校長室より「おこらいえ」

麻雀は人生だ!

地震から 393 日目

豪雨から 129 日目

 

麻雀ほどその人の

人となりが現れるものはなくて

打ち方を見ると

その人の人生までが見えるようで

だからこそハマる人が多い訳で

 

かく言う私は

ことのほか麻雀が弱いです

人生の成功者とは程遠い打ち方をします

 

コンピュータ相手ならそこそこ戦えますが

対人間となると

たちまち弱点を露呈してしまいます

 

理由はふたつあります

 

まずは

気が小さくて「ロン!」と言えない問題

 

誰かが当たり牌を切っても

「ここでそれを切るとは

 勝負に来たな

 かなりいい手なんだろうな

 索子で染めてるな

 混一色あるいは清一色

 もしかして緑一色もあるな

 それに引き換え

 自分は断么平和

 なんてしょぼい

 こんな手で上がったら

 気を悪くするだろうな」

うだうだ考えているうちに

次の人がサッサとツモりだし

「あ…上がれなかった」

 

もうひとつは

手を広げすぎ問題

 

昔から目の前に転がるチャンスには

なんでも飛びつくタイプで

回転寿司では

流れてくる寿司を全て食べたくなります

最近では回転寿司でも

タッチパネルで注文するシステムなので

重宝しております

 

なので気がつくと

三色一通二盃口を本気で狙って

結局上がれないパターンがいつもです

 

熟考の上スパッと決断するのが

麻雀の猛者であるなら

何も考えずに決断して

あとからグジグジ考える私は

限りなくギャンブルには向いていない人間です

 

「石橋を叩いて渡る人」

入念な準備をして

決断したら思い切って行動する

こうありたいものです

 

「石橋を叩いても渡らない人」

諦める勇気を持っている人です

ときにはこんな決断も大事です

 

「石橋を叩きすぎて壊す人」

何にでも否定的な意見を言う人

ちょっと苦手なタイプです

 

「石橋を壊して造る人」

既存のものをぶっ壊して

自分で新しいものを造る人

何人かこんな校長先生にお仕えしてきましたが

自分は到底その域に達することはできません

 

私は

「石橋に気づかず泳ぐ」

タイプです

石橋があるか確認もせずに

勝手に泳ぎ出して

あとから

「あ!?あんないい石橋あったんや」

 

向こう岸まで辿り着いていればいいのですが

大概は流れに戻され元の場所にいる

なんのために泳いだんや?

こんな感じです

 

でも自分で決断して泳ぎ出して

そんな中でいろんな困難にぶつかって

たとえ元の場所に戻されても

流されている間に

ぶつかってきた

ゴツゴツの岩や流木のことは

決して忘れません

 

新しい学習指導要領で重視されている

「探究」の狙いはこんなところに

あると思っています

 

先日講演をしていただいた

三谷産業様から提案がありました

 

質疑応答の際に質問をしたふたつのグループ

ひとつめは

「ジムを造りたい」

ふたつめは

「再生可能なエネルギーでまちを照らしたい」

 

今日その解決策のアイデアをいただきました

「ジム」でのトレーニングの運動エネルギーを

電気エネルギーに変換することを考えては?

 

全く異質のふたつを組み合わせるだけで

新しいイノベーションを生み出すことができる 

素晴らしい発想です

日本ちゃちゃちゃ

地震から 392 日目

豪雨から 128 日目

 

MUFG ALL STAR GAMES 2024-25

バレーボールのオールスター戦が

石川県を会場に開催されました

 

 

 

 

 

 

会場は「かほく市総合体育館」

通称「とり野菜みそ BLUECATS ARENA」

とり野菜は石川県のソウルフード

ちなみに「とり野菜」の「とり」は

「鶏」でも「鳥」でもありません

野菜や栄養をたっぷり摂るという意味

つまり「摂り野菜」なのだそうです

 

かほく市のまつやさんの製品で

江戸時代に北前船の廻船問屋を営んでいた

初代当主が船上食として考案した鍋みそがルーツです

 

そしてこのアリーナは

バレーボール女子Vリーグディビジョン1の

「PFUブルーキャッツ石川かほく」の

ホームアリーナとしても使用されています

 

 

