科学大臣賞を受賞しました
おめでとうございます
昴さんが活躍する
「輪島・和太鼓 虎之助」さんには
本校和太鼓部の生徒も所属し
小さいときから
ばちさばきのご指導をしていただいています
今後とも被災地の子どもたちに
夢を与え続けていただきたいと思います
さて先日
小惑星ベンヌに「アミノ酸」や「核酸塩基」が
含まれていることがわかったとの論文が
英科学誌に掲載されました
それがどうした?
という方のために
長くなりますがご説明します
我々生物のからだは
主に水とタンパク質からできています
タンパク質とはアミノ酸がつながったものです
タンパク質を構成するアミノ酸には20種類あります
アミノ酸の構造を考えるには
メタンからスタートするとわかりやすいです
メタンは炭素の周りに4つの水素が結合しています
4つの水素のうち
1個はそのまま
1個をアミノ基(アンモニアみたいなもの)
1個をカルボキシ機(二酸化炭素に水素がくっついたもの)
に変えたものが全てのアミノ酸の
基本構造です
4つの水素のうち最後の1個の代わりに
何がついているかによって
20種類の違いが生まれます
ところで
地球は空気に覆われています
現在の空気は
80%の窒素と
20%の酸素からできています
ところが生まれてまもない頃の地球の空気は
メタンとアンモニアと二酸化炭素と水素から
できていたようです
「なんでそんなことわかるん?
見たんかい!」
という君
いい質問です
見たんです
その答えは南極の氷にあります
南極の氷のずっとずっと下の方には
地球が氷河期になる前の空気が
閉じ込められているのです
さてそんなふうに突き止められた
氷河期直前の地球大気の組成は
メタン・アンモニア・二酸化炭素・水素
これら4つの気体を混合させて
電気をかける実験をします
つまり古代地球において
雷が鳴り響いた時の様子を再現します
するとなんと
最も簡単な構造のアミノ酸である
グリシンが合成されたのです
このようにして地球に誕生したグリシンは
その後さまざまなアミノ酸に形を変えます
アミノ酸のカルボキシ基は酸性
アミノ基はアルカリ性の性質を持つので
中和反応をおこしながら
アミノ酸同士が次々と繋がり
生命の源タンパク質が作られた
とするのがその説です
もう一つの説は
我々の祖先が
宇宙からやってきたとする説です
その説を裏付けるものとなり得るのが
今回の発見です
太古の地球には
小惑星や隕石が降り注ぎ
生命に不可欠な物質が運ばれてきた
という説です
つまり我々の祖先は
宇宙からやってきた
というわけです
今回アミノ酸の他に
「核酸塩基」も発見されています
アデニン・グアニン・チミン・シトシン・ウラシル
遺伝子を形作るDNAやRNAの成分です
生物の体はたくさんの細胞からできており
1個の細胞には通常1個の核が存在します
(赤血球や筋細胞など例外はあります)
その核の中にDNAが含まれていて
からだをつくる設計図の役割を果たしています
核酸塩基のうちアデニンとグアニンを
プリン体といいます
このプリン体が分解されると
尿酸ができ
それが血管内で結晶化すると痛風を起こします
痛風で悩む方は
プリン体の摂取を控えなければなりません
さて問題です
次のお寿司のうち痛風に最も悪いのはどれ?
①卵
②イクラ
③白身魚
プリン体が細胞の核内に含まれていることを考えると
核の数つまり細胞の数が多いものほど
プリン体が多いことになります
なんとなく白身魚は健康によさそうで
イクラなんかは悪そうな気がしますが
細胞数を比較してみましょう
①卵は白身も黄身も細胞ではなくて
単なる栄養分です
細胞は黄身の表面に小さく見える
白いまん丸い胚という部分だけなので
卵に含まれるプリン体は
せいぜい細胞1個分です
②イクラも一粒に1個の細胞しかないので
一貫食べたとしてもせいぜい
数えきれる程度の細胞しかありません
ところでイクラってロシア語って知ってましたか?
ロシア人に「イクラ!」っていうと通じます
もうひとつついでに
お笑い芸人「ですよ。」さんのネタで
こんなんありましたね
「ですよ。ですよ。そうなんですYo!
最近『はい』としか言えない日本人に
『No』と言うように教えてあげたんですYo!
そしたら・・・
そう・・・
イクラちゃんだったんですYo!
あーいとぅいまてーん」
③白身魚はなんか健康によさそうな気がしますが
細胞数は数え切れないので
含まれるプリン体も無限大です
したがって一番痛風に悪いのは
③白身魚です
これは昔定期テストに出題した問題です
単なる三択ではなくて
リード文を読めば解けるようになっています
現代社会において
莫大な情報を読み解いて
不要な情報を棄てて
必要な情報だけを選び出す力が求められます
そのことを意識しての出題でした
生徒からの授業評価
地震から 402 日目
豪雨から 138 日目
大学入試共通テストの結果を受けて
出願する大学も決まり
いよいよ目標に向けて
最後の追い込みにかかっています
被災地のしかも豪雪の中頑張る受験生を応援するため
一般財団法人 藤本育英財団(理事長 藤本 由紀子 さま)より
受験生一人ひとりにたくさんの支援金をいただきました
輪島高校だけでなく
奥能登全ての高校からの受験生を支援してくださっています
本当にありがとうございます
自分の目標とする学校に合格することが
一番の恩返しです
受験生頑張れ
みんなが応援してくれているぞ!
輪島高校では生徒による授業評価を
年2回実施しています
時間は経ってしまいましたが
2学期末に実施したものについて
自由記述の内容を
ご紹介します
〇国語表現の授業は満足度が高い(2年ビジネスコース)
〇簿記の授業で判断力が身についた(以下2ビ)
〇矢田先生のペアワークが最高!(2ビ)
〇山元先生に1質問すると10返してくれる(2ビ)
〇マーケティングのディベートがよかった(2ビ)
〇奥野先生は笑いをはさみつつよくまとまっている(2年普通コース)
〇坂下先生は説明と問題のバランスがよい(以下2普)
〇普段の悩みを聞いてくれる先生の授業はやる気が出る(2普)
〇千雅先生の授業は雰囲気がよくてとても楽しい(2普)
〇矢田先生の授業はおもしろくわかりやすい(2普)
〇高森先生の教え方や空気が好き(2普)
〇昭子先生の授業は難しいけど入試に役に立つ(2普)
〇宮下先生は納得いくまで説明してくれる(2普)
〇通先生の丁寧な授業のおかげで意欲が高まった(3年普通コース)
〇伊奈岡先生はいつも楽しそうに授業をしている(以下3普)
〇今田先生は可能な限り自分たちで解かせようとしてくれる(3普)
〇最近先生に言われる「がんばれ」が心に響く(3普)
〇化学はペア学習がいっぱいあって教え合えるのが楽しい(3普)
などなど
一方教員が改めるべきものも
〇課題が多すぎる先生がいる
→これについては「はいそうですか減らします」
という訳にはいきません
課題が足りないという生徒もいるのです
生徒が自分で選べる課題にすると
いいかもしれませんね
課題がなくても勉強できるようになるのが理想です
ただし教員側も中身の吟味が必要で
単なる作業で終わるような課題は論外です
〇わかりづらい先生がいる
→校長への報告や相談を聞いていると
本当に簡潔にわかりやすく
説明してくださる先生がいます
そんな先生は
生徒からの授業評価も高いです
〇声が大きすぎる先生がいる
→突然大きな声出されると
ビクッとしますよね
わかります
校長室前の廊下を通る時に
突然奇声を上げる生徒がいて
ビクってなります
お互い気をつけましょうね
〇授業の進度の遅い先生がいる
→シラバスに沿って授業をしているはずですが…
確認してもらいます
〇わかる人だけで進めようとする先生がいる
→わかる人の仲間入りする裏ワザを教えます
正確にいうと
わかる人でなくても
先生があなた中心に授業を進めてくれるようになる裏技です
先生の説明がわかった瞬間
大きく頷くのです
先生が「いいですか?」
と問いかけた瞬間大きく頷くのです
これを繰り返して
この子はわかった時に頷く子だと
刷り込むのです
そうすると先生はあなたを中心に
授業をするようになります
あなたがわからないときは
ちょっと首をかしげてみてください
先生は
今の説明はわかりにくかったかなと
もう一度説明してくれるようになります
〇ペアワークは楽しいけど定期的に席替えをして欲しい
→伝えておきますね
〇ひたすらノートに書くだけの授業がある
→これでは昭和の授業ですね
世界に先駆けて
教育のIT化を推し進めたフィンランドでは
書くことの教育効果を見直して
アナログ回帰しているようなので
場面に応じて
デジタルとアナログを使い分ける
バランスが大事なのかなと思います
〇ペア活動だけだと限界があるので先生の解説がほしい
→ペア活動の時は
教員は喋らないのが基本です
ヒントを出したくてウズウズしているのですが
あえて口をつぐんでいるのです
自分たちでたどり着けそうなペアもあるのに
それを邪魔してしまうからです
でも行き詰まるペアもありますよね
先生方
わからないペアだけ集めて
ヒントを与えるとか
わからないペアはわかるペアのところに
訊きに行かせるとか
何も授業中ずっと座っていなければいけないという
ルールなんてありません
あるいはヒントカードを準備しておいて
そのグループに与えるとか
さまざまな工夫をしてみてください
〇なんでこんなのわからないの?と言われるとやる気なくす
→そうですね
先生の一言の影響は大きいですね
このブログを読んでいる先生は
もう言わないはずです
愉快な仲間たち
地震から 401 日目
豪雨から 137 日目
久しぶりに
輪島高校の愉快な先生を紹介するコーナー
今日は春木先生の巻です
発災以来ずっと
避難所としての輪島高校の秩序を保つため
ご尽力してくださっていました
現在は退職なさって
別の場所で働いていらっしゃいます
発災以来
毎朝早く
ホウキを持って玄関に立ってくださり
綺麗に清めてくださっていました
あの劣悪な環境の中
伝染病など蔓延せずに
皆が健康に過ごせたのは
春木先生のおかげと言って
過言ではありません
その姿はレレレのおじさんのようでありました
あまり知られてはいませんが
レレレのおじさんのモデルは
お釈迦さまのお弟子です
「おでかけですかー?レレレのレー♪」
その名はチューダ
チューダはある時申し出ます
「お釈迦さま、私はあまりにも愚かです」と
するとお釈迦さまは
「自らを愚かだと知っている者のことを
どうして愚か者と言えるだろう
自分を賢いと思い上がっている者こそ
本当の愚か者ではないだろうか
これからは毎日掃除をするがよい」
と一本のほうきを渡します
チューダは毎日無心で掃除をする中で
お釈迦様の言葉の本当の意味に気付き
ついには悟りを得ることができるのでした
時折やってくる不審者を追い払う先生は
近衛兵のようでもありました
それゆえ
来校者には
怖い人という印象を与えていたようです
でも春木先生は
むしろ紳士的でユーモアあふれる方です
NHKのFさん
春木先生は怖くないですよ
その証拠に
春木先生に習ったうちの娘は
大ファンなんです
授業のノートを一度見せてもらいました
そこには教科の内容はほとんどなく
授業中に春木先生が放った
クオリティーの高いハイセンスな
ギャグのオンパレードでした
私が最も大好きなネタは
「さすが春木先生!すごいですね!」
と大絶賛すると必ず
「いえいえ
ほんの氷山の一角です」
と尊大に謙遜なさるところです
さて
そんな春木先生の専門は生物です
先日このブログで書いた
ヒトデのくだりについて
異議申し立てのお電話がありました
私はあいにく不在でしたが
輪島高校のさかなクンこと伊奈岡先生と
話題に花が咲いたようです
このブログに書かれている内容は
ほとんど曖昧な記憶によって書かれているので
出典が明らかではありませんレベルのものです
日によっては
10のうち12が嘘という日もあります
嘘かホントかギリギリのところを狙う
ということは
私が授業を組み立てる際に
意識していたところではあります
聞いている方にとっては
そのラインが最も面白く聞けるラインであって
100%真実だけという授業は
教科書に任せておけばいいのです
あ
そうでもないですね
教科書に平然と矛盾が書かれていることがあります
例えば私の専門
化学では
①一酸化炭素は極性分子である
②極性分子は水に溶ける
③一酸化炭素は水に溶けない
ということが平然と教科書に書かれています
明らかに矛盾しています
このことに疑問を持った生徒が
質問してきた時に
「例外もある 覚えておけ」
と言ってしまうと
たちまちその子は
化学が嫌いになってしまうでしょう
このことに徹底的に説明できる力と
深い教材理解が
教師には求められます
気になった化学の先生のために種明かしすると
一酸化炭素の電子式を描かせると理解できます
炭素と酸素の結合は三重結合
よく見ると2本の共有結合と
1本の配位結合からできています
つまり
電気陰性度の差により
電子を引き付けていた酸素原子が
配位結合によって電子をお返ししているのです
そのことにより無極性分子のような
ふるまいをしていると考えられます
本来であれば双極子モーメントを用いて
説明するべきところでしょうが
高校で習うことがらを用いて
いかにわかりやすく説明するか
そして既存の知識とどう結びつけるか
そうすることにより
生徒たちは学ぶことの楽しさを知っていくのです
さて春木先生の
ハイセンスギャグコーナーも
このブログに作りたいので
春木先生
よろしければ楽しいネタ教えてください
光陰矢の如し
地震から 400 日目
もう400日ですか
月日の経つのは疾いもので
今年も残すところ11ヶ月となりました
年越しの準備にはまだ早いですかね
今年の10大ニュースはもうお決まりですか?
