校長室より「おこらいえ」

あれから30年

地震から 384 日目

豪雨から 120 日目

 

30年のタイムスリップ

震災で壊滅的被害を受けた地が

30年後にどんな世界になるのか

見にきました

 

もし私が90歳まで生きたとして

そのとき輪島のまちは

どこまでこの光景に近づいているのか

 

西宮で開催されるシンポジウム

NVNAD2025プロジェクトに

招待していただきました

日本災害救援ボランティアネットワーク

NVNADさんが主催です

阪神・淡路大震災をきっかけに発足した

西宮ボランティアネットワーク(NVN)を前身に

日本全国の災害現場で

支援活動をなさっています

 

まず今日は慰霊碑などを視察させていただきました

 

 

 

 

 

 

「厳寒の暁 地鳴りとともに

  大地は震え 街を沈めました

  こよなく愛された西宮を

  安心して暮らせるまちに

  希望に満ちた美しいまちに

  再び築き上げることを

      お誓いいたします」

の言葉が

 

 

 

 

 

 

亡くなられた多くの方のお名前

「不思議なことにここにたくさんいた

 外国人のお名前はひとつもないんですよ」

と教えてくださる方がいらっしゃいました

 

そういえば関東大震災のときも

多くの朝鮮人が

「井戸に毒を入れた」

などの根も葉もないデマのせいで

虐殺される事件が起こりました

 

普段くすぶっている差別や偏見が

被災に起因するストレスによって

顕在化することがあります

 

このへんにいらっしゃった

在日外国人の方々は

当時身の危険から

警察署の中の避難所に匿われたそうです

 

 

 

 

 

 


傍らには

「火垂るの墓」誕生の地の碑もありました

 

 

 

 

 

 

舞台がここ西宮なんですね

 

「火垂るの墓」のこのポスター

 

 

 

 

 

 

 

 

宙を舞う光

全てが蛍の光ではないこと

ご存知でしたか

よく見ると光の形が2種類

ぼんやりまんまるなのが蛍

少し細長いのは実は焼夷弾です

その証拠に真っ暗な空に目を移し

よくよく目を凝らすと

そこには爆撃機B29の機影が

うっすら描かれているのです

 

だから「蛍」の墓ではなく

「火垂る」の墓なのですね

 

昔は終戦記念日の頃には

毎年のようにテレビ放映されていましたが

今では地上波では放送できないそうです

劇中登場するサクマ式ドロップ

その登録商標に絡む問題が原因のようです


大学入試共通テスト

今日の結果はどうだったかな?

 

こちらは前日の様子

 

 

 

 

 

 

栄養たっぷりつけて

体調も万全のようです

 

 

 

 

 

 

夕食後もラウンジに集まって

最後の勉強会をしたようです

 

 

 

 

 

 

 

こちらはおそらく会場の金沢学院大学

3年生学年主任の奥野先生からの報告です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国際サミットの昼食場みたいな感じです

 

2日目も落ち着いて頑張れよ

30年前のこの日

地震から 383 日目

豪雨から 119 日目

そして阪神淡路大震災から30年目

 

当たる確率がそれぞれ20%と60%の占い師

あなたならどちらに診てもらいたいですか?

私なら20%の占い師を選びます

 

私には化学教員として誇るべきスキルがあって

大学入学共通テストの直前に

出題される問題を夢に見るというものです

しかもかなり詳細かつ具体的に見えるのです

ただし驚くべきことに

それが当たったためしは

未だかつて一度もありません

 

私はそれを逆手に取り

「今年はこの問題は出ないよ」

という予言に使って絶大な信頼を得ていました

 

20%の占い師の言うことの逆をすれば

80%の確率で当たりです

 

いよいよ明日から

共通テストが始まります

本校からの受験生は

みんな揃って今日バスで出発し

片道2時間以上かけて 

会場のある金沢市へ向かい

ホテルで宿泊します

 https://cms1.ishikawa-c.ed.jp/wazifh/blogs/blog_entries/view/75/75e1ed120d5bf4b4a1f9353d3ff01b94?frame_id=210

 

思えば昨年度は

緊急車両扱いの通行証を

教育委員会を通じて発行してもらい

それで何とか受験できたのでした

 

みんな頑張れ!