 

 

 

 

昨年度体育館が使えない本校の

球技大会の会場としてお借りした場所でもあります

 

 

 

 

 

 

会場内にはスモークが焚かれ

ボルテージは最高潮に

 

 

 

 

 

 

本校男子バレーボール部員が

大会運営のお手伝いをしました

 

 

 

 

 

 

そして顧問の宮下先生が

なんとラインズマンを務めました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生で見たオールスター選手は

空を飛んでいるように見えました

 

チャレンジも生まれて初めて生で見ました

 

チャレンジと聞くとどうしても

悔やみきれない思い出があります

 

地震による建物被害認定の

チャレンジ制度の思い出です

 

今回の能登半島地震では

被害の大きい方から

「全壊」

「大規模半壊」

「中規模半壊」

「半壊」

「準半壊」

「一部損壊」

の6段階で判定されました

 

判定によって

義援金や補助金の額が

大きく変わります

 

迅速に判定しなければいけないので

判定士の方がとりあえず外見で判断していきます

ところが見た目は大丈夫でも中に入ると

被害がとてつもなく大きいケースがあります

 

そのときにチャレンジするのです

 

そうすると建物内部に入り込んでの

再検査になります

 

チャレンジ成功すると

段階が引き上げられます

ただし再検査にはかなりの時間を要します

 

チャレンジ失敗して

段階引き下げのケースもあるので

何でもかんでも

チャレンジすればいいものではありません

 

我が両親の家は「半壊」の基準を受けました

ただし内部はポッキリと二つに割れ

四方の壁も割れて

どう見ても「全壊」状態でした

 

ただし隣の家に一部寄りかかった状態でしたので

隣人からは一刻も早い解体を迫られていました

それで泣く泣くチャレンジを諦め

早期公費解体したのでした

 

解体した家には

価値のある昭和32年発行の十円玉があったはずで

せめてそれだけでも潜り込んで拾っておけばよかったと

昨日放送されていた高価な硬貨に関する番組を見て

思い出しました

 

みなさん

令和に発行された一円玉は

一個3000円で取引されるそうですよ

お財布の中チェックしてみては?

戦後と被災後のサツマイモ畑

地震から 391 日目

豪雨から 127 日目

 

日本航空高校石川さんが

春の選抜出場を果たしました

おめでとうございます

 

お祝いを申し上げに

グラウンドを訪ねました

こんなに雪深い地です

さまざまなハンデを乗り越え

勝ち取った栄冠です

本当におめでとうございます

被災地を元気づけるプレイ期待しています

 

 

 

 

 

 

今日は

徳島の独立リーグで

プロ野球選手を何人も輩出しているコーチを招いて

講演会をしていました

輪島高校からも投手陣が参加していました

 

19世紀のイギリス

パブリックスクールで

ラグビーを通した

自治の精神と自己規律化を目指した教育が行われ

スポーツが娯楽から教育活動に引き上げられました

 

このような内容を含め

まずは心の持ちよう

人としてのあり方について

じっくりとお話をなさっていました


JRC部の3人がこども食堂のボランティアをしました

JRCとは青少年赤十字(Junior Red Cross )

いのちと健康を大切にし

地域社会や世界のために

奉仕することを目的に活動しています

 

 

 

 

 

 

今日はサツマイモを使ってのスイーツです

これは毎年老人ホーム慰問に

持って行っているものです

サツマイモは

地震によってヒビが入ったり傾いたりした校庭で

自分たちが育てたものです

 

場所はふれあい健康センター

火災のあった朝市地域の我が家に

最も近い避難所のあった場所です

私の両親も足の踏み場もないこの場所で

しばらくお世話になっていたなと

 

すっかり綺麗に片付いた部屋を見ると

遠い過去のような

現実と夢の狭間を行ったり来たりしていたような

不思議な感覚です

 

一昨年本校は創立百周年を迎えました

その際いろいろ歴史を調べたのですが

戦時中

グラウンドをサツマイモ畑にして

地域の人のために役立てていたそうです

 