私にとっての昨年は
一日目にしてトップニュースが決まるという
極めて特殊な一年でありました
今年は何事もなく
この何事もなくということに
幸せをかみしめています
このブログも398回目
途中嫌になってサボった2回を除いて
毎日更新です
人生で二日までしか日記が続いたことのない
飽きっぽい性格なのですが
自分でも驚いています
それもこれも
「読んだよ」って言ってくださる方あってのものです
ありがとうございます
思い起こせば
まだ火の手の燻る
火災現場の近くにある
街中の電気が点かない漆黒の校舎で
教頭先生とふたり泊まり込み
余震が怖くて石油ストーブも着けれない中
警備も兼ねて玄関先で毛布にくるまって
何かしていないと気が狂いそうで
タブレットで思いを書き綴ったのが最初でした
充電切れが怖いので
頭の中で組み立てては
まとまったら一気に書いて
充電が切れたら車で充電
でもガソリンにも限りがあるし
恐怖と闘いながらの執筆でした
最初は生徒に対して呼びかけました
電波が届かないところにる生徒がほとんどで
何人が読めるかわからないけど
一緒に頑張ろうと呼びかけました
保護者の方への情報提供も意図しました
とにかく情報がないと不安です
学校の様子を逐一報告するつもりで書きました
一日の閲覧件数が最も多かったのは修学旅行中です
やはりお子さんが旅先でどうしているか
親御さんの気になるポイントのようです
それでも保護者アンケートによると
学校のホームページを
「ほとんど見ない」
「全く見ない」
と回答される方が4割ほどいて
まだまだダメだなと軽く凹んでいます
最近「無断アルバイト」が問題化しています
本校では原則アルバイトは禁止
本分である学習に集中してもらうためです
経済的に困っている家庭に限り許可
でも試験で赤点をとると許可取り消し
という方針で指導してきました
震災後は
家庭の状況それから飲食店の状況が大きく変わったので
従来の規制を撤廃し
申し出のあったものについては
今のところ全て許可しています
そこで保護者の方にお願いです
アルバイトをする場合は申請するよう
お伝えください
これまでに無断アルバイトが発覚したケースでは
保護者が
「どうせお前の成績なら許可されんから黙ってやれ」
と言っているようです
認識が間違っています!
学校はアルバイトを認める方向で指導しています
親がルールを破ることを
子どもに教えてどうするんですか!
このくらいルールを破ってもいいだろうが日常化し
そしてルールを破っても咎められる経験のなかった若者が
自分の心にブレーキをかける術を知らず
スシローの醤油を舐めて償い切れないほどの賠償を求められたり
闇バイトの危険性に気づかず手を染めたりするのです
こんな校長の思いを
保護者のみなさまに伝える手段としても
このブログは力を発揮するようになりました
今このブログを読んでくださっている
6割の保護者の中に
「黙ってやれ」派はいないはずですので
どうかアルバイトをしている生徒がいたら
許可を取っているか確認しあって
4割の方に伝えていただきたいと思います
先生方に話したいことも書いたりします
おかげで職員会議前の校長挨拶は時短でき
毎朝の職員朝礼も必要ありません
娘が
「お父さん今までの教員生活で得たもん
全て書こうと思とるやろ」
さすがよく見ています
その通りです
昔は飲み会なんかで
先輩教員の話を若手教員がじっくり聴く
なんてことが日常的に行われ
私もその席で
本当に多くのものを学ばせていただきました
コロナ以降その場面もめっきり少なくなったので
若い先生方にぜひ伝えたいということも
盛り込んだりしています
実際の飲み会の席だと
ウザがられてしまうような内容であっても
ことばを選びながら書けるし
ウッカリ失言していたら
何度も読み返し削除したりしています
【今週のありがとう】
全日本書道教育研究会 髙橋 邦夫 理事長はじめみなさま
素晴らしい書と義援金ありがとうございました
里みちこ さま
素敵な字葉書ありがとうございました
国際ロータリー第2610地区の皆様
希望の翼奨学金のお申し入れありがとうござうます
小坂小学校の久野恭子先生
ストリートピアノ演奏と子供たちの歌声ありがとうございます
北陸電力教育振興財団 山田 外史 様はじめみなさま
液晶テレビ大切に使わせていただいております
※このコーナーではこれまで
ご支援いただいた方々を
ご紹介させていただいています
なにせバタバタしていた中
記録があいまいで
「うちの支援の内容違う!」とか
「うちは支援したのに紹介まだか!」
といったお叱りございましたら
お教えいただければと存じます
このコーナーはまだまだ続きます
おくの寄り道
地震から 399 日目
豪雨から 135 日目
昔から繰り返し夢に出てくる
不思議な風景が3つあって
行ったことはないのに
なぜか懐かしいような
詳しく思い出そうとすると
フッと頭から消えていく
そんな儚い風景です
ひとつめは駅のプラットホーム
ホームを出るとすぐにトンネルがある風景です
ふたつめは丘の上の真っ白な住宅街
網目のように整備された道をたどって丘を登ると
一面同じ建物の並ぶ
そんなありそうでなさそうな風景
今
女川原発が見える丘の上に立っています
3月11日付の朝日新聞「天声人語」
「女川町を見下ろす丘の上で、
これを書いています。
いかがお過ごしですか?
あの日と同じように、
さっきまで小雪が風に舞っていました。
あなたたちを忘れぬようにという
空からのメッセージでしょう。」
この記事を書いた方と同じ場所でしょうか?
夜が白々と明けてきました
目の前の光景を見て
ハッと息を飲みました
ずっと夢で見ていたのは
まさにこの風景です
坂の勾配も
曲がりくねった道の細さも
このまんま
不思議なことに
ずっとこの風景を見続けていたのか
今思い出したけど
大きなビルが倒れる夢や
アスファルトの下に大きな穴が空いて
道路が崩れる夢も
そういえば何度か夢に見ていました
みなさんそんなものなのでしょうか?
丘を降りて女川駅に降り立ちました
JR石巻線の終着駅の女川には
線路が一本
かつて能登半島の終着駅の輪島駅も
こんな感じでした
東北の新聞記者の方に
教えていただきました
女川が他の東北の沿岸部の町と違うのは
復興計画を立てる際に
「60過ぎたら口出しするな!」
を合言葉にしたことです
若いアイデアで自分たちのまちを
つくりあげたのだそうです
駅からまっすぐに港に向かって
道が降りています
他のまちに見られるような
海の見えないような防波堤は
一切ありません
海岸ギリギリまで
素敵な店が軒を連ね
開店前なのにピアノのBGMが流れています
堤防を作らなかったのは
住宅は全て高台に新築して
海岸には商業施設しか
作らなかったからです
店は流されてもまた作ればいい
というコンセプトのようです
輪島の朝市も
既存の道路をそのまま活かして
商業施設と生活空間を棲み分けして
などとチマチマやってないで
このくらい思い切ってやればいいのに
ひとつの大きな複合施設にして
ディズニーリゾートに
ファンタジーランドや
トゥモローランドがあるように
輪島塗界隈
朝市界隈
図書館を中心にした学びスペース
マリンタウンをそのまま生かしてスポーツランド
ナタくんの海辺の映画館
観光客も市民も一緒に楽しめるそんな・・・
おっと私は60歳を過ぎていました
黙っています
でもこれだけは提案させてください
こちらはトレーラーハウスを利用した
ホテルです
トレーラーハウスとは思えない
おしゃれなつくりになっています
まちの復興を待たずに
これなら今からでも観光客を呼べます
いいアイデアだと思いませんか?
さて一方こちらは高台を築いて
町ごと嵩上げした場所
そしてこれが防波堤です
ベルリンの壁って
こんな感じだったのでしょうか?
壁の内側には
住宅はおろか商業施設すらなく
ガランと空き地が広がるだけ
この壁は一体何を一所懸命
守っているのでしょうか
多くのこどもたちが犠牲となった
大川小学校跡に行ってみました
北上川を津波が遡上してきて
学校を呑み込んだのです
2011年3月11日
いつもと同じ朝でした
「行ってきます」の後ろ姿を見送ったあの日
「寒かったでしょう」とあたたかい手で抱きしめてあげたい
あの日は校長先生が出張で
教頭先生がその指示を待つ間に…
と記憶しています
この教訓は今回の震災対応において
私の判断の大きな拠り所となるものでした
とにかく校長は上からの指示を待っていてはいけない
そしていざという時教頭が自分で判断できるよう
普段からコミュニケーションをとらなくてはならない
学芸員の方に訊ねられました
「東日本の教訓は
今回能登のお役に立てたのでしょうか?」
「はい そのおかげでこうして生きていられます」
とお答えしました
門脇小学校にも行ってみました
こちらも津波に襲われて
教室が真っ黒焦げになっていました
なぜ津波で火事に?
ここには経験した方ではないとわからない
驚くべき事実があるのです
火事になった家が
燃えながら津波で流されて
学校に火がついてしまったのです
学芸員の方はおっしゃっていました
「津波が来たら近くの高い建物に逃げると言うのは
あくまでも時間がない時の最後の手段
基本は山に逃げないといけない」
慶長大津波の2年後
仙台藩復興のために遣欧使節を送った
伊達政宗公の御霊を祀った「瑞鳳殿」
政宗自身が遺言でこの地に決めたそうです
そして政宗が建立した大崎八幡宮
金彩や色鮮やかな彫刻が施された黒漆塗り
当時輪島塗の職人が
駆り出されたりしてなかったかな?
なんだかワクワクします
全国にはそういう例が見られますので
可能性ゼロではありませんよね
政宗公による
慶長大津波からの仙台藩の復興を
見習って
自分ができることをやっていく
そうお誓いしました
「あたりまえ」の反対の言葉は?
地震から 398 日目
豪雨から 134 日目
宮城県多賀城高校での
「3.11メモリアル“Re-Dit”ミーティング」
2日目
今日はポスターセッションが行われました
北は北海道
南は鹿児島まで
全国から集まった高校生からの発表です
北海道室蘭栄高校さんは
津波浸水をコンピュータシミュレーションしました
北海道函館西高校さんは
形骸化した避難訓練からの脱却を考えました
北海道釧路湖陵高校さんは
建造物の配置と津波による被害の関係について発表しました
青森県立大湊高校さんは
下北BOUSAIネットワークに取り組んでいます
青森県立名久井農業高校さんは
農村の防災リーダーとなっています
青森県立八戸中央高校さんは
東日本未経験世代に向けたポスターを作りました
秋田県立由利高等学校さんは
高校での避難所運営について考えました
福島県立白河高校さんは
福島県の風評被害の現在について発表しました
福島県立磐城高校さんは
「今」を伝えるをテーマに発表しました
福島県立相馬総合高校さんは
震災を風化させない取り組みをしています
さいたま市立大宮国際中等教育学校さんは
災害と食や発電との関係について発表しました
横浜緑ケ丘高校さんの発表は
「東日本大震災は本当に終わったのか」
桜美林高校さんは
災害時に必要な情報について過去から学びました
輪島高校にも支援に来てくださった
大阪府立高石高校さんは
その視察で学んだ防災減災について発表しました
簡易トイレキットをみなさんにお配りしていました
公式キャラクター「トイレ小僧」のイラスト入りです
大阪府立富田林高校さんは
鋼球免震と心柱制度について検証しました
神戸大学附属中等教育学校さんは
継続的な防災学習の必要性について発表しました
兵庫県立舞子高校さんは
「みて学ぶ 防災パズル」を作りました
高知県立大方高校さんは
「未来を守るために」を考えました
鹿児島情報高校さんは
「国際交流を通して学ぶ創造的復興」です
宮城県内の高校からも
涌谷高校さん
石巻市弘文館高校さん
仙台第三高校さん
気仙沼高校さん
古川黎明高校さん
からの発表がありました
午後からは
津波伝承まち歩きスタディツアーです
災害科学科の2年生のみなさんが
ご案内してくださいました
関西の高校生と多賀城の高校生が
文化交流をしていました
「ミスド↗︎ ↘︎」か「ミスド→→」か
「スタバ↗︎↘︎」か「スタバ→→」か
喧々諤々楽しそうです
私も百均のダイソーは
「太陽↗︎↘︎」のように「ダイソー↗︎↘︎」か
「代走→→」のように「ダイソー→→」か
ずっと悩んでいます
関東では「マック」といいますが
関西では「マクド」と略します
フランスでも「マクド」と略すそうなので
関西はフランス文化圏ですね
多賀城の「おはよう靴下」という
言葉も教えていただきました
親指に穴の空いた靴下のことだそうです
イオン多賀城店です
店内にも津波が押し寄せ
大変な状況になったそうです
波の到達点を示す表示がありました
電柱には津波の到達点を示すシールを
多賀城高校の生徒さんが貼っったそうです
行政の許可をとったり
住民の理解を得るのに大変だったらしいです
駐車場の壁の白い横の筋は
津波によって付けられた傷です
この高さまで波が来たことを示しましす
「君をおきて あだし心を わがもたば
すゑの松山 波もこえなむ」
と歌われたすゑの松山です
(あなたを差しおいて
他の人に心を移すようなことが
もしあったとしたら
波が超えるはずがないといわれている
末の松山でさえ
浪が越すことでしょう)
という意味です
東日本大震災の時も
多くの方がこのすゑの松山に
避難されたそうです
発災時に津波が俎上してきた川です
最後は祈念モニュメントに手を合わせました
多賀城高校の防災科学科のみなさん
どうもありがとうございました
いろいろと勉強になりました
多賀城ではこうして次の世代への伝承が
確実に行われています
「あたりまえ」
そこにあるのが普通であること
そうじゃなくてそこにあること自体が奇跡的
つまり有り難きこと
それが「ありがとう」です
さとく、ゆたかに、たくましく
地震から 397 日目
豪雨から 133 日目
タイトルのことばは
宮城県多賀城高等学校の教育目標です
東日本大震災の被災地にある学校として
全国でも2校しかない防災系学科を持ち
防災を学ぶカリキュラムを取り入れています
またユネスコスクールやSSHにも指定され
生徒が主体的に学ぶことのできる
さまざまな教育を実践されています
昨年度本校生徒が
東北復興研修旅行で訪れた際は
お別れの時に
全校生徒で見送って激励してくださり
生徒にとって
一生忘れることのできない光景となりました
私は今日「3.11メモリアル“Re-Dit"」
に参加するため
そして生徒の皆さんに
直接顔を見てお礼を申し上げるために
多賀城高校を訪れます
3.11の順序を変えた1.31に開催されるのは
何か意図のあってのことでしょうか
今の高校生にとって2011年は
もしかすると記憶にない
覚えていたとしても
なんとなくいつもとは違う幼稚園の風景
あるいは誰かがが覆い被さって守ってくれた
そのくらいでしょう
こうして災害の記憶を後世に残すため
生徒のみなさんが活動し続けています
この姿は
能登の高校がこれから見習っていくべき姿です
我々に何ができるかしっかり学んで帰ります
冬の日本海とは打って変わって
雲ひとつない関東平野の冬の風景
富士山を車窓から望みます
基調講演では
国土交通省の日野口 厳 様から
「『公助』から考える自助・共助」
と題してお話をいただきました
東日本大震災の際は
津波警報が発令されていたにも関わらず
沿岸部にまだ助かる命がたくさんあるとして
出動命令が出されたそうです
さらに発災翌日から
「くしの歯」作戦を決行します
とにかく車が通れるだけのルートを
くしの歯のように切り啓く作戦です
余震や津波の再襲来の危険がある中
建設会社の現場責任者と道路管理者は
使命感と地域を思いやる心から
この命懸けの作戦を実行しました
ご遺体の措置に当たった
自衛隊や警察など関係機関との連携により
早期に決行できたそうです
非常時には通常のルールを超えた
現場の責任者の決断が求められます
私は以前
のとはやさしや土までも
地震さえやさしくて
子供が親と一緒にいる時間に起こってくれる
とこのブログで書きました
平成19年春休み中
令和5年GW中
令和6年元日
ところが
能登半島だけでなく
実は平成になって
日本に起こった震度6以上の地震は
全てそうなんだそうです
平成15年宮城県沖土曜日未明
平成15年新潟沖土曜日夕方
平成15年中越沖祝日
平成20年宮城沖土曜日朝
平成23年東日本の余震は全て深夜または未明
平成28年熊本地震は余震も含め全て夜
ほかにもありますが
起こったのは全て深夜または未明です
唯一平日の昼間に起こったのが
東日本大震災の本震なのだそう
これだけ一致すると
なんだか気味悪いですね
さらには地震の後に
洪水に立て続けに襲われるなんて
なんて運の悪いことと思っていたのですが
東日本大震災の時も
熊本地震の時も
やはり半年ほどして
洪水に襲われているそうです
後世に伝えていく責任を
ひしひしと感じます
Momojiro
地震から 396 日目
豪雨から 132 日目
総合英語の授業で幼稚園(保育園)に出向き
園児さんたちと交流を行っています
第1・2弾は英語の絵本の読み聞かせをしましたが
今回は第3弾
桃太郎のオリジナルストーリー(英語劇)を披露しました
以下に生徒からのPRを掲載します
私たちは先日、総合英語の授業で海の星幼稚園へ行きました
幼稚園では誰もが知っている「桃太郎」の劇を英語版で演じました
私たちがこの活動を通して目的としていることはなんだと思いますか?