今週の【活動性を高める授業づくり】

 

このコーナーは

久留米大学の安永悟教授に学んだ

授業づくりのポイントを

お伝えするものです

 

生徒の活動主体の授業に欠かせないのが

生徒同士の対話の時間です

 

ところがありがちなのが

生徒のグループでの議論が白熱し

教員が一言コメントをしたくても

だれも話をやめない

そんなパターンです

しびれを切らして話を始めても

話を聞いてない生徒が何人もいて

あとで、もう一度同じ話をする羽目になる

そんな悪循環です

こんな経験ありませんか

私は何度もあります

 

こんな時

一瞬で教員の話に集中させるためのテクニックです

 

最初にこんな決まり事を作っておきます。

①先生が喋りたいときには黙って手を挙げるので

 気づいた人は話を止めてを手を挙げて

 先生の方を向いて座り直すこと

 ②誰かが手を挙げているのに気づいたら

 やはり手を挙げて

 その人と同じ方向を向いて座り直すこと

 

こうすると

大きな声で指示を出さなくても

一瞬のうちに生徒の聞く姿勢が整います

 

アルフィーのファン

いわゆるアルフィー中毒(アル中)の

決まり事にもあります

「ノルときはノル 聞くときは聞く」

 

やはり話すときと聞くときの

けじめが大切です

 

私はかつて授業中に

「パフ」って鳴るラッパ

(笑点のテーマソングの最後に鳴る)

あるいは

「チン」って鳴るベル

(ホンマでっか!?TVで使っている)

を採用していましたが

それよりも「お手挙げ作戦」の方が

徹底できそうです

高校生ガイドの話

地震から 382 日目

豪雨から 118 日目

 

年の初めには

県立学校の校長全員が集まる会議が開かれます

今日はその会議に出席しました

教育次長からは

次のようなお話がありました

 

昨年度のこの会議は震災の関係で

一部オンラインで行われたこと

その席上で地震からの復興に向けて

教育委員会は全力で取り組むつもりでいること

そして被災していない学校の校長も

全力でサポートするよう指示したこと

そしてそれは今年も全く変わらないこと

 

私はその会議にオンラインで出席しているはずですが

実はそのことを今思い出そうとしても

正直全く思い出せません

本当に参加したのかも定かではないほどです

 

でもこんなお話をしてくださっていたのですね

全ての高校の校長先生が

生徒の転学や一時通学に対して

本当に親身になって受け入れてくださったのは

こんなお話があってのことだったのだと

あらためて感謝の気持ちでいっぱいになりました


ビジネスコースの3年生が

高校生ガイド交流会に参加しました

現在石川県では

高校生によるツアーガイド活動を推進しています

今年度は輪島でのツアーガイドはできませんが

今後は被災地見学や防災教育に特化した

ツアーなども高校生が主体となって計画していきます

 

 

 

 

 

 

今日は松任高校の生徒さんたちと

交流会を実施しました

パリサミット報告会

地震から 381 日目

豪雨から 117 日目

 

報告会に先立って

未来を創る会社EQUMENOPOLISさんを訪問しました

 

 

 

 

 

 

12ヶ国からの方によるグローバル企業です

AIを活用した英会話教材を開発されています

輪島高校では今後授業の中に取り入れていくことで

その技術開発に積極的に協力していく予定でいます

 

 

 

 

 

 

パンダさん オガケンさん モモさんが

フレンドリーにお世話してくださいました

 

EQUMENOさんが開発している

AI英会話教材はLANGXといいます

1 能力を引き出す対話インタラクション技術

2 人の成長を促す診断技術

3 対話シナリオパーソナライゼーション技術

をコンセプトとしています

 

まずはグループに分かれて

LANGXのキャラクターであるインテラさんと

実際にお話ししてみました

 

インテラさんは積極的に質問してくれて

その回答を聞くことで

生徒の英会話レベルを即時に判断し

次の質問のレベルを調整してくれます

 

 

 

 

 

 

 こちらのグループはカフェスタイルで

 

 

 

 

 

 

AI技術を活用すれば

今後英語の授業は

どのように変わっていく可能性があるか

アイデアを出し合いました

 

 

 

 

 

 

グループごとの話し合いの結果を

シェアしあいました

 

 

 

 

 

 

英語以外の言語も開発してほしい

「ゆっくり話して」に対応してくれたり

自分好みにアバターを変化できるといい

など開発への希望を出し合いました


引き続き

「令和6年能登半島地震から1年

 阪神淡路大震災から30年に想いを馳せる会」

 

 

 

 

 

 

ご挨拶をさせていただきました

「あの日からもう1年が経ちました

 7階建のビルが倒れるような揺れと

 関東大震災をはるかに超える地面の隆起

 5mを超える津波

 そして街を焼き尽くす炎に

 私たちは大切な家族

 かけがえのない思い出を

 奪われました

 

 終戦後の焼け野原に子供達を集めて

 教科書も筆記用具も何ない中

 それでも学ぶことを止めてはならないと

 授業をし続けた先生がいらっしゃいます

 その姿を目標に

 我々教員の戦いが始まりました

 数ヶ月間は私は学校に泊まり込み

 今日いらしゃっている山崎先生は

 ずっと車の中で寝泊まりしてお仕事をされました

 