およそ80年の時を超え

同じようなことをしていることに

なんだか感慨深いものがあります


おもしろい早口言葉を見つけましたよ

「蛸が鷹と闘ったが(たこがたかとたたかったが)
 蛸が勝ったか(たこがかったか)
 鷹が勝ったか(たかがかったか)
 わからなかった中(わからなかったなか)
 歯がガタガタな方が(はががたがたなかたが)
 鷹が勝ったと(たかがかったと)
 片言で語った(かたことでかたった)」

「脳に効く早口言葉」(サンマーク出版)より

 

「東京特許許可局から
 京都特許許可局へ来た客は
 よく柿食う客だ」

「坊主が屏風に上手にボーっとしたポーズの
 ヌードの坊主の絵を描いた」

こんなのも昔ありましたね


I think that that that that that boy wrote is wrong.

(あの少年が書いたあの that は間違っていると思う)

花火三部作

地震から 390 日目

豪雨から 126 日目

 

昨日紹介した作曲家 弓削田健介さんの

合唱曲「フェニックス」

動画が届きましたので

みなさまにも共有させていただきます

https://youtu.be/5sJy0mpps_g

 

「フェニックス」は

長岡と輪島の小学生の言葉を紡いで

つくられた詩に曲がつけられたものです

長岡の日本一の花火と

輪島高校生が打ち上げた復興の花火

そんなご縁もあります

 

弓削田健介さんは「能登地震」を受け

3曲の合唱曲を作曲しました

「フェニックス」「ゆめはなび」「HANABI」

https://yugemusic.com/special-hanabi/

 

珠洲でも夏祭りに花火を打ち上げたそうです

そのとき地震で亡くなった方への

メッセージを書いた紙を貼り付けて

夜空に大輪の花を手向けたのだそうです

真っ暗な夜空に光る花火の真ん中が

なんだか

大切な人のいる向こうの世界への入口にも見え


「僕らのまちは僕らでつくる」街プロ

当初から活動している2年生に1年生が加わり

新たな展開を見せています

 

様々な企業様からの援助もいただいています

たとえば大成建設様の支援を受けて進めている

「転生プロジェクト」

被災地の瓦礫に新たな命を吹き込むプロジェクト

当初は何をしていいかわからず

右往左往しているかに見えましたが

今では1年生や3年生も巻き込んで

卒業制作にまで広がっています

 

未来のお花を咲かせるために

世代を超えて花粉を運ぶ

ミツバチプロジェクト

これまでたったひとりで頑張ってきましたが

MROの原田幸子アナが

絵本でつながろうと寄り添ってくださることに

頑張る人のもとには

人が集まってくるんですね

これが探究活動の醍醐味です

 

さて今日も新たな企業様が

学校にいらっしゃいました

生徒たちの思いと

企業様の思いの

シナジー効果に期待します

 

 

 

 

 

 

まずは会社の概要を説明していただきました

この会社ではどのようなことをやっているか

そしてどのように未来に繋がっていくのか

生徒たちは真剣に耳を傾けていました

 

 

 

 

 

 

自分たちの活動において

どういった部分にご支援いただけるか

あるいはどのように共創できるか

生徒から活発な質問がされました

 

「僕たちは

 ジムを作りたいんです

 被災民が元気になるための

 力になりたいんです

 何かアドバイスをいただけますか?」

 

「私はジムが嫌いです

 あんな狭いところで走って何が楽しいのか

 外で走った方がよっぽどいい」

とガツン!

 

地震で壊された道路は危険で

とても走れる状況ではありません

だからこそ室内で走れる施設をつくりたい

それなのに…

 

被災地の状況が正しく伝わっていない

新たな社会課題に生徒は気づきます

 

さらには

自分たちがジムを作れば

みんなが喜んでくれると思っていたけど

そうじゃない人もいる

これも新たな視点です

 

じゃあそんな人を巻き込んでいくにはどうすればいいか?

それを考えるのが探究活動の狙いです

決して目に見える結果だけで評価してはいけません

 

「僕たちはエネルギー問題に取り組んでいます

 今輪島のまちは街灯が全て倒れ

 夕方5時を過ぎたら真っ暗です

 太陽光パネルで

 まちを明るくしたいんです

 何かアドバイスをいただきたいです」

 

「太陽光パネルには耐用年数があって

 今運用しているのは寿命がきていて

 その処分に困っている

 だからただ作ればいいというものではない」

とふたたびガツン!