それは
「楽しく英語にふれてほしい」「輪島高校って楽しそう」
と思ってもらうことです
私たちはこの日のために限られた練習時間の中で
園児も一緒に楽しめるよう熱心に練習に励みました
迎えた当日、私たちは海の星幼稚園へ出発しました
園に着くと子どもたちの元気な声が聞こえてきました
その声を聞いて
私たちも楽しんでもらえるように頑張ろうという気持ちになりました
劇の中には園児も参加できる工夫がされており
高校生が作ったトンネルの中を桃次郎と桃子と一緒に歩き
鬼ヶ島へ向かったり
桃次郎・桃子・犬・猿・キジと協力してボールを投げて鬼退治をし
奪われた宝箱を取り返してくれました
そして最後には協力してくれた園児のみんなに
生徒手作りメダルを首にかけました
笑顔で大きな声で「ありがとう」と言ってくれて
とても嬉しい気持ちになった
帰る際には
園児とハイタッチをし「see you」と言って帰りました
次回は和光幼稚園での発表なので
今回の反省点を活かして
より良い演技ができるように努力したいです
〜生徒の感想〜
桃次郎役(中山さん)
私は一生懸命セリフを覚えたり、それに加えて動きをつけたりなどをして園児を楽しませることが出来ました。桃子と声を合わせて言うところは何回練習したのか覚えてないくらい大変でした。そのおかげで本番ではミスなく言えることが出来ました。それでもセリフに合わせた動きなどがスムーズに行かないことが多々あったので次の発表では一連の流れとして進めることが出来たらいいと考えています。
桃子役(谷内さん)
園児の皆さんを楽しませるために自分も楽しんで演技ができるよう努めました。練習のときにうまく言うことが出来なかったり、振る舞うことが出来なかったりしたけれど、本番では桃子らしく振る舞うことが出来たと思っています。次の幼稚園でも、桃子らしさを忘れずに園児の皆さんを楽しませられるように頑張ります!!
鬼代表(岩波さん)
私たち鬼役は園児のみんなが楽しく劇を見てもらうために様々な工夫をしました。鬼を倒すときに高校生だけで戦うのではなく、園児も一緒に戦えるように新聞紙でボールを作ったり、一人一人鬼のお面を書き、新聞紙でハリセンを手作りして鬼だと分かりやすいように工夫しました。園児のみんなが楽しんでもらえるように工夫をする時間はとても楽しかったし、自分の成長にも繋がりました。
次の幼稚園では、恥ずかしがらずに演技をしたいです!
次回は来週5日に和光幼稚園に伺う予定です
輪島の走り嘘
地震から 395 日目
豪雨から 131 日目
昨晩「マツコの知らない世界」で
「チェーン店朝食は
主婦たちの救世主(メシア)」
の特集をしていました
日本経済新聞によると
2023年の朝食にかかる費用は402円で
自炊でもこれだけかかるのなら
外食の方が
と考える方が増えています
「なか卯」さんの
「こだわり卵定食」に
「鶏小鉢」をトッピングする
NEO親子丼が紹介されていました
早速今朝「なか卯」さんに直行です
「今朝はそのメニューを注文する方ばかりなんですよ」
と店員さんに笑われてしまいました
みなさん同じようなことを考えているようで
新しもん好きの
輪島市民性丸出しで
自分でも笑ってしまいました
「輪島の走り嘘」という名物があるくらい
輪島の人間は噂が大好きです
しかも大袈裟に話を盛って伝えるので
誰かが朝くしゃみをしたら
夕方には入院していることになってたりします
あるとき東大に合格した方がいて
「あんたんとこの息子さん東大受かってんて?
できるねー
何食べたらそんな頭いいなるが?」
「そやねーネギや好きやったかねー」
あくる日朝市のネギが売り切れました
先日
日本の「TOKKATSU」教育のおかげで
阪神淡路大震災の時に秩序が保たれていた
と書いたら
それを読んだ阪神淡路経験者から
情報が届きました
「報道されへんかったけど
強盗ようさんおったで
そのかわり地元のヤンキーが
みんなでボコボコにしとったわ」
だそうです
ヤンキーも正義感を学んでいるようです
恐るべし日本の「TOKKATSU」
ところで
NEO親子丼
めっちゃおいしかったですよ
ヒトデと星の不思議な関係
地震から 394 日目
豪雨から 130 日目
二枚貝の殻に
時折小さなまんまるい穴が空いているのを
見かけたことはありませんか?
あれはヒトデが貝を食べたあとです
貝にしがみついて
ザラザラの舌で1週間ほどかけて削り続け
開けた穴からエキスを吸うのだそうです
そこまでして食いたいか?
笑ってしまいますがヒトデにしてみたら
たぶん真剣そのものなんだと思います
私たちは
いつどうやって日本人になったのか?
6歳児は世界のどこでも同じようだけれど
12歳になる頃には
日本の子どもは“日本人”になっている
山崎エマ監督の
「小学校〜それは小さな社会〜」
という映画が
教育大国フィンランドで拡大公開されたのをはじめ
世界各国で注目されています
イギリス人の父と日本人の母を持つ山崎エマ監督は
アメリカの大学へ進学した後
ニューヨークに暮らしながら
自身の“強み”はすべて
日本の公立小学校時代に学んだ
“責任感”や“勤勉さ”などに由来していることに
気づきます
一年間のべ4000時間に及ぶ
小学校での密着撮影と
その後一年間をかけて編集された
ドキュメンタリー映画です
日本の小学校では
児童自らが学校生活を運営する
さまざまな役割を担います
その役割を全うすることで
集団生活における協調性を身につけます
教室の掃除や給食の配膳などを
子どもたちでする
私たち日本人にとっては当たり前の風景が
世界の国から見ると驚きの光景なのです
以前NHK「クローズアップ現代」でも
「TOKKATSU」として
世界に広がりを見せつつあることが
特集されていました
アメリカからは
「掃除の教育は『自分のことは自分でする』
ことを学ぶための最高の見本だ」と
ドイツからは
「小さい頃から周りと協力する意識が
自然と身についてくる」と
ギリシャからは
「子どもたちの責任感
そして信頼する先生の姿がすごい」と
映画のホームページには
各国からの称賛の声が
阪神淡路大震災の際に
あの悲惨な状況の中
殺人・強盗・強姦などの凶悪犯罪が
ほとんどなかったことが
多くの海外メディアの間で
絶賛されました
このことは知らず知らずのうちに
「TOKKATSU」で身についたものなのです
今回の能登半島地震でも見られました
「自分よりももっと困った人がいる」
多くの方が口々にそうおっしゃって
ものや支援を分け合いました
一方で
私の家は火災のあった朝市地区の
一番端っこでポツンと燃え残りましたが
1週間ほどして潜入していると
お正月用に準備していた
ビールやお酒が全て飲み干され
床に空き缶空き瓶が散乱しているのでした
どうやら
「TOKKATSU」を学んでいない
ヒトデが潜入して
1週間かけて飲み干したようです
そうまでして呑みたいか?
ところで
ヒトデがクルッとまるまって
つまりパーがグーになって
周りにトゲが生えたのが
ウニです
その証拠に
ウニには精巣や卵巣が5つあって
口は五角形をしています
ウニのトゲが抜けて
ヒョロヒョロと長くなったのがナマコです
その証拠に
輪切りにしたときに
中心の穴は五角形をしています
能登半島の内浦
七尾湾ではナマコからつくられる
コノワタやクチコが名物ですが
震災後どうなっているのでしょう?
ナマコが陸に上がって
光合成を始めたのがオクラです
私説ですが学術的根拠はありません
この5という数字は
生物学的に非常に意味のある数字です
1,2,3,5,8,13,21・・・
フィボナッチ数列といって
前のふたつの数字の和を順に並べたものです
自然界に存在するものは
ほとんどがこの数字に当てはまります
4本足の獣?
2本の手足です
6本足の昆虫?
2組の3種類の足です
10本足のイカ?
8本の足と2本の生殖器です
パイナップルの皮の網目
8本と13本の渦からできています
ひまわりの種の数と模様もこの法則に
したがっています
なぜそうなるかというと
どうやら細胞の分裂と成長に
関係があるようです
1時間毎に分裂し
生まれたばかりの細胞が
分裂できるようになるまでに1時間かかる
そんな細胞があったとしましょう
1時間目
細胞Aが分裂し新しい細胞Bが生まれます
2時間目
Aが分裂しCが生まれ
Bは分裂能力を持たずそのままです
3時間目
ABが分裂し新しい細胞DEが生まれます
Cは成長のため分裂できません
4時間目
ABCが分裂し新たな細胞FGHを
DEはそのまま
・・・
このようにして
この不思議な数列ができあがるのです
ヒトデが空に昇って輝き出したのが
お星様です
これは本当です
昔洞窟に壁画を描くときに
ヒトデを貼り付けて
星を表現したのだそうです
【今週のありがとう】
大浦運輸株式会社様
うちのピアノ運び出してくれてありがとうございました
MPCピアノメンテナンスのみなさま
そのピアノの調律ありがとうございました
高知県教育委員会のみなさま
遠いところようこそ視察に来てくださいました
日本教育公務員共済会石川支部様
助成金と高圧水洗スプレーとても役立っています
高知県「こうて屋」矢野逸子さま
見事な生姜 体も心も温まりました
※このコーナーではこれまで
ご支援いただいた方々を
ご紹介させていただいています
なにせバタバタしていた中
記録があいまいで
「うちの支援の内容違う!」とか
「うちは支援したのに紹介まだか!」
といったお叱りございましたら
お教えいただければと存じます
このコーナーはまだまだ続きます
麻雀は人生だ!