 災害現場には

 その場で判断のできる責任者を派遣する

 そしてできることは全てやれと指示する

 仮にそれが法に触れるようなことであれば

 法改正する

 それが一国の首相の責任

 このようなことが東日本大震災の際に言われました

 

 この言葉の通り

 支援を待つだけでは何も進まない

 自分たちで行動を起こさないといけない

 そう思って今日まで歩いてきました

 

  『上から降ってくる復興計画には

  そのまま乗っかるな  

  自分たちの街は自分たちで創る

  そんな気持ちを持て』

 生徒たちにはそう語りかけています

 

 今被災地ではさまざまな教育の課題が

 浮き彫りになっています

 教育格差の問題であったり

 教員不足の問題であったり

 しかしこれは何も災害が原因で起こったことではなく

 日本全体さらには世界全体に

 潜在している問題です

 

 これらの課題に主体的に取り組む生徒の育成に

 今一番力を入れています

 その中の柱と言える取り組みが

 OECDとの共創なのです」 

 

そのあと

2年生の長井さんが

「これからの輪島に思うこと」

同じく上野さんが

「OECD国際サミットの報告」

岡本先生が「未来へ向かう想い」

について報告をしました

能登はいるわいね

地震から 380 日目

豪雨から 116 日目

 

紅白歌合戦で輪島から歌ってくださった

坂本冬美さんからお便りが届きました

 

  

 

 

 

 

心のこもった

たいへん美しい文字でしたためられています

みなさまにもご披露申し上げます

 

「地元の皆様にも大勢お集まり頂き

 温かい拍手で盛り上げてくださいましたこと

 心より感謝申し上げます

 度重なる困難を乗り越えられた

 力強い握手と

 何事にも挫けない笑顔に触れ 

 逆に私の方が希望や勇気を頂きました

 さらには御陣乗太鼓保存会の皆様の

 魂のこもった素晴らしい演奏で

 『能登はいらんかいね』を

 全国の皆様にお届けすることが出来

 私にとりましても

 忘れられない紅白となりました

  ・・・

 三十四年前

 ミュージックビデオ撮影で

 輪島から珠洲の町を歩かせて頂き

 その素晴らしい風景や

 町の皆様の温かさに感動したことが

 鮮明に思い出され

 改めて目を覆うような光景に

 地震の凄まじさ

 水害の恐ろしさ

 自然の脅威を痛感致しました

  ・・・

 それではまた

 輪島で歌わせて頂けます日まで

 私も精進を重ねて参ります」

 

素晴らしい歌声と

その優しいお人柄に魅了されたこと

思い出しました

 

放送のあとに歌っていただいた「風に立つ」

冬美さん自身

悲しくてつらくてどうしようもないときに

つくっていただいた大切な曲だそうです

「朔風が吹いても 

 向かい風吹こうとも

 たじろがずくじけずに

 前だけ見つめ行くがいい

 泥にまみれて涙流しても

 こころに錦の花をもて

 そうさ人生やるっきゃないさ」

 

以前このブログで

演歌は好きになれない

みたいなこと書きましたが

とんでもない

心に響きました

音楽にはジャンルなどない

すばらしいものはすばらしい

心からそう感じた瞬間でした

 

外では

御陣乗太鼓を思わせる

冬の雷が鳴り響いています


今日の【商売ことはじめ】

昭和23年

戦災で焼け野原となった博多の街に

小さな食料品店が生まれました

お店の名前は「ふくや」

戦時中の幼少期を韓国で過ごした店主は

そこでの庶民の食べ物「たらこのキムチ漬」

その味が忘れられず

味を再現し売り出します

 

なんだか祖国タイで見た

海辺の映画館が忘れられなくて

被災地の皆に見せてあげたいと

がんばっているナタ君みたいです

 

タラコとはすけとうだらの卵

中国が明(みん)と呼ばれていた頃

その近海でよく獲れたことから

すけとうだらのことを

「明鯛(みんたい)」

と呼んでいました

「明鯛」と書いて「すけそう」とも読みます

もう漢検一級レベルですね

 

こうやって作られた「明鯛子」

店主は細々と商売をしながら

その製法を惜しみなく

博多の人々に伝えました

 

昭和50年

新幹線が博多まで延伸されることになったとき

博多名物として何を置こう?

そうだ!明太子だ!

こうして爆発的なヒット商品となるのでした

 

逆境の中でこそ新しいものが生まれます

今「街プロ」で生徒たちが作り出しているもの

この先どんな進化を遂げるか楽しみです