 

処分しなくていい太陽光パネルを作ればいい!

あるいは不要になったパネルを活用できないか

誰もできていないのならチャンス!

生徒のみんなにはそう考えて欲しいのです

 

そんなさまざまな気づきのある

とても有意義な時間でした

群青のフェニックス

地震から 389 日目

豪雨から 125 日目

 

その曲との出逢いは

確か教頭として輪島高校に赴任した年だったような

  

「ああ 

 あの街で生まれて君と出会い

 たくさんの想い抱いて

 一緒に時を過ごしたね」

 

合唱大会で3年生が歌ってくれました

 

「今旅立つ日

 見える景色は違っても

 遠い場所で 君も同じ空

 きっと見上げてるはず」

 

歌詞を気に留めることもなく

美しく懐かしい旋律に

引き込まれていきました

 

「またねと手を振るけど

 明日も会えるのかな

 遠ざかる

 君の笑顔今でも忘れない」

 

あとで調べてみたら曲名は「群青」

 

「あの日見た夕日

 あの日見た花火

 いつでも君がいたね

 当たり前が幸せと知った」

 

東日本大震災の時に作られた曲と知りました

 

「自転車をこいで

 君と行った海

 鮮やかな記憶が

 目を閉じれば

 群青に染まる」

 

そう思って聴きかえすと

歌詞のひと言一言が

胸に突き刺さってきます

 

「あれから二年の日が

 僕らの中を過ぎて

 三月の風に吹かれ

 君を今でも想う」


この曲が生まれたのは、福島第一原子力発電所から半径20km圏内にある福島県南相馬市。

南相馬の子どもたちが東日本大震災によって離ればなれになってしまった仲間を思って、つぶやいたり、 書き留めた言葉を、小高中学校の小田美樹先生がまとめて、曲をつけた作品だそうです。

震災後、全国に避難していった友だちが原発事故で小高に戻れないなど、たくさんの不安が生徒たちにのしかかり、わずか6、7名の2年生も、心を痛め、音楽の授業では歌が歌えなくなっていたそうです。音楽の小田美樹先生も・・・。

ある日、小高中を離れた生徒がどこにいるのか、大きな日本地図に生徒の顔写真を貼り付けながら、子どもたちが「遠いね」「でも、この地図の上の空はつながってるね」など話しながら、詩づくりが始まったそうです。子どもたちの思いを綴った日記や作文、他愛もないおしゃべりから、小田先生は子どもたちの想いを書き留めていき、それをつなぎあわせて、「群青」ができあがったそうです。

(以上、合唱作曲家弓削田健介さんのブログより)

 

「響けこの歌声

 響け遠くまでも

 あの空の彼方へも

 大切な全てに届け」

 

子どもたちが

離ればなれになったともだちを思って

作られた曲だったんですね

 

「涙のあとにも

 見上げた夜空に

 希望が光ってるよ

 僕らを待つ群青の街で」

 

曲のクライマックスでは

感情が

例えは悪いかもしれませんが

津波のように押し寄せてきます


「ああー

 きっとまた会おう

 あの街で会おう

 僕らの約束は

 消えはしない

 群青の絆」

 

群青はスクールカラーだそうです

 

「また

 会おう

 群青の街で」

 

 

 

弓削田健介さんが先日学校にいらっしゃって

生徒の気持ちを

生徒の想いを

訊いていってくださいました

 

その言葉を一つひとつ紡いだ

新しい合唱曲ができあがりました

 

「フェニックス」

 

地震に叩きのめされ

洪水に打ちひしがれ

それでも立ち上がる

今の自分たちを象徴する

そんな曲に仕上がっています

 

「ほしのシャワーにつつまれて

 きみはよみがえる

 こころのそらで

 よぶこえがする

 さみしさにたちむかう

 ゆうきとひびきあって

 ひとりじゃないよ

 おもいだして…」

CSH研究発表会

地震から 388 日目

豪雨から 124 日目

 

SSH・NSH研究発表会が行われました

 

SSHとはスーパーサイエンスハイスクール

理数教育に特化した高校で

文部科学省から指定されています

石川県では

金沢泉丘・七尾・小松の3校が指定されています

 