地震から 393 日目
豪雨から 129 日目
麻雀ほどその人の
人となりが現れるものはなくて
打ち方を見ると
その人の人生までが見えるようで
だからこそハマる人が多い訳で
かく言う私は
ことのほか麻雀が弱いです
人生の成功者とは程遠い打ち方をします
コンピュータ相手ならそこそこ戦えますが
対人間となると
たちまち弱点を露呈してしまいます
理由はふたつあります
まずは
気が小さくて「ロン!」と言えない問題
誰かが当たり牌を切っても
「ここでそれを切るとは
勝負に来たな
かなりいい手なんだろうな
索子で染めてるな
混一色あるいは清一色
もしかして緑一色もあるな
それに引き換え
自分は断么平和
なんてしょぼい
こんな手で上がったら
気を悪くするだろうな」
うだうだ考えているうちに
次の人がサッサとツモりだし
「あ…上がれなかった」
もうひとつは
手を広げすぎ問題
昔から目の前に転がるチャンスには
なんでも飛びつくタイプで
回転寿司では
流れてくる寿司を全て食べたくなります
最近では回転寿司でも
タッチパネルで注文するシステムなので
重宝しております
なので気がつくと
三色一通二盃口を本気で狙って
結局上がれないパターンがいつもです
熟考の上スパッと決断するのが
麻雀の猛者であるなら
何も考えずに決断して
あとからグジグジ考える私は
限りなくギャンブルには向いていない人間です
「石橋を叩いて渡る人」
入念な準備をして
決断したら思い切って行動する
こうありたいものです
「石橋を叩いても渡らない人」
諦める勇気を持っている人です
ときにはこんな決断も大事です
「石橋を叩きすぎて壊す人」
何にでも否定的な意見を言う人
ちょっと苦手なタイプです
「石橋を壊して造る人」
既存のものをぶっ壊して
自分で新しいものを造る人
何人かこんな校長先生にお仕えしてきましたが
自分は到底その域に達することはできません
私は
「石橋に気づかず泳ぐ」
タイプです
石橋があるか確認もせずに
勝手に泳ぎ出して
あとから
「あ!?あんないい石橋あったんや」
向こう岸まで辿り着いていればいいのですが
大概は流れに戻され元の場所にいる
なんのために泳いだんや?
こんな感じです
でも自分で決断して泳ぎ出して
そんな中でいろんな困難にぶつかって
たとえ元の場所に戻されても
流されている間に
ぶつかってきた
ゴツゴツの岩や流木のことは
決して忘れません
今
新しい学習指導要領で重視されている
「探究」の狙いはこんなところに
あると思っています
先日講演をしていただいた
三谷産業様から提案がありました
質疑応答の際に質問をしたふたつのグループ
ひとつめは
「ジムを造りたい」
ふたつめは
「再生可能なエネルギーでまちを照らしたい」
今日その解決策のアイデアをいただきました
「ジム」でのトレーニングの運動エネルギーを
電気エネルギーに変換することを考えては?
全く異質のふたつを組み合わせるだけで
新しいイノベーションを生み出すことができる
素晴らしい発想です
日本ちゃちゃちゃ
地震から 392 日目
豪雨から 128 日目
MUFG ALL STAR GAMES 2024-25
バレーボールのオールスター戦が
石川県を会場に開催されました
会場は「かほく市総合体育館」
通称「とり野菜みそ BLUECATS ARENA」
とり野菜は石川県のソウルフード
ちなみに「とり野菜」の「とり」は
「鶏」でも「鳥」でもありません
野菜や栄養をたっぷり摂るという意味
つまり「摂り野菜」なのだそうです
かほく市のまつやさんの製品で
江戸時代に北前船の廻船問屋を営んでいた
初代当主が船上食として考案した鍋みそがルーツです
そしてこのアリーナは
バレーボール女子Vリーグディビジョン1の
「PFUブルーキャッツ石川かほく」の
ホームアリーナとしても使用されています
昨年度体育館が使えない本校の
球技大会の会場としてお借りした場所でもあります
会場内にはスモークが焚かれ
ボルテージは最高潮に
本校男子バレーボール部員が
大会運営のお手伝いをしました
生で見たオールスター選手は
空を飛んでいるように見えました
チャレンジも生まれて初めて生で見ました
チャレンジと聞くとどうしても
悔やみきれない思い出があります
地震による建物被害認定の
チャレンジ制度の思い出です
今回の能登半島地震では
被害の大きい方から
「全壊」
「大規模半壊」
「中規模半壊」
「半壊」
「準半壊」
「一部損壊」
の6段階で判定されました
判定によって
義援金や補助金の額が
大きく変わります
迅速に判定しなければいけないので
判定士の方がとりあえず外見で判断していきます
ところが見た目は大丈夫でも中に入ると
被害がとてつもなく大きいケースがあります
そのときにチャレンジするのです
そうすると建物内部に入り込んでの
再検査になります
チャレンジ成功すると
段階が引き上げられます
ただし再検査にはかなりの時間を要します
チャレンジ失敗して
段階引き下げのケースもあるので
何でもかんでも
チャレンジすればいいものではありません
我が両親の家は「半壊」の基準を受けました
ただし内部はポッキリと二つに割れ
四方の壁も割れて
どう見ても「全壊」状態でした
ただし隣の家に一部寄りかかった状態でしたので
隣人からは一刻も早い解体を迫られていました
それで泣く泣くチャレンジを諦め
早期公費解体したのでした
解体した家には
価値のある昭和32年発行の十円玉があったはずで
せめてそれだけでも潜り込んで拾っておけばよかったと
昨日放送されていた高価な硬貨に関する番組を見て
思い出しました
みなさん
令和に発行された一円玉は
一個3000円で取引されるそうですよ
お財布の中チェックしてみては?
戦後と被災後のサツマイモ畑
地震から 391 日目
豪雨から 127 日目
日本航空高校石川さんが
春の選抜出場を果たしました
おめでとうございます
お祝いを申し上げに
グラウンドを訪ねました
こんなに雪深い地です
さまざまなハンデを乗り越え
勝ち取った栄冠です
本当におめでとうございます
被災地を元気づけるプレイ期待しています
今日は
徳島の独立リーグで
プロ野球選手を何人も輩出しているコーチを招いて
講演会をしていました
輪島高校からも投手陣が参加していました
19世紀のイギリス
パブリックスクールで
ラグビーを通した
自治の精神と自己規律化を目指した教育が行われ
スポーツが娯楽から教育活動に引き上げられました
このような内容を含め
まずは心の持ちよう
人としてのあり方について
じっくりとお話をなさっていました
JRC部の3人がこども食堂のボランティアをしました
JRCとは青少年赤十字(Junior Red Cross )
いのちと健康を大切にし
地域社会や世界のために
奉仕することを目的に活動しています
今日はサツマイモを使ってのスイーツです
これは毎年老人ホーム慰問に
持って行っているものです
サツマイモは
地震によってヒビが入ったり傾いたりした校庭で
自分たちが育てたものです
場所はふれあい健康センター
火災のあった朝市地域の我が家に
最も近い避難所のあった場所です
私の両親も足の踏み場もないこの場所で
しばらくお世話になっていたなと
すっかり綺麗に片付いた部屋を見ると
遠い過去のような
現実と夢の狭間を行ったり来たりしていたような
不思議な感覚です
一昨年本校は創立百周年を迎えました
その際いろいろ歴史を調べたのですが
戦時中
グラウンドをサツマイモ畑にして
地域の人のために役立てていたそうです
およそ80年の時を超え
同じようなことをしていることに
なんだか感慨深いものがあります
おもしろい早口言葉を見つけましたよ
「蛸が鷹と闘ったが(たこがたかとたたかったが)
蛸が勝ったか(たこがかったか)
鷹が勝ったか(たかがかったか)
わからなかった中(わからなかったなか)
歯がガタガタな方が(はががたがたなかたが)
鷹が勝ったと(たかがかったと)
片言で語った(かたことでかたった)」
「脳に効く早口言葉」(サンマーク出版)より
「東京特許許可局から
京都特許許可局へ来た客は
よく柿食う客だ」
「坊主が屏風に上手にボーっとしたポーズの
ヌードの坊主の絵を描いた」
こんなのも昔ありましたね
I think that that that that that boy wrote is wrong.
(あの少年が書いたあの that は間違っていると思う)
花火三部作
地震から 390 日目
豪雨から 126 日目
昨日紹介した作曲家 弓削田健介さんの
合唱曲「フェニックス」
動画が届きましたので
みなさまにも共有させていただきます
「フェニックス」は
長岡と輪島の小学生の言葉を紡いで
つくられた詩に曲がつけられたものです
長岡の日本一の花火と
輪島高校生が打ち上げた復興の花火
そんなご縁もあります
弓削田健介さんは「能登地震」を受け
3曲の合唱曲を作曲しました
「フェニックス」「ゆめはなび」「HANABI」
https://yugemusic.com/special-hanabi/
珠洲でも夏祭りに花火を打ち上げたそうです
そのとき地震で亡くなった方への
メッセージを書いた紙を貼り付けて
夜空に大輪の花を手向けたのだそうです
真っ暗な夜空に光る花火の真ん中が
なんだか
大切な人のいる向こうの世界への入口にも見え
「僕らのまちは僕らでつくる」街プロ
当初から活動している2年生に1年生が加わり
新たな展開を見せています
様々な企業様からの援助もいただいています
たとえば大成建設様の支援を受けて進めている
「転生プロジェクト」
被災地の瓦礫に新たな命を吹き込むプロジェクト
当初は何をしていいかわからず
右往左往しているかに見えましたが
今では1年生や3年生も巻き込んで
卒業制作にまで広がっています
未来のお花を咲かせるために
世代を超えて花粉を運ぶ
ミツバチプロジェクト
これまでたったひとりで頑張ってきましたが
MROの原田幸子アナが
絵本でつながろうと寄り添ってくださることに
頑張る人のもとには
人が集まってくるんですね
これが探究活動の醍醐味です
さて今日も新たな企業様が
学校にいらっしゃいました
生徒たちの思いと
企業様の思いの
シナジー効果に期待します
まずは会社の概要を説明していただきました
この会社ではどのようなことをやっているか
そしてどのように未来に繋がっていくのか
生徒たちは真剣に耳を傾けていました
自分たちの活動において
どういった部分にご支援いただけるか
あるいはどのように共創できるか
生徒から活発な質問がされました
「僕たちは
ジムを作りたいんです
被災民が元気になるための
力になりたいんです
何かアドバイスをいただけますか?」
「私はジムが嫌いです
あんな狭いところで走って何が楽しいのか
外で走った方がよっぽどいい」
とガツン!
地震で壊された道路は危険で
とても走れる状況ではありません
だからこそ室内で走れる施設をつくりたい
それなのに…
被災地の状況が正しく伝わっていない
新たな社会課題に生徒は気づきます
さらには
自分たちがジムを作れば
みんなが喜んでくれると思っていたけど
そうじゃない人もいる
これも新たな視点です
じゃあそんな人を巻き込んでいくにはどうすればいいか?
それを考えるのが探究活動の狙いです
決して目に見える結果だけで評価してはいけません
「僕たちはエネルギー問題に取り組んでいます
今輪島のまちは街灯が全て倒れ
夕方5時を過ぎたら真っ暗です
太陽光パネルで
まちを明るくしたいんです
何かアドバイスをいただきたいです」
「太陽光パネルには耐用年数があって
今運用しているのは寿命がきていて
その処分に困っている
だからただ作ればいいというものではない」
とふたたびガツン!
処分しなくていい太陽光パネルを作ればいい!
あるいは不要になったパネルを活用できないか
誰もできていないのならチャンス!