NSHとはニュースーパーハイスクール

国際的に活躍する人材の育成を目指して

石川県教育委員会から指定された高校で

SSH3校に

金沢二水・金沢桜丘を加えた5校です

 

今日の発表会は

全国の中学・高校の先生方をお招きし

合同でその成果を発表しあうものでした

 

今回はそこに

クリエイティブリカバリースーパーハイスクールCSH

(勝手に名付けました)

輪島高校からも「街プロ」代表の生徒が

特別に参加して発表しました

 

代表生徒は2年生の宮腰さんと邑田さん

「高校生観光大使&都会留学」

のアイデアについて発表しました

 

 

 

 

 

 

現在「地域みらい留学」

という枠組みは既に存在します

 

130校を超える

日本各地にある魅力的な公立高校から

住んでいる都道府県の枠を超えて

自分の興味関心にあった高校を選択し

高校3年間をその地域で過ごす

国内進学プログラムです

 

美しい自然や豊かな文化に溢れた魅力ある地域で

立場や世代を超えた多様な人々に囲まれながら

高校生活を過ごします

 

少人数かつ地域に開かれた教育の中

多様な経験と挑戦の機会があることで

高校生ひとりひとりの個性と自立心が

育まれるプログラムです

 

現在能登高校がこのシステムを利用して

全国からの入学生を受け入れています

 

今回ふたりが提案した「都会留学」は

この逆の発想です

 

能登の高校生が都会の高校生活を体験し

地域と都会の交流を深め

漠然とした都会への憧れを

明確にする狙いがあります

 

都会で活躍する場を見つける生徒もいるだろうし

あるいはもっと世界へ羽ばたく生徒もいる

生まれ故郷の良さを再認識し戻ってくる生徒

あらゆる可能性を広げるプログラムです

 

ふたりが

スポンサーとなり得る地元企業への

ヒアリング調査を行なったところ

「都会留学に賛同する

 一口◯◯万円出す

 見返りは必要ないので

 将来地域のために還元してほしい」など

6割以上の賛同が得られました

 

数値計画として

3名採択された場合の

交通費・宿泊費・広告費・通信費など

◯◯◯◯万円の必要経費を試算し

そのための資金繰り計画

賛同企業からの出資や

テレビ局制作企画料など

具体的にまとめ上げました

 

同じ会場では

七尾高校さんから

能登半島地震による海底隆起の影響で増えた

ウニを利用した炭の開発の発表がありました

 

ウニが増えるんなら

美味しいウニをたくさん食べれていい

と考えるのは早計です

ウニはそのへんの海藻を食べ尽くし

いわゆる磯焼けという現象を起こす

実は厄介ものです

磯焼けを起こすとサザエやアワビが姿を消します

 

しかも増えるのはほとんどがムラサキウニ

さほど美味しくないウニです

ムラサキウニ100匹に1匹の割合で

バフンウニが取れますが

これが美味しいんです

さらにさらに

バフンウニ100匹に1匹の割合で

あかがぜが取れますが

これがたとえようのないくらい

最高の味です

 

がぜというのは方言でウニのこと

つまりあかがぜは赤ウニのこと

能登半島だけでなく日本各地の半島に残る方言です

 

言葉は中心部から地方へと

時間をかけて

まるで池の真ん中に石を投げ入れると

その波紋が周りに広がっていくように

伝わっていきます

 

だから日本の半島の先端の言葉を調べると

昔の京言葉がわかります

 

たとえば能登半島の先端

珠洲の方言「げっさんな」

一度聞くと「ゲスの穴」に聞こえて

なんだか汚い言葉に感じますが

本来の意味は感嘆の言葉

「げに さ あらんや」という雅言葉です

 

輪島の海士町では

「おしっこをする」ことを

「ションベンまる」といいます

「おまる」の語源がここに見られます

 

また海士町の言葉には鼻濁音がありません

鼻濁音とは鼻に抜ける「がぎぐげご」

通常の「ガギグゲゴ」とは違い

nga ngi ngu nge ngo って感じで発音します

「午後」と発音してみてください

最初の「ゴ(go)」が鼻濁音じゃないほう

続く「ご(ngo)」が鼻濁音です

 

日本語では一般的に

語頭の「ゴ」は鼻濁音じゃない方で

たとえば「五円玉」の「ゴ」

 

語中の「ご」は鼻濁音

たとえば「仕事」の「ご」

 

と使い分けています

 

九州弁には鼻濁音がありません

海士町の祖先は九州から来られた方なので

その言葉を受け継いでいるものと思われます

 

さてさて話をあかがぜに戻して

 

私は一度だけあかがぜをいただいたことがあります

 

ご主人自ら漁もされ

採れたばかりの美味いもんを食べさせてくれる

輪島の「連」という居酒屋での経験です

 

おすすめの店です

今は工房長屋の仮店舗でやっています

全国の皆さん

是非是非お越しください

 

金沢二水高校さんからは

色弱者に配慮した授業の工夫について

発表がありました

 

聴衆の高校生からの質疑応答も

大変しっかりしていました

 

県立工業・大聖寺・野々市明倫・羽咋からも

ポスターセッション発表がありました

 

どの学校もしっかりした発表で

各校の探究学習の成果があらわれています

日本の未来は明るいです!

とちあいか

地震から 387 日目

豪雨から 123 日目

 

見てください

この驚きの大きさのいちご

 

 

  

 

 

 

とちぎの「とちあいか」

500円玉と比べて見てください!

こどもの拳ほどの大きさがあります

 

送ってくださったのは

栃木県の「ひとみいちご農園」の

人見(旧姓石田)峰洋様

 

彼は私が七尾高校に勤めていた頃

3年間担任をさせてもらった生徒です

進学校での指導経験がなく

右往左往する頼りない担任でしたが

担任が誰だろうが関係なく

自分達でしっかりと考えて行動する

なんともたくましいクラスで

その中心となって活躍してくれた生徒です

 

「街プロ」の生徒とコラボして

何かできないかなと考えています


本日NHKの「うたコン」で

紅白歌合戦で

坂本冬美さんが

輪島から歌ってくださったときの

舞台裏をお見せします

19:57 からの放送です

ぜひご覧になってください


おかげさまでこのブログ

多くの方にご覧になっていただけるようになりました

 

輪島高校では多くの先生方が

自らの生活を犠牲にしてまで

生徒のためにはたらいてくれています

 

そんな先生方の奮闘ぶりを

シリーズでお伝えしていきます

 

第1回は家庭科の山上佳織先生

自らお子さんを守りながら

学校の中心となって奮闘してくださっています

なぜ被災地で働くのか 山上佳織.pdf


夏に花火を打ち上げた「街プロ」グループ

おばあちゃんが涙して喜んでくれたりしました

まだまだみんなを元気づけたいと

新たな計画をしました

 

イルミネーションイベントを企画しています

生徒からの話をご覧になってください

 

「輪島高校二年生の花火グループです。8月に打ち上げた花火に続き、私達は、3月20日輪島マリンタウンでイルミネーションイベントを開催します。

 今回のイベントは他の「街プロ」やBEYOND the BORDERSとのコラボイベントとなっています。

 そこで資金調達のために現在クラウドファンディングを行っていますが、目標金額にはまだまだ届いていないのが現状です。

もう一度、ふるさと輪島を照らし、明るくするために是非クラウドファンディングのご支援やこの活動の拡散をお願いします。

クラウドファンディング

https://camp-fire.jp/projects/812485/view?list=search_result_projects_popular

インスタグラム

https://www.instagram.com/wajima_hanabi_project?igsh=MTBiNGQwZDQydWc3Zw%3D%3%20D&utm_source=qr

今回のイベントには

海辺の映画館を企画しているナタくんも

コラボしています

新幹線の秘密

地震から 386 日目

豪雨から 122 日目

 

新幹線の座席は

2席のシートと3席のシートが並んでいます

これはあらゆる人数の団体客が

まとまって座れるようにしてあるそうです

4人=2席+2席

5人=2席+3席 つまり横並びに1列

6人=3席+3席

7人=2席+2席+3席

というふうにです

細かい心配りですね

 

3席シートの真ん中の席が

他のシートより広くなっている気がしたので

計ってみたら

両側席が45cm に対して50cm と

確かに5cm広くなっていました

こちらも細かい心配りですね

 

 

 

 

 

 

3席シートのドリンクホルダーの位置は

左側のシートから順に

右右左と1ヶ所だけ逆になっています

これはなぜでしょう?