生徒のみんなにはそう考えて欲しいのです
そんなさまざまな気づきのある
とても有意義な時間でした
群青のフェニックス
地震から 389 日目
豪雨から 125 日目
その曲との出逢いは
確か教頭として輪島高校に赴任した年だったような
「ああ
あの街で生まれて君と出会い
たくさんの想い抱いて
一緒に時を過ごしたね」
合唱大会で3年生が歌ってくれました
「今旅立つ日
見える景色は違っても
遠い場所で 君も同じ空
きっと見上げてるはず」
歌詞を気に留めることもなく
美しく懐かしい旋律に
引き込まれていきました
「またねと手を振るけど
明日も会えるのかな
遠ざかる
君の笑顔今でも忘れない」
あとで調べてみたら曲名は「群青」
「あの日見た夕日
あの日見た花火
いつでも君がいたね
当たり前が幸せと知った」
東日本大震災の時に作られた曲と知りました
「自転車をこいで
君と行った海
鮮やかな記憶が
目を閉じれば
群青に染まる」
そう思って聴きかえすと
歌詞のひと言一言が
胸に突き刺さってきます
「あれから二年の日が
僕らの中を過ぎて
三月の風に吹かれ
君を今でも想う」
この曲が生まれたのは、福島第一原子力発電所から半径20km圏内にある福島県南相馬市。
南相馬の子どもたちが東日本大震災によって離ればなれになってしまった仲間を思って、つぶやいたり、 書き留めた言葉を、小高中学校の小田美樹先生がまとめて、曲をつけた作品だそうです。
震災後、全国に避難していった友だちが原発事故で小高に戻れないなど、たくさんの不安が生徒たちにのしかかり、わずか6、7名の2年生も、心を痛め、音楽の授業では歌が歌えなくなっていたそうです。音楽の小田美樹先生も・・・。
ある日、小高中を離れた生徒がどこにいるのか、大きな日本地図に生徒の顔写真を貼り付けながら、子どもたちが「遠いね」「でも、この地図の上の空はつながってるね」など話しながら、詩づくりが始まったそうです。子どもたちの思いを綴った日記や作文、他愛もないおしゃべりから、小田先生は子どもたちの想いを書き留めていき、それをつなぎあわせて、「群青」ができあがったそうです。
(以上、合唱作曲家弓削田健介さんのブログより)
「響けこの歌声
響け遠くまでも
あの空の彼方へも
大切な全てに届け」
子どもたちが
離ればなれになったともだちを思って
作られた曲だったんですね
「涙のあとにも
見上げた夜空に
希望が光ってるよ
僕らを待つ群青の街で」
曲のクライマックスでは
感情が
例えは悪いかもしれませんが
津波のように押し寄せてきます
「ああー
きっとまた会おう
あの街で会おう
僕らの約束は
消えはしない
群青の絆」
群青はスクールカラーだそうです
「また
会おう
群青の街で」
弓削田健介さんが先日学校にいらっしゃって
生徒の気持ちを
生徒の想いを
訊いていってくださいました
その言葉を一つひとつ紡いだ
新しい合唱曲ができあがりました
「フェニックス」
地震に叩きのめされ
洪水に打ちひしがれ
それでも立ち上がる
今の自分たちを象徴する
そんな曲に仕上がっています
「ほしのシャワーにつつまれて
きみはよみがえる
こころのそらで
よぶこえがする
さみしさにたちむかう
ゆうきとひびきあって
ひとりじゃないよ
おもいだして…」
CSH研究発表会
地震から 388 日目
豪雨から 124 日目
SSH・NSH研究発表会が行われました
SSHとはスーパーサイエンスハイスクール
理数教育に特化した高校で
文部科学省から指定されています
石川県では
金沢泉丘・七尾・小松の3校が指定されています
NSHとはニュースーパーハイスクール
国際的に活躍する人材の育成を目指して
石川県教育委員会から指定された高校で
SSH3校に
金沢二水・金沢桜丘を加えた5校です
今日の発表会は
全国の中学・高校の先生方をお招きし
合同でその成果を発表しあうものでした
今回はそこに
クリエイティブリカバリースーパーハイスクールCSH
(勝手に名付けました)
輪島高校からも「街プロ」代表の生徒が
特別に参加して発表しました
代表生徒は2年生の宮腰さんと邑田さん
「高校生観光大使&都会留学」
のアイデアについて発表しました
現在「地域みらい留学」
という枠組みは既に存在します
130校を超える
日本各地にある魅力的な公立高校から
住んでいる都道府県の枠を超えて
自分の興味関心にあった高校を選択し
高校3年間をその地域で過ごす
国内進学プログラムです
美しい自然や豊かな文化に溢れた魅力ある地域で
立場や世代を超えた多様な人々に囲まれながら
高校生活を過ごします
少人数かつ地域に開かれた教育の中
多様な経験と挑戦の機会があることで
高校生ひとりひとりの個性と自立心が
育まれるプログラムです
現在能登高校がこのシステムを利用して
全国からの入学生を受け入れています
今回ふたりが提案した「都会留学」は
この逆の発想です
能登の高校生が都会の高校生活を体験し
地域と都会の交流を深め
漠然とした都会への憧れを
明確にする狙いがあります
都会で活躍する場を見つける生徒もいるだろうし
あるいはもっと世界へ羽ばたく生徒もいる
生まれ故郷の良さを再認識し戻ってくる生徒
あらゆる可能性を広げるプログラムです
ふたりが
スポンサーとなり得る地元企業への
ヒアリング調査を行なったところ
「都会留学に賛同する
一口◯◯万円出す
見返りは必要ないので
将来地域のために還元してほしい」など
6割以上の賛同が得られました
数値計画として
3名採択された場合の
交通費・宿泊費・広告費・通信費など
◯◯◯◯万円の必要経費を試算し
そのための資金繰り計画
賛同企業からの出資や
テレビ局制作企画料など
具体的にまとめ上げました
同じ会場では
七尾高校さんから
能登半島地震による海底隆起の影響で増えた
ウニを利用した炭の開発の発表がありました
ウニが増えるんなら
美味しいウニをたくさん食べれていい
と考えるのは早計です
ウニはそのへんの海藻を食べ尽くし
いわゆる磯焼けという現象を起こす
実は厄介ものです
磯焼けを起こすとサザエやアワビが姿を消します
しかも増えるのはほとんどがムラサキウニ
さほど美味しくないウニです
ムラサキウニ100匹に1匹の割合で
バフンウニが取れますが
これが美味しいんです
さらにさらに
バフンウニ100匹に1匹の割合で
あかがぜが取れますが
これがたとえようのないくらい
最高の味です
がぜというのは方言でウニのこと
つまりあかがぜは赤ウニのこと
能登半島だけでなく日本各地の半島に残る方言です
言葉は中心部から地方へと
時間をかけて
まるで池の真ん中に石を投げ入れると
その波紋が周りに広がっていくように
伝わっていきます
だから日本の半島の先端の言葉を調べると
昔の京言葉がわかります
たとえば能登半島の先端
珠洲の方言「げっさんな」
一度聞くと「ゲスの穴」に聞こえて
なんだか汚い言葉に感じますが
本来の意味は感嘆の言葉
「げに さ あらんや」という雅言葉です
輪島の海士町では
「おしっこをする」ことを
「ションベンまる」といいます
「おまる」の語源がここに見られます
また海士町の言葉には鼻濁音がありません
鼻濁音とは鼻に抜ける「がぎぐげご」
通常の「ガギグゲゴ」とは違い
nga ngi ngu nge ngo って感じで発音します
「午後」と発音してみてください
最初の「ゴ(go)」が鼻濁音じゃないほう
続く「ご(ngo)」が鼻濁音です
日本語では一般的に
語頭の「ゴ」は鼻濁音じゃない方で
たとえば「五円玉」の「ゴ」
語中の「ご」は鼻濁音
たとえば「仕事」の「ご」
と使い分けています
九州弁には鼻濁音がありません
海士町の祖先は九州から来られた方なので
その言葉を受け継いでいるものと思われます
さてさて話をあかがぜに戻して
私は一度だけあかがぜをいただいたことがあります
ご主人自ら漁もされ
採れたばかりの美味いもんを食べさせてくれる
輪島の「連」という居酒屋での経験です
おすすめの店です
今は工房長屋の仮店舗でやっています
全国の皆さん
是非是非お越しください
金沢二水高校さんからは
色弱者に配慮した授業の工夫について
発表がありました
聴衆の高校生からの質疑応答も
大変しっかりしていました
県立工業・大聖寺・野々市明倫・羽咋からも
ポスターセッション発表がありました
どの学校もしっかりした発表で
各校の探究学習の成果があらわれています
日本の未来は明るいです!
とちあいか
地震から 387 日目
豪雨から 123 日目
見てください
この驚きの大きさのいちご
とちぎの「とちあいか」
500円玉と比べて見てください!
こどもの拳ほどの大きさがあります
送ってくださったのは
栃木県の「ひとみいちご農園」の
人見(旧姓石田)峰洋様
彼は私が七尾高校に勤めていた頃
3年間担任をさせてもらった生徒です
進学校での指導経験がなく
右往左往する頼りない担任でしたが
担任が誰だろうが関係なく
自分達でしっかりと考えて行動する
なんともたくましいクラスで
その中心となって活躍してくれた生徒です
「街プロ」の生徒とコラボして
何かできないかなと考えています
本日NHKの「うたコン」で
紅白歌合戦で
坂本冬美さんが
輪島から歌ってくださったときの
舞台裏をお見せします
19:57 からの放送です
ぜひご覧になってください
おかげさまでこのブログ
多くの方にご覧になっていただけるようになりました
輪島高校では多くの先生方が
自らの生活を犠牲にしてまで
生徒のためにはたらいてくれています
そんな先生方の奮闘ぶりを
シリーズでお伝えしていきます
第1回は家庭科の山上佳織先生
自らお子さんを守りながら
学校の中心となって奮闘してくださっています
夏に花火を打ち上げた「街プロ」グループ
おばあちゃんが涙して喜んでくれたりしました
まだまだみんなを元気づけたいと
新たな計画をしました
イルミネーションイベントを企画しています
生徒からの話をご覧になってください
「輪島高校二年生の花火グループです。8月に打ち上げた花火に続き、私達は、3月20日輪島マリンタウンでイルミネーションイベントを開催します。
今回のイベントは他の「街プロ」やBEYOND the BORDERSとのコラボイベントとなっています。
そこで資金調達のために現在クラウドファンディングを行っていますが、目標金額にはまだまだ届いていないのが現状です。
もう一度、ふるさと輪島を照らし、明るくするために是非クラウドファンディングのご支援やこの活動の拡散をお願いします。
クラウドファンディング
https://camp-fire.jp/projects/812485/view?list=search_result_projects_popular
インスタグラム
https://www.instagram.com/wajima_hanabi_project?igsh=MTBiNGQwZDQydWc3Zw%3D%3%20D&utm_source=qr」
今回のイベントには
海辺の映画館を企画しているナタくんも
コラボしています
新幹線の秘密
地震から 386 日目
豪雨から 122 日目
新幹線の座席は
2席のシートと3席のシートが並んでいます
これはあらゆる人数の団体客が
まとまって座れるようにしてあるそうです
4人=2席+2席
5人=2席+3席 つまり横並びに1列
6人=3席+3席
7人=2席+2席+3席
というふうにです
細かい心配りですね
3席シートの真ん中の席が
他のシートより広くなっている気がしたので
計ってみたら
両側席が45cm に対して50cm と
確かに5cm広くなっていました
こちらも細かい心配りですね
3席シートのドリンクホルダーの位置は
左側のシートから順に
右右左と1ヶ所だけ逆になっています
これはなぜでしょう?
ちなみに2席シートは右左です
つまり両席の内側についています
おそらく終着駅で
進行方向に座席を反転させる時に
つっかえないように
内側につけてあるのでは?
私の仮説です
座席番号に関する私の仮説に
もうひとつあって
飛行機に座席に関するものです
例えば7席シートの場合
AC DEG HK
と謎の飛び飛びアルファベット問題です
これは飛行機にはいろいろな大きさがあり
例えば1番小さな4人掛けだと
AC HK
大きさによって
座席の位置が変わるとややこしいので
一番大きなジャンボジェットの
ABC DEFG HJK
を基準にし
機体が小さくなるにつれ
不要な席番号を抜くことによって
例えば
C席は進行方向左通路側
K席は進行方向右窓側
というふうに固定させているのでは?
と飛行機に乗るたびひとり納得しています
Iがないのは数字の1と混同しないためです
たぶん・・・
生活のいろんなところに
探究の「ネタ」はころがっています
何でも無い日常に深い観察眼を持って
見て欲しいと生徒には語っています
ちなみに「ネタ」というのは
「種」をひっくり返した言葉なんだそうです
福男福女
地震から 385 日目
豪雨から 121 日目
大学入試共通テストの2日目です
全員体調もよく控室で開始を待ちます
被災地の劣悪な環境の中
頑張ってきた生徒たちだから
きっと落ち着いて力を発揮できると信じています
私は昨日
西宮神社でみんなの合格祈願をしました
1月10日の午前6時に大太鼓が鳴り響き
「赤門(あかもん)」が開かれると同時に
本殿を目指して走り出す参拝者たちが報道される
あの神社です
こちらがスタートとなる赤門
そしてゴールの本殿
受験生のみんな
福男福女目指して駆け抜けろ!
阪神・淡路大震災30年
NVNAD被災地交流会に参加しました
阪神・淡路大震災や東日本大震災のほか
中国四川地震 などを通して繋がってきた
ボランティアの方々のシンポジウムです
主催者の大阪大学大学院 渥美公秀 教授は
能登半島地震の現状について
新聞社のインタビューで語っていらっしゃいます
「石川県は当初
受け入れ態勢が整っていないとして
来県の自粛を呼びかけ
春になっても取り下げなかった
ボランティアの力を信じていないのか
活動を制限し
単なる労働力として統括しようとした
個人ボランティアが行きにくい状況が長く続き
人手不足は継続している
行政は行政の仕事に専念するためにも
市民の力を信じてほしい」
さらには
これまでに築き上げてきた
かつての被災地が現在苦しんでいる被災地を救援する
「被災地のリレー」
今回の能登半島地震のボランティア不足により
途切れることを危惧なさっています
「東日本大震災の被災地で
津波で流された写真を拾い
きれいにして返すボランティアがいた
こうした活動は
行政や企業ではできない
行政はボランティアをルールで縛りつけるのではなく
自由に活動できる環境を整えるべきである」
と結んでいらっしゃいます
全く同感です
今回輪島高校の避難所には
パンの配給だけと言う状況が長く続き
自衛隊の炊き出しが入るまでに
かなりの日数を要しました
その間民間のボランティアによる
炊き出しが活躍してくださいました
その多くが
行政を通しても行けないから
直接行っていいかと
学校に申し出をしてくださった方々です
許されることではないかもしれませんが
「輪島高校の校長の要請だと言って
検問を突破して来てくれ!」
とお願いをしました
そうやって力づくで来てくださった
ボランティアの力に
輪島高校避難所は支えられていたのです
風呂も同じです
自衛隊のお風呂が設置されない
輪島高校を支えてくださったのは
ドラム缶風呂やシャワーを用意してくださった
民間のボランティアの方々なのです
東日本大震災を経験された方が
こうおっしゃっていました
「一回きりの物資の支援はボランティアじゃない
長い間住民のそばにいてくれて
一緒になってずっとオロオロしてくれる
それが本当のボランティアだ」
提案です
ボランティア団体には
真のプロと言えるような団体が存在します
そんな方々の力を
行政の都合で活用しないのは
本当にもったいないです
そこでボランティア団体を
被災地の関係者が評価するのです
ミシュランのように星をつけます
三つ星ボランティアには
緊急車両の通行証を付与するのです
本当に実力のあるボランティア団体は
煩雑な手続きなしに
即座に被災地に入れる仕組みづくりです
ボランティアに関する問題点についても
赤裸々な報告がありました
丹波水害では
カレーの炊き出しが
雨で中止になったとき
食材を買い取るよう被災者に迫る
ボランティアがいたそうです
東日本大震災の野田村では
さらにその奥地の現場に届けられるべき支援物資が
この先へは行けないという理由で
置き去りにされたそうです
中国の四川大地震のときは
80,000人の方が亡くなり
今でも30,000人の方が行方不明なんだそうです
規模が違いますね
あれから30年
地震から 384 日目
豪雨から 120 日目
30年のタイムスリップ
震災で壊滅的被害を受けた地が
30年後にどんな世界になるのか
見にきました
もし私が90歳まで生きたとして
そのとき輪島のまちは
どこまでこの光景に近づいているのか
西宮で開催されるシンポジウム
NVNAD2025プロジェクトに
招待していただきました
日本災害救援ボランティアネットワーク
NVNADさんが主催です
阪神・淡路大震災をきっかけに発足した
西宮ボランティアネットワーク(NVN)を前身に
日本全国の災害現場で
支援活動をなさっています
まず今日は慰霊碑などを視察させていただきました
「厳寒の暁 地鳴りとともに
大地は震え 街を沈めました
こよなく愛された西宮を
安心して暮らせるまちに
希望に満ちた美しいまちに
再び築き上げることを
お誓いいたします」
の言葉が
亡くなられた多くの方のお名前
「不思議なことにここにたくさんいた
外国人のお名前はひとつもないんですよ」
と教えてくださる方がいらっしゃいました
そういえば関東大震災のときも
多くの朝鮮人が
「井戸に毒を入れた」
などの根も葉もないデマのせいで
虐殺される事件が起こりました
普段くすぶっている差別や偏見が
被災に起因するストレスによって
顕在化することがあります
このへんにいらっしゃった
在日外国人の方々は
当時身の危険から
警察署の中の避難所に匿われたそうです
傍らには
「火垂るの墓」誕生の地の碑もありました
舞台がここ西宮なんですね
「火垂るの墓」のこのポスター
宙を舞う光
全てが蛍の光ではないこと
ご存知でしたか
よく見ると光の形が2種類
ぼんやりまんまるなのが蛍
少し細長いのは実は焼夷弾です
その証拠に真っ暗な空に目を移し
よくよく目を凝らすと
そこには爆撃機B29の機影が
うっすら描かれているのです
だから「蛍」の墓ではなく
「火垂る」の墓なのですね
昔は終戦記念日の頃には
毎年のようにテレビ放映されていましたが
今では地上波では放送できないそうです
劇中登場するサクマ式ドロップ
その登録商標に絡む問題が原因のようです
大学入試共通テスト
今日の結果はどうだったかな?
こちらは前日の様子
栄養たっぷりつけて
体調も万全のようです
夕食後もラウンジに集まって
最後の勉強会をしたようです
こちらはおそらく会場の金沢学院大学
3年生学年主任の奥野先生からの報告です
国際サミットの昼食場みたいな感じです
2日目も落ち着いて頑張れよ
30年前のこの日
地震から 383 日目
豪雨から 119 日目
そして阪神淡路大震災から30年目
当たる確率がそれぞれ20%と60%の占い師
あなたならどちらに診てもらいたいですか?
私なら20%の占い師を選びます
私には化学教員として誇るべきスキルがあって
大学入学共通テストの直前に
出題される問題を夢に見るというものです
しかもかなり詳細かつ具体的に見えるのです
ただし驚くべきことに
それが当たったためしは
未だかつて一度もありません
私はそれを逆手に取り
「今年はこの問題は出ないよ」
という予言に使って絶大な信頼を得ていました
20%の占い師の言うことの逆をすれば
80%の確率で当たりです
いよいよ明日から
共通テストが始まります
本校からの受験生は
みんな揃って今日バスで出発し
片道2時間以上かけて
会場のある金沢市へ向かい
ホテルで宿泊します
思えば昨年度は
緊急車両扱いの通行証を
教育委員会を通じて発行してもらい
それで何とか受験できたのでした
みんな頑張れ!
今週の【活動性を高める授業づくり】
このコーナーは
久留米大学の安永悟教授に学んだ
授業づくりのポイントを
お伝えするものです
生徒の活動主体の授業に欠かせないのが
生徒同士の対話の時間です
ところがありがちなのが
生徒のグループでの議論が白熱し
教員が一言コメントをしたくても
だれも話をやめない
そんなパターンです
しびれを切らして話を始めても
話を聞いてない生徒が何人もいて
あとで、もう一度同じ話をする羽目になる
そんな悪循環です
こんな経験ありませんか
私は何度もあります
こんな時
一瞬で教員の話に集中させるためのテクニックです
最初にこんな決まり事を作っておきます。
①先生が喋りたいときには黙って手を挙げるので
気づいた人は話を止めてを手を挙げて
先生の方を向いて座り直すこと
②誰かが手を挙げているのに気づいたら
やはり手を挙げて
その人と同じ方向を向いて座り直すこと
こうすると
大きな声で指示を出さなくても
一瞬のうちに生徒の聞く姿勢が整います
アルフィーのファン
いわゆるアルフィー中毒(アル中)の
決まり事にもあります
「ノルときはノル 聞くときは聞く」
やはり話すときと聞くときの
けじめが大切です
私はかつて授業中に
「パフ」って鳴るラッパ
(笑点のテーマソングの最後に鳴る)
あるいは
「チン」って鳴るベル
(ホンマでっか!?TVで使っている)
を採用していましたが
それよりも「お手挙げ作戦」の方が
徹底できそうです
高校生ガイドの話
地震から 382 日目
豪雨から 118 日目
年の初めには
県立学校の校長全員が集まる会議が開かれます
今日はその会議に出席しました
教育次長からは
次のようなお話がありました
昨年度のこの会議は震災の関係で
一部オンラインで行われたこと
その席上で地震からの復興に向けて
教育委員会は全力で取り組むつもりでいること
そして被災していない学校の校長も
全力でサポートするよう指示したこと
そしてそれは今年も全く変わらないこと
私はその会議にオンラインで出席しているはずですが
実はそのことを今思い出そうとしても
正直全く思い出せません
本当に参加したのかも定かではないほどです
でもこんなお話をしてくださっていたのですね
全ての高校の校長先生が
生徒の転学や一時通学に対して
本当に親身になって受け入れてくださったのは
こんなお話があってのことだったのだと
あらためて感謝の気持ちでいっぱいになりました
ビジネスコースの3年生が
高校生ガイド交流会に参加しました
現在石川県では
高校生によるツアーガイド活動を推進しています
今年度は輪島でのツアーガイドはできませんが
今後は被災地見学や防災教育に特化した
ツアーなども高校生が主体となって計画していきます
今日は松任高校の生徒さんたちと
交流会を実施しました
パリサミット報告会
地震から 381 日目
豪雨から 117 日目
報告会に先立って
未来を創る会社EQUMENOPOLISさんを訪問しました
12ヶ国からの方によるグローバル企業です
AIを活用した英会話教材を開発されています
輪島高校では今後授業の中に取り入れていくことで
その技術開発に積極的に協力していく予定でいます
パンダさん オガケンさん モモさんが
フレンドリーにお世話してくださいました
EQUMENOさんが開発している
AI英会話教材はLANGXといいます
1 能力を引き出す対話インタラクション技術
2 人の成長を促す診断技術
3 対話シナリオパーソナライゼーション技術
をコンセプトとしています
まずはグループに分かれて
LANGXのキャラクターであるインテラさんと
実際にお話ししてみました
インテラさんは積極的に質問してくれて
その回答を聞くことで
生徒の英会話レベルを即時に判断し
次の質問のレベルを調整してくれます
こちらのグループはカフェスタイルで
AI技術を活用すれば
今後英語の授業は
どのように変わっていく可能性があるか
アイデアを出し合いました
グループごとの話し合いの結果を
シェアしあいました
英語以外の言語も開発してほしい
「ゆっくり話して」に対応してくれたり
自分好みにアバターを変化できるといい
など開発への希望を出し合いました
引き続き
「令和6年能登半島地震から1年
阪神淡路大震災から30年に想いを馳せる会」
ご挨拶をさせていただきました
「あの日からもう1年が経ちました
7階建のビルが倒れるような揺れと
関東大震災をはるかに超える地面の隆起
5mを超える津波
そして街を焼き尽くす炎に
私たちは大切な家族
かけがえのない思い出を
奪われました
終戦後の焼け野原に子供達を集めて
教科書も筆記用具も何ない中
それでも学ぶことを止めてはならないと
授業をし続けた先生がいらっしゃいます
その姿を目標に
我々教員の戦いが始まりました
数ヶ月間は私は学校に泊まり込み
今日いらしゃっている山崎先生は
ずっと車の中で寝泊まりしてお仕事をされました
災害現場には
その場で判断のできる責任者を派遣する
そしてできることは全てやれと指示する
仮にそれが法に触れるようなことであれば
法改正する
それが一国の首相の責任
このようなことが東日本大震災の際に言われました
この言葉の通り
支援を待つだけでは何も進まない
自分たちで行動を起こさないといけない
そう思って今日まで歩いてきました
『上から降ってくる復興計画には
そのまま乗っかるな
自分たちの街は自分たちで創る
そんな気持ちを持て』
生徒たちにはそう語りかけています
今被災地ではさまざまな教育の課題が
浮き彫りになっています
教育格差の問題であったり
教員不足の問題であったり
しかしこれは何も災害が原因で起こったことではなく
日本全体さらには世界全体に
潜在している問題です
これらの課題に主体的に取り組む生徒の育成に
今一番力を入れています
その中の柱と言える取り組みが
OECDとの共創なのです」
そのあと
2年生の長井さんが
「これからの輪島に思うこと」
同じく上野さんが
「OECD国際サミットの報告」
岡本先生が「未来へ向かう想い」
について報告をしました
能登はいるわいね
地震から 380 日目
豪雨から 116 日目
紅白歌合戦で輪島から歌ってくださった
坂本冬美さんからお便りが届きました
心のこもった
たいへん美しい文字でしたためられています
みなさまにもご披露申し上げます
「地元の皆様にも大勢お集まり頂き
温かい拍手で盛り上げてくださいましたこと
心より感謝申し上げます
度重なる困難を乗り越えられた
力強い握手と
何事にも挫けない笑顔に触れ
逆に私の方が希望や勇気を頂きました
さらには御陣乗太鼓保存会の皆様の
魂のこもった素晴らしい演奏で
『能登はいらんかいね』を
全国の皆様にお届けすることが出来
私にとりましても
忘れられない紅白となりました
・・・
三十四年前
ミュージックビデオ撮影で
輪島から珠洲の町を歩かせて頂き
その素晴らしい風景や
町の皆様の温かさに感動したことが
鮮明に思い出され
改めて目を覆うような光景に
地震の凄まじさ
水害の恐ろしさ
自然の脅威を痛感致しました
・・・
それではまた
輪島で歌わせて頂けます日まで
私も精進を重ねて参ります」
素晴らしい歌声と
その優しいお人柄に魅了されたこと
思い出しました
放送のあとに歌っていただいた「風に立つ」
冬美さん自身
悲しくてつらくてどうしようもないときに
つくっていただいた大切な曲だそうです
「朔風が吹いても
向かい風吹こうとも
たじろがずくじけずに
前だけ見つめ行くがいい
泥にまみれて涙流しても
こころに錦の花をもて
そうさ人生やるっきゃないさ」
以前このブログで
演歌は好きになれない
みたいなこと書きましたが
とんでもない
心に響きました
音楽にはジャンルなどない
すばらしいものはすばらしい
心からそう感じた瞬間でした
今
外では
御陣乗太鼓を思わせる
冬の雷が鳴り響いています
今日の【商売ことはじめ】
昭和23年
戦災で焼け野原となった博多の街に
小さな食料品店が生まれました
お店の名前は「ふくや」
戦時中の幼少期を韓国で過ごした店主は
そこでの庶民の食べ物「たらこのキムチ漬」
その味が忘れられず
味を再現し売り出します
なんだか祖国タイで見た
海辺の映画館が忘れられなくて
被災地の皆に見せてあげたいと
がんばっているナタ君みたいです
タラコとはすけとうだらの卵
昔
中国が明(みん)と呼ばれていた頃
その近海でよく獲れたことから
すけとうだらのことを
「明鯛(みんたい)」
と呼んでいました
「明鯛」と書いて「すけそう」とも読みます
もう漢検一級レベルですね
こうやって作られた「明鯛子」
店主は細々と商売をしながら
その製法を惜しみなく
博多の人々に伝えました
昭和50年
新幹線が博多まで延伸されることになったとき
博多名物として何を置こう?
そうだ!明太子だ!
こうして爆発的なヒット商品となるのでした
逆境の中でこそ新しいものが生まれます
今「街プロ」で生徒たちが作り出しているもの
この先どんな進化を遂げるか楽しみです
商売ことはじめ
地震から 379 日目
豪雨から 115 日目
NHK大河ドラマ「べらぼう」
昨日は蔦屋重三郎と平賀源内の
出会いのシーンが描かれていました
平賀源内といえば
エレキテルを作った人と
学生時代に学びましたが
そもそもエレキテルが何かもわからず
ピップエレキバンみたいなものだろうと
勝手に解釈していました
当時は今みたいに
Google先生とかYahoo先生がいないので
自分で調べる術もなく
そこで40年以上ぶりに調べてみると
なるほど発電機なのですね
しかも源内オリジナルではなく
西洋にその原型がありました
しかも西洋では
電気治療機として使用されていたとか
エレキバンもあながち
間違いではないなと
エレキテルを現在の生活で使っている方は
皆無かと心得ますが
源内が始めたことで
現在もなお続いているものがあります
あるお店の店主から相談を受けます
「こんなに暑くちゃ商売あがってりでぃ」
「じゃあよ こうするのはどうだい?