ちなみに2席シートは右左です

つまり両席の内側についています

おそらく終着駅で

進行方向に座席を反転させる時に

つっかえないように

内側につけてあるのでは?

私の仮説です

 

座席番号に関する私の仮説に

もうひとつあって

飛行機に座席に関するものです

例えば7席シートの場合

AC DEG HK

と謎の飛び飛びアルファベット問題です

 

これは飛行機にはいろいろな大きさがあり

例えば1番小さな4人掛けだと

AC HK

大きさによって

座席の位置が変わるとややこしいので

一番大きなジャンボジェットの

ABC DEFG HJK

を基準にし

機体が小さくなるにつれ

不要な席番号を抜くことによって

例えば

C席は進行方向左通路側

K席は進行方向右窓側

というふうに固定させているのでは?

と飛行機に乗るたびひとり納得しています

Iがないのは数字の1と混同しないためです 

たぶん・・・

 

生活のいろんなところに

探究の「ネタ」はころがっています

何でも無い日常に深い観察眼を持って

見て欲しいと生徒には語っています

ちなみに「ネタ」というのは

「種」をひっくり返した言葉なんだそうです

福男福女

地震から 385 日目

豪雨から 121 日目

 

大学入試共通テストの2日目です

 

 

 

 

 

 

全員体調もよく控室で開始を待ちます

 

 

 

 

 

 

被災地の劣悪な環境の中

頑張ってきた生徒たちだから

きっと落ち着いて力を発揮できると信じています

 

 

 

 

 

 


私は昨日

西宮神社でみんなの合格祈願をしました

 

1月10日の午前6時に大太鼓が鳴り響き

「赤門(あかもん)」が開かれると同時に

本殿を目指して走り出す参拝者たちが報道される

あの神社です

 

こちらがスタートとなる赤門

 

 

 

 

 

 

 そしてゴールの本殿

 

 

 

 

 

 

受験生のみんな

福男福女目指して駆け抜けろ!


阪神・淡路大震災30年

NVNAD被災地交流会に参加しました

 

 

 

 

 

 

阪神・淡路大震災や東日本大震災のほか

中国四川地震 などを通して繋がってきた

ボランティアの方々のシンポジウムです

 

主催者の大阪大学大学院 渥美公秀 教授は

能登半島地震の現状について

新聞社のインタビューで語っていらっしゃいます

「石川県は当初

 受け入れ態勢が整っていないとして

 来県の自粛を呼びかけ

 春になっても取り下げなかった

 ボランティアの力を信じていないのか

 活動を制限し

 単なる労働力として統括しようとした

 個人ボランティアが行きにくい状況が長く続き

 人手不足は継続している

 行政は行政の仕事に専念するためにも

 市民の力を信じてほしい」

 

さらには

これまでに築き上げてきた

かつての被災地が現在苦しんでいる被災地を救援する

「被災地のリレー」

今回の能登半島地震のボランティア不足により

途切れることを危惧なさっています

 

「東日本大震災の被災地で

 津波で流された写真を拾い

 きれいにして返すボランティアがいた

 こうした活動は

 行政や企業ではできない

 行政はボランティアをルールで縛りつけるのではなく

 自由に活動できる環境を整えるべきである」

と結んでいらっしゃいます

 

全く同感です

 

今回輪島高校の避難所には

パンの配給だけと言う状況が長く続き

自衛隊の炊き出しが入るまでに

かなりの日数を要しました

その間民間のボランティアによる

炊き出しが活躍してくださいました

その多くが

行政を通しても行けないから

直接行っていいかと

学校に申し出をしてくださった方々です

許されることではないかもしれませんが

「輪島高校の校長の要請だと言って

 検問を突破して来てくれ!」

とお願いをしました

 

そうやって力づくで来てくださった

ボランティアの力に

輪島高校避難所は支えられていたのです

 

風呂も同じです

自衛隊のお風呂が設置されない

輪島高校を支えてくださったのは

ドラム缶風呂やシャワーを用意してくださった

民間のボランティアの方々なのです

 