昔から丑の日にゃ「う」のつくもんを喰うと
からだにいいって云うじゃねえか
そしたらよ
土用の丑の日に「ウナギ」を喰えば精がつくって
世間に宣伝すりゃいいんだよ
べらぼうめ」
源内は江戸時代にすでに現代の
「恵方巻き」商戦や
「ブラックフライデー」商戦のようなものを
仕掛けていたんですね
源内のアイデアで始まった
土用の丑の日のウナギ喰いの習慣
今でも脈々と続いています
このように今は当たり前であっても
その発祥を調べてみると
意外な物語が流れていたりします
「街プロ」の参考にもなるので
これから少しずつ紹介してみようと思います
調理室に水が来た!
地震から 378 日目
豪雨から 114 日目
先日一年ぶりに調理室が通水しました
家庭科の山上先生からの報告です
水が出た瞬間「おおーぉ〜」という歓声があがりました
当たり前のことができる喜びを生徒たちと分かち合いました
この間いろいろ工夫して調理した経験は
彼らにとって生きる力になると信じています
授業後「先生〜ありがとう〜」と笑顔に去る後ろ姿に
教職のやりがいを感じました
これまで長い間調整してくださった
教育委員会の方々
本当にありがとうございました
今日は成人式2日目
今年成人になられた方々です
私が校長になって
初めて卒業証書を手渡した生徒たちです
教頭時代1年生の時に授業を担当しました
明るくて元気で楽しい学年でした
2年生になる時に転勤となりますがその時
「校長になって来年帰って来てね」
と言ってくれた生徒たちです
約束どおり卒業式の日に
送り出すことができたのです
みんな凛々しいイケメンですね
「先生俺約束守ってます」
と声かけしてくれた生徒が…
彼は卒業時に
「俺ユーチューバーになります!」
頑張ってます
「時事ネタれいれい」で検索を
輪島高校の当時の担任の担任の先生方からの
ビデオメッセージも流れました
みんなとっても綺麗です
今日も昨日に引き続き
プリプリの京子ちゃんと
TUBEの角野さんと一緒に演奏です
演奏前に京子ちゃんから
「頑張ろうね」ってメンバーにガッツポーズ
被災地に来てくださる著名人の方は
どの方も偉ぶったところが全くなく
皆さん本当に優しくお声をかけてくださいます
一年越しのおめでとう
地震から 377 日目
豪雨から 113 日目
輪島市では今日から二日間にわたって
「20歳の集い」が開催されます
今日は
本当は昨年開催されるはずだった方の分
一年越しの開催となりました
式典前のアトラクションで
輪島高校吹奏楽部が
輪島吹奏楽団や市内3つの中高と合同で
お祝いの曲をプレゼントしました
TUBEのベーシスト角野秀行さん
プリンセスプリンセスのドラマー富田京子さんが
一緒に演奏してくださいました
今回繋いでくださったのは「海さくら」さんです
本物の演奏をバックに
新成人たちが
「ガラスのメモリーズ」と
「ダイヤモンド」を歌いました
写真右奥が角野さんと富田さんです
私もクラリネットで参加しました
式典後は場所を変えて
おふたりと海さくらさんから新成人に
お酒が振る舞われました
r
成人式が初めて行われたのは
終戦の翌年昭和21年(1946年)のこと
国全体が敗戦による混乱と虚脱感で
明日への希望を見いだせずにいた中
次代を担う若者たちを
勇気づけ励まそうと企画した「青年祭」
その催しのオープニングセレモニーが「成年式」
つまり「成人式」なのです
このことは
蕨市公式ウェブサイト
「成人式発祥の地のまち蕨」に詳しいです
一昔前「荒れる成人式」が問題となっていました
飲酒運転で暴走したり
市長挨拶の途中でステージに乱入したりと
上から押し付けの式典への反発なのか
単に目立ちたいだけなのか
北九州市はド派手成人式が有名ですが
ド派手にしてから
成人式が荒れないようになったそうです
逆転の発想ですね
あるレンタル衣装さんの発想だそうですが
素晴らしいアイデアです
当初は周囲から眉を顰められたそうですが
今では世界四大コレクションのひとつ
「ニューヨーク・ファッション・ウィーク」
で紹介されるほどに
荒れた成人式とはいえ
盗んだバイクで走り回り
校舎の窓ガラス壊して回った世代に比べると
かわいいもんです
若者の犯罪数
感覚的には増えているような気がしますが
実は激減していて
逆にパワハラが圧倒的に多いのは
60代の盗んだバイクで走り回った世代だったり
カスハラが圧倒的に多いのが
70代のヘルメット被ってデモしていた世代だったりします
それでもそんな無茶しても髪を切れば
今のようにエントリーシート何枚も書く必要もなく
当時はちゃっかり就職できたわけです
就職氷河時代に不採用を連発していたのが
当時人事権を握っていたヘルメット世代の方なので
何か理不尽さを感じます
年金が少ないと新幹線に火をつけた老人もいましたね
テレビのインタビューで
「年金が全てローンに消えてしまって足りない」
と嘆く老人を見ましたが
未分不相応の買い物して
勝手にローン組んだのはあなたでしょ
現役時代に自分が収めた分より多くの金を
一生懸命働いている若者から搾取しておいて
何を言う
という気がします
これから年金を受け取る入口に立っている私は
こんなこと考えています
自分は命があって寝る場所があって食べ物があれば
他には何の贅沢も要りません
1年間の被災地での家のない暮らしを経験して
今そのことを実感しています
だからご同輩
自分たちの年金少しだけ我慢して
子育て世代への手厚い支援
あるいは教育や研究にもっと予算を回しませんか
こういった世の中の理不尽に向かって
対策に取り組むことのできる
そんな若者を育成したい
これも「街プロ」の目的だったりします
12日(日)は
今年度成人を迎える方をお祝いします
求められるアナログ思考
地震から 376 日目
豪雨から 112 日目
上から降ってくる復興計画にそのまま乗っかるな
僕らの街は僕らが創る
輪高生による街づくりプロジェクト「街プロ」
昨日のNHKさんも含め
最近多くのマスコミの方に
取り上げていただくことも増え
生徒にとって大きな励みとなっています
ありがとうございます
このブログをしっかり読んでくださっていると見えて
具体的な質問をしてくださる方が多く
一つひとつ丁寧にお答えしなければと思い
誠心誠意対応させていただいております
一方で
「おい この輪島高校の『街なんとか』取材して来いよ」
「なんすか?それ?」
「知らねえよ よそで扱ってるからさ
うちだけ載せねえ訳にいかねえだろ」
「わかりましたよ やれやれ」
そんな会話があったのか知りませんが
明らかにテンションの低い取材の方もチラホラ
そんな方が決まってする質問ふたつ
(1)始めたきっかけはなんですか?
その答えはこのブログにずっと書いてますが
たくさんありすぎて一言では言い尽くせません
あえて一言で言うなら
「やりたいから」
(2)何を目指していますか?
あらかじめゴールを設定してしまっては
生徒の可能性を奪います
あえて一言で言うなら
「何も目指していません」
本日の毎日新聞に
石井洋二郎東京大学名誉教授の
インタビュー記事が掲載されていました
「求められるアナログ思考」
と題したその記事には
『思考方式がデジタル化している』
若者たちの思考の移り変わりを
まず心配していらっしゃいます
前述の
マスコミのふたつの質問は
まさにそのことを象徴しています
『ある情報が役に立つか立たないか
二項対立で物事を捉える』
とりあえず「きっかけ」と「ゴール」を聞けば
それで記事にはなりますもんね
下調べもせずにとりあえず取材に来て
短時間で切り上げたい
そんな意図が見え見えで
一気にインタビューに応じる気の失せる
質問なのでした
とはいえ多くの取材の方は
しっかり被災地に寄り添って
今でも記事にしてくださり本当に感謝です
氏は続けます
『デジタル時計は
1時から急に1時10分になるけど
そこに“間”がない
0でも1でもない“間”が思考の本質で
ものを考えるとは“間”を埋めること
0と1の間で迷ったりためらったりする
粘り強いアナログ的な思考が
今は求められている』と
考える過程を省く
世の中に関心を持つことなく諦める
こうした態度を乗り越えて
「自分たちでも社会は変えられる!」
ということを実感させること
これが「街プロ」を
始めたきっかけであり
目指すゴールです
凡人・賢人・達人と偉人
地震から 375 日目
豪雨から 111 日目
家をなくして
学校の設備もほとんど使えなくて
それでも前を向いて
不平不満を口にせず
いますべきことに取り組む生徒がいます
目指せ冬休み◯◯時間!
自分で目標を定め
それに向かって学習する取り組み
今日その目標達成者への
表彰式が行われました
最高の生徒で80時間
大晦日やお正月も含めて
1日7時間ほど頑張ったことになります
本当によく頑張りました
こんな言葉を贈りました
「凡人は不満を嘆く
賢人は不満に学ぶ
達人は不満を活かす
偉人は不満すら楽しむ」
今日は木曜日
今年も木曜日は「街プロ」の日です
今日はNHKの撮影も入りました
放送をお楽しみに
写真はナタくんです
海辺の映画館をつくろうと
ひとりで頑張っています
何度も諦めかけながら
それでも確実に前に進んでいます
昨年末に公費解体後の空き地での
上映会を実現
そして今回ついに
マリンタウンでの上映会にこぎつけました
現在悩んでいるのは
ブルーシートを敷いたとしても
お客さんのお尻が痛いこと
クッションや座布団を大募集しています
壊れた家の中に不要になったものないですか
ぜひ輪島高校までお持ちください
あるいはご連絡くだされば取りに伺います
ナタくんの夢の実現のために
どうかお力をお貸しください
ビジネスコース3年生の卒業制作です
被災地の瓦礫を転生させて
校庭に置くベンチを制作しています
お世話になった
でも傷だらけの校舎に
自分たちの心のこもった置き土産
1年生からも希望者が加わっています
大成建設さんのご支援を受けながら進めています
前回3つのグループごとにデザインしたベンチの
1/20スケールのモデルが届きました
今日はそれを手に
どんなコンセプトで設置するのか
キャッチーなコピーを考えました
NHKで
能登半島地震1年 被災地からの声 復興の行方
が放送されます
10日(金)午後7:30 <東海北陸7県向け>
の予定です
ぜひご覧ください
【今週の6ケ国転校生ナージャの発見】
ナージャにとって
昼食時間も驚きの発見の連続です
ナージャは日本の給食の大きな欠点を指摘します
それは多様性を許さないこと
彼女はベジタリアン
肉エキスさえ許されないので
日本の給食で口にできるのは牛乳だけ
一年間お昼は牛乳だけで過ごしたそうです
私も今回の震災で
小学校の給食制度のあり方に
疑問を持ったことがあります
輪島高校校舎に市内の小中学校
全ての生徒が通っていた頃
ヤクルトさんが
差し入れを持ってきてくださいました
ヤクルト1000
全員×1週間分です
私はありがたく受け入れたのですが
小学校からは拒否
乳製品アレルギーが問題のようです
結局高校生と先生方にお配りしたものの
捌ききれず大量廃棄処分に
ヤクルトさん
私の無知が故に
せっかくのご好意が悲しい結果となり
申し訳ありません
実はこの謝罪
本ブログに一度アップしたのですが
せっかくくださったヤクルトさんを
がっかりさせるような記事は
わざわざアップする必要がないのでは?
というある先生からのご指摘を踏まえて
即刻削除したものではあります
持って帰らせて
おうちの人の監督の下で飲むとか
何か方法がなかったかな?
ずっと悩んでいます
でもきっとこれまで
いたたまれない事故などがあって
今の制度になっているはずなので
よくよく調べてから
提案すべきことがらなのかなと
感じています
しかしながらこのあたりも
多様性を許さない日本の給食制度に
問題があるのかもしれません
フランスでは
小学校にカフェテリアがあるのですが
利用する生徒はほとんどなく
みな家へ帰って家族と一緒に
食べるのだそうです
両親にも長い昼休みがあって
その時間は家に帰ります
イギリスでは弁当と給食を選ぶことができ
アメリカではメニューを見て
給食を食べるか食べないか選択できるのだそうです
昼食ひとつ見ても
各国の事情が垣間見れて楽しいです
コミュニケーションあれこれ
地震から 374 日目
豪雨から 110 日目
豪雨からはや110日目ですか
ところで
警察の電話番号を110番に
消防署の電話番号を119番にした理由
高校生のみんな
どうしてだと思いますか?
ヒントは今の電話とは違う
昔のダイヤル式電話に関係があります
これ
地震でダメになった我が家にあったので
拾ってきました
どなたか欲しい方おいでます?
高くお譲りします
さてどうやって使うかわかります?
高校生諸君に説明してあげるね
1から0まで数字が丸く並んでいる内側に
大きな円盤がついているよね
これをダイヤルというんだ
ダイヤルには10個の穴が空いていて
それぞれ1から0に対応している
穴に指を入れてダイヤルを回転できるんだ
スマホだとかけたい番号に
タッチするだけでいいけど
ダイヤルでかけるには
その番号の穴に指を入れて
時計回りに回す
おーっと
時計回りがわからないか
デジタル式の時計しか目にしたことないと
仕方ないね
時計回りって右回りのことだよ
上のある物が右の方へ来るように回転させる
それが右回りすなわち時計回り
えっ
右ってどっち?