東日本大震災を経験された方が

こうおっしゃっていました

「一回きりの物資の支援はボランティアじゃない

 長い間住民のそばにいてくれて

 一緒になってずっとオロオロしてくれる

 それが本当のボランティアだ」


提案です

 

ボランティア団体には

真のプロと言えるような団体が存在します

そんな方々の力を

行政の都合で活用しないのは

本当にもったいないです

 

そこでボランティア団体を

被災地の関係者が評価するのです

ミシュランのように星をつけます

 

三つ星ボランティアには

緊急車両の通行証を付与するのです

 

本当に実力のあるボランティア団体は

煩雑な手続きなしに

即座に被災地に入れる仕組みづくりです


ボランティアに関する問題点についても

赤裸々な報告がありました

 

丹波水害では

カレーの炊き出しが

雨で中止になったとき

食材を買い取るよう被災者に迫る

ボランティアがいたそうです

 

東日本大震災の野田村では

さらにその奥地の現場に届けられるべき支援物資が

この先へは行けないという理由で

置き去りにされたそうです 

 

中国の四川大地震のときは

80,000人の方が亡くなり

今でも30,000人の方が行方不明なんだそうです

規模が違いますね

あれから30年

地震から 384 日目

豪雨から 120 日目

 

30年のタイムスリップ

震災で壊滅的被害を受けた地が

30年後にどんな世界になるのか

見にきました

 

もし私が90歳まで生きたとして

そのとき輪島のまちは

どこまでこの光景に近づいているのか

 

西宮で開催されるシンポジウム

NVNAD2025プロジェクトに

招待していただきました

日本災害救援ボランティアネットワーク

NVNADさんが主催です

阪神・淡路大震災をきっかけに発足した

西宮ボランティアネットワーク(NVN)を前身に

日本全国の災害現場で

支援活動をなさっています

 

まず今日は慰霊碑などを視察させていただきました

 

 

 

 

 

 

「厳寒の暁 地鳴りとともに

  大地は震え 街を沈めました

  こよなく愛された西宮を

  安心して暮らせるまちに

  希望に満ちた美しいまちに

  再び築き上げることを

      お誓いいたします」

の言葉が

 

 

 

 

 

 

亡くなられた多くの方のお名前

「不思議なことにここにたくさんいた

 外国人のお名前はひとつもないんですよ」

と教えてくださる方がいらっしゃいました

 

そういえば関東大震災のときも

多くの朝鮮人が

「井戸に毒を入れた」

などの根も葉もないデマのせいで

虐殺される事件が起こりました

 

普段くすぶっている差別や偏見が

被災に起因するストレスによって

顕在化することがあります

 

このへんにいらっしゃった

在日外国人の方々は

当時身の危険から

警察署の中の避難所に匿われたそうです

 

 

 

 

 

 


傍らには

「火垂るの墓」誕生の地の碑もありました

 

 

 

 

 

 

舞台がここ西宮なんですね

 

「火垂るの墓」のこのポスター

 

 

 

 

 

 

 

 

宙を舞う光

全てが蛍の光ではないこと

ご存知でしたか

よく見ると光の形が2種類

ぼんやりまんまるなのが蛍

少し細長いのは実は焼夷弾です

その証拠に真っ暗な空に目を移し

よくよく目を凝らすと

そこには爆撃機B29の機影が

うっすら描かれているのです

 

だから「蛍」の墓ではなく

「火垂る」の墓なのですね

 

昔は終戦記念日の頃には

毎年のようにテレビ放映されていましたが

今では地上波では放送できないそうです

劇中登場するサクマ式ドロップ

その登録商標に絡む問題が原因のようです


大学入試共通テスト

今日の結果はどうだったかな?

 

こちらは前日の様子

 

 

 

 

 

 

栄養たっぷりつけて

体調も万全のようです

 

 

 

 

 

 

夕食後もラウンジに集まって

最後の勉強会をしたようです

 

 

 

 

 

 

 

こちらはおそらく会場の金沢学院大学

3年生学年主任の奥野先生からの報告です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国際サミットの昼食場みたいな感じです

 

2日目も落ち着いて頑張れよ