広辞苑を調べてみろ
確かちゃんと左の逆って書いてあるはずだ
左を調べると右の逆って書いてある
とにかくダイヤルの右下には
ストッパーがついていて
そこで止められるまで
ダイヤルを回して指を離す
そうするとバネの力で
ダイヤルは元の位置に戻る
1はストッパーまで距離が短いのに対して
9や0は遠いよね
つまり戻るまでに時間がかかるんだ
警察や消防に連絡する時は
一刻を争う時だから
まずはすぐに戻る1を二つ並べて
最後の一つは
戻るまでに時間のかかる0や9
かけた人が一息ついて落ち着くように
してあるんだって
ふー
いかがです
育った年代が少し違うだけで
当たり前と思っていることが
相手にとっては
必ずしも当たり前ではない
これが授業の難しさ
一般的にいうと
コミュニケーションの難しさです
活字になるとさらに
ややこしくなったりします
私の苦い経験です
友達と遊んでいた娘から
「少し帰りが遅くなる」とメール
返信のメールの最後に
あんまり遅くならないように
と言うつもりで軽く
「はよ帰って来いや」
と付け加えました
「や」にアクセントを置いて
読んでもらうつもりでした
ところがまもなく娘が帰宅して
カンカンに怒っています
「せっかく楽しく遊んでいたのに」
どうやら「来い」にアクセントを置いて
読んでしまったようです
「あなたが悪いんじゃない」
このフレーズも
読み方を変えるだけで
全く意味が変わります
語尾を下げて読むと
あなたは悪くないと
庇った意味になりますが
語尾を上げて読むと
あなたが悪いと
責める意味になります
部活動の練習で
「やる気のないやつは出て行け!」
やる気を出せと言う意味で叱っても
受け取る方にしてみたら
「出て行け」と言われたことだけ
心の傷となって残ります
保護者は当然不信感を抱きます
家庭と学校のトラブルは
ほとんどがこのような
ささいなすれ違いから生じます
末娘が輪島高校を卒業するのと入れ替えに
私は教頭として赴任しました
先生方が職員室で生徒のことを話すとき
「あいつら」「やつら」
と呼んでいるのを耳にしました
18年間大切に育ててきた娘がこんなふうに
「やつら」呼ばわりされていたのかと思うと
悲しくなりました
でもよく考えてみると
自分も若い頃は
「あいつらバカだよねー」
確かに口にしていました
決して悪気はありません
親しみを込めてのものです
でもたとえ生徒との間に
信頼感が生まれた後であったとしても
保護者がそれを耳にしたら
やはり違和感を覚えます
自分で子供を育ててみて
はじめてわかった事でした
我々教員は
普段から言葉遣いに
細心の注意を払う必要があります
今日の昼休み
先生方を臨時に招集して
このような注意喚起をしました
あんまり偉そうに
他人のこと言える立場ではないのですが
若い頃先輩の先生から
こんなことを教わりました
「生徒を殴りたいと思うほど
怒りがこみ上げてきたら
その生徒を
校長先生の子供だと思いなさい
よくぞ殴ってくれたと
あとで校長先生に感謝されると思ったら
その時は遠慮なく殴れ」
今は決して殴ってはいけませんが
この教えは今にも通じるものがあります
どうか先生方
よくぞ言ってくれたと
校長に感謝されるような
叱り方をしてください
今日から新学期
地震から 373 日目
豪雨から 109 日目
私は3年前
校長に就任した最初の1学期始業式で
生徒に約束しました
「日本一挨拶の短い校長になる!」
始業式のあとで
今の3年生の入学式が行われたので
このときの約束を知る生徒は今はいません
その後震災が起こって
何が何やらてんてこまいしている間に
いつの間にか約束もうやむやになってしまい
なんだか徐々に話したいことも増えたりして
これではいけないと思い直している昨今
あけましておめでとうございます
今日は3学期の始業式が行われました
校長挨拶
「今年はきっと去年よりいい年になる!
だから元気に笑顔で!
終わり!」
(31文字:びっくりマーク含む)
どうだ!
約束思い出したぞ
課題テストのあとは
さっそく授業です
ビジネスコース1年生は
木村先生の商業
先生どこにいると思います?
生徒をいっしょに着席して
一緒の方向を向いて
生徒に寄り添いながら説明しています
これだと生徒が何しているか
しっかり把握できます
わからなくて手が止まった生徒にも
すぐフォローできます
ICT機器をうまく活用すれば
教師は必ずしも黒板の前に
張り付いている必要はないということです
実は別の教室では残念な授業も・・・
先生が黒板の前から一歩も動かず
一方的に説明するもんだから
パソコンを開いて
やっているふりをしながら
「春高バレー」の動画を見て
楽しんでいる生徒がいました
普通科1年生
この普通科って言葉
問題になっているようですね
じゃあそのほかの科は普通じゃないのか?
って話です
「普通て何?」
いずれ呼称が改変されると思います
山下先生の保健では
カードを使ってグループごとに
活動していました
普通科2年生は奥野先生の社会
奥野先生は楽しく授業を進める研究に
本当に熱心です
「2025年 今年はどんな年?」
クイズ形式で近代史を学びました
今年は阪神タイガース創立何年でしょう?
こちらも普通科1年生
山﨑先生の情報です
今年から大学入試共通テストに
教科「情報」が課せられるということで
1年生のうちからしっかり対策です
おやおや
おやすみモード ZZZ の生徒がひとり・・・
教室に潜入
起こしてあげました
なんでも昨晩テスト勉強のために
オール(徹夜)したのだとか
7限目で力尽きたのですね
数年前はお恥ずかしい話
教室にじっと座っていることができず
授業中トイレに立つ生徒が後を絶たず
奇声を発する生徒もいて
一生懸命学習する生徒が
かわいそうな状態でした
今日は教室を一回りしても
さっきのふたりだけ
「春高バレー」さんは
気づかない(あるいは黙認している?)
教師側に問題があるし
「おやすみ」さんは
昨晩がんばりすぎ
震災後の生徒の授業に対する姿勢の
変わりようには正直驚かされています
まさに Posttraumatic Growth です
時事通信社さんが
本校の東北復興研修ツアーの様子を
報道してくださいました
https://www.jiji.com/jc/article?k=2024122800089&g=soc
【今日のありがとう】
名古屋市立西陵高等学校のみなさん
かわいい支援物資送ってくれてありがとうね!
株式会社「鳳山」の 丹羽 昭尋 様
みんなの図書館のご提供ありがとうございます
芸術家 大志 様
万博オープニングイベントに向けて着々ですね!
株式会社「楽ドラ」代表取締役 山田かれん さま
速読の本の提供と講演会ありがとうございました
中川 泰 校長先生はじめ熊本県立第一高等学校のみなさま
津波サミットでお会いできて嬉しかったです
大阪府立高石高等学校の村田先生 北岡様
水上バス 生徒大喜びでした!
丹野 純一 校長先生はじめ福島県高等学校長協会の先生方
メッセージ集 大きな力となりました!
国際文化フォーラムの 長江 春子 さま
ダンスのご指導それから本校へのご来校ありがとうございました
フォースタートのみなさん
迫力満点の車いすバスケ 勇気をもらいました
上越教育大学の 浦野 結太くん
卒論がんばって!期待してるよ!
※このコーナーでは昨年1年間で
ご支援いただいた方々に
年始ご挨拶を兼ねて
順にご紹介させていただいています
なにせバタバタしていた中
記録があいまいで
「うちの支援の内容違う!」とか
「うちは支援したのに紹介まだか!」
といったお叱りございましたら
お教えいただければと存じます
このコーナーはまだまだ続きます
全ての現象には理由がある!
地震から 372 日目
豪雨から 108 日目
今朝ほど穴水から輪島へ向かう県道の
熊野トンネル付近で11台が絡む
追突事故がありました
今朝は放射冷却で
かなり温度が下がっていました
被災地支援のため全国からいらっしゃっています
お気をつけてください
我々雪国のドライバーがこんなとき
減速しているポイントを3つ
ずっと凍っていると
注意してゆっくり走るので
さほど事故は起きませんが
気をつけるべきは
他は全然凍っていないのに
突然そこだけ凍っているスポットです
①橋の上
下を冷たい風が通っているので
他のところはなんともなくても
突然橋の上だけ凍っていることがあります
②トンネルの出口
出口が風下にあると
トンネルを吹き抜けてきた風が
断熱膨張でいきなり温度が下がるため
路面がそこだけ凍結していることがあります
③南に山
陽があたらず一部だけ突然凍っています
今日の事故現場はこの三つを全て満たす上に
大きなカーブの下り坂
新聞取材に応じた地元の方が
「ここはよく事故が起こる」
とおっしゃっていました
そう聞くともしかして呪われている?
なんていう人もいますが
すべての現象には科学的な理由がある
福山雅治さんの「ガリレオ」みたいですね
とにかくゆっくりゆっくり
時速30kmでも止まらない時は止まりません
今日は石川県立高校の志願者心得が発表される日
地元中学校に配布して回ってきました
最近能登半島の外浦を繋ぐ国道249号線が
なんとか通行できるようになったので
ついでに現状リポートをします
現在は工事関係者と地元住民しか通れないので
どのマスコミにも公表されていないリアルな現場です
まずは町野方面
以前私と一緒に町野高校にお勤めだった方に
特別お贈りするつもりで写真貼ります
まずは歓迎会でお世話になりました
「のとかん」です
隣の川には上流から流れてきた流木の山
「垂水の滝」も崩れて
こんなに低くなってしまいました
「今新」から「八世乃洞門」を望む
映画「忘却の花びら」の舞台です
新しく隆起してできた砂丘
こんなに広くなりました
これ元窓岩です
ハート形のでかい岩がバランスよく乗っかって
これはこれで人気が出そうです
どこかわかります?
よく採点合宿などしましたね
曽々木館のあったところです
そして町野高校跡地
今では災害ゴミ置き場です
隆起海岸に造った新しい道
美しく気持ちのいい
天につながっていくような感覚がします
続いて門前方面
地震のあとようやく開通した中屋トンネルが
水害でふたたび壊滅的被害に
昔の林道を整備してようやく通れるように
こんな山道分け入っていきます
まるでまんが日本昔ばなしです
左右に崖崩れ 路面はでこぼこ
まるでビッグサンダーマウンテンです
路肩には倒れた電柱がのしかかり
手に届くほどに
開通したとはいえ大変な状況です
それにしても
よくここまで通れるまでになったものだと
工事関係者に心の底から敬意です
親しくさせていただいている
MROの原田幸子アナウンサーから
素敵な写真をいただきました
メタセコイアの種でこしらえた
自作アートだそうです
そしてこちらは金澤神社
すがすがしいお正月です
原田さんは
先日紅白歌合戦でキャスターを務めた
高畠菜那さんの
アナウンサー学校時代の恩師だそうで
教え子の晴れ姿を
感動しながら
ごらんになっていたそうです
自分は「教師」は
未来を創る仕事だと誇りを持っていますが
アナウンサーも同じです
こうして新しい世代に
希望を託していくんですね
TSUTAYA
地震から 371 日目
豪雨から 107 日目
29日からの紅白の準備と中継
撤収作業の後そのまま学校で
NHK別のクルーの元旦の撮影
その後発熱した家族の看病
挙げ句の果てに自分も知恵熱
なんとも退屈しない年越しでした
今は胃と背中以外はどこも痛くない
いたって元気な明日の仕事初めです
さてさて紅白といえば
あのときのネクタイがおしゃれだ
どこで買ったのだと
さまざまな方面から
お問い合わせいただいているので
ご紹介させていただきます
私としては
ブラウン管の向こうで誰か気づくか
試してやれと遊び半分でやってみたのですが
さすがファッションに敏感な方は
見てくださっているものです
着用したのはこんな感じ
イオンのシャツ屋さんで買った
リング込みで1,800円くらいの
とてもリーズナブルな
白とゴールドのおめでたい感じのものです
本来こんな感じで
結ばずにリングで留めるタイプのものです
卒業式とか入学式とか
おめでたい日にいいかなと買いました
実は結び方に工夫があって
エルドリッジノットという
ちょっと特殊な結び方をしていたのでした
NHKといえば
今日から新しい大河ドラマ
「べらぼう」が始まりましたね
写楽や歌麿を世に出した
横浜流星さん演じる江戸のメディア王が主人公
自分が生まれ育った吉原
そこをなんとかしようと
知恵と工夫でなんとかしようとする
蔦重こと蔦屋重三郎の物語です
最近は何でもかんでも
被災地で踏ん張っている
自分たちに重ね合わせて見てしまいます
現代のTSUTAYAはその血筋か?
と思って調べてみたのですが
どうやら直接関係はなさそうです
でも社名をつける時に
あやかりたいという思いは
あったかもしれませんね
今日のシーンでは
老中田沼意次に蔦重が直接
吉原を救う懇願をするシーンが
私たちが中高生の頃は
田沼意次といえば
賄賂ばっかりもらっている
天下の悪老中と習いましたし
今日も賄賂を受け取るシーンが描かれていました
ところが最近の調査では
その評価が大きく変わりつつあるそうです
非常に優れた経済観念に基づいた政治手腕が
高く評価されています
本作品では渡辺謙さんが演じています
今日のシーンでは
蔦重が意次に吉原を救うよう懇願しても
けんもほろろに断られます
その理由はと聞くと
吉原だけでなく江戸の町全体の繁栄を願った
それはそれはスケールの大きなものでした
そして
「他人に物を頼む前に
お前は自分で何かしたのか!」
この言葉は我々被災者が
常に心得ておくべきことでもあります
私が偉そうにいう前に
多くの方がこのことを実行なさっています
だからこの街はきっと大丈夫
さてこの言葉を浴びせられた蔦重は
何か閃いたようです
次週以降が楽しみですね