校長室より「おこらいえ」

地中海性気候

日本時間 1日(木)1:30

ポルトガル時間 30日(水)17:30

 

リスボンから車でモイメンタまで

 

 

 

 

 

 

見渡す限りのオリーブ畑が広がっています

 

なだらかな丘陵地帯をひたすら行きます

 

 

 

 

 

 

 

石灰岩質の岩肌が続きます

 

 

 

 

 

 

この岩質が与える水はけの良さこそ

美味しいポートワインになる

良質のぶどうを育みます

と昔漫画で読んだことがあります 

 

石畳の道が姿をあらわし

いよいよモイメンタ到着です

 

 

空路リスボンへ

日本時間 1日(木)0:30

ポルトガル時間 30日(水)16:20

 

航空機から窓を覗きました

 

 

 

 

 

 

オランダは運河と風車の国

見事に張り巡らされた運河です

伝統的風車は見つけられませんでしたが

風力発電の風車ならありました

 

フランス上空を横断します

 

 

 

 

 

 

さすが農業の国

モザイク画のように区画された

農地が地平線まで拡がっています

 

いよいよポルトガル上空へ

 

 

 

 

 

 

海岸段丘がくっきりと見えます

 

海辺の小さな街

なんて街かは分かりませんが

ポルトガルに来たなという感じです

 

 

 

 

 

 

「魔女の宅急便」の舞台

もしかしてここでは?

調べてみると実際には

スウェーデンのウィズウィーが

舞台なんだそうです


いよいよリスボンに到着しました

これからタクシーで

目的地モイメンタ・ダ・ベイラに向かいます

4時間かかります

まだスキポール空港にて

日本時間 30日(水)20:20

オランダ時間 13:20

 

出発時刻を1時間過ぎたのに

未だ出発する気配がありません

 

また何かあったのでしょうか?

 

スキポール空港にて

日本時間 30日(水)19:20

オランダ時間 12:20

 

窓の外にはオランダの田園風景 

 

 

 

 

 

 

 

 

国土の4分の1が海面より低いところにあり

水路や運河が多く

堤防やダムを使って

水とうまく付き合いながら生活をしています

風車とチューリップが思い浮かびますね

 

Amsterdam Airport Schiphol でトランジット

 

 

 

 

 

 

もともとトランジット時間が

40分程度しかない上に

一番後部座席

間に合うかハラハラドキドキでした

 

 

この飛行機誰んだ?

日本時間 30日(水)17:10

フランス時間 10:10

 

 いよいよパリを発ちます

 

 

 

 

 

 

登場するのは KLMオランダ航空

エールフランスの系列です

 

 

 

 

 

 

パイロットさんが手を振ってくれました

 

 

 

さといの大冒険

日本時間 30日(水)16:40

フランス時間 9:40

 

さといちゃんは

マカロンをお買い上げ

 

 

 

 

 

 

そのあとスタバで抹茶フラペチーノを嗜み

すっかりパリジェンヌしてきました

法の網をすり抜ける男

日本時間 30日(水)16:30

フランス時間 9:30

 

フランスでは

16歳でお酒が買えるということを知った彼は

本当かどうか試してみました

 

 

 

 

 

 

どうやらゲットできたようです

(ちなみにこれは飲んだフリ

 実際にはお土産に持って帰りました)

さらばパリの灯

日本時間 30日(水)15:30

フランス時間 8:30

 
航空機の予約がようやくとれ

これからアムステルダム経由で

リスボンへ向かいます

 

 

 

 

 

 

自分でチェックイン!

 

停電のおかげで

期せずして

オランダにも

立ち寄れることとなりました

OECDでオンライン

日本時間 29日(火)23:00

パリ時間 16:00

 

予定では今日はポルトガルにいる予定でしたが

ヨーロッパを襲った大規模停電の影響で

パリに留まっています

 

OECD本部をお借りして

ポルトガルとオンラインで繋ぎ

交流を深めます

 

まずはOECD本部内を

見学させていただきました

 

 

 

 

 

 

 

加盟国の国旗が出迎えてくれます

現在加盟国は38カ国だそうです

 

 

 

 

 

 

 

 まずは主要スタッフの皆さんにご挨拶

 

 

 

 

 

 

 

続いて災害復興の建築関係部署の方と懇談

開放的なオフィスでゆったり会議ができます 

 

 

 

 

 

 

クリエイティブなアイデアが

湧いてくるような空間です

 

 

 

 

 

 

 

国際会議場にも入らせていただきました

 

 

 

 

 

 

 

来賓をお招きする応接室です

お城の中のようです

 

東日本大震災で残った桜の木

 

 

 

 

 

 

根のついた植物の輸出入は

禁止されているため

枝を持ってきて桜科の植物の根に

接木をしたそうです

40本ほど持ってきた中で

1本だけ根付いたんだそうです

 

午後からオンラインで繋いで

ポルトガルの高校生と交流する予定でしたが

現地はまだ混乱しているようで繋がりません

 

 

 

 

 

 

こちらでZoom会議を立ち上げ

録画して後日見てもらうことにしました

災い転じて福と為す

日本時間 29日(火)19:00

フランス時間 12:00 

 

リスボンに向かう便が明日しか取れず

今日はパリのOECD本部をお借りして

ポルトガルとオンラインで繋ぎます

 

時間ができたので

パリの街に繰り出しました

 

 

 

 

 

 

大都会だけど緑の多い街です

 

 

 

 

 

 

すべての建物が統一された建築様式で

街全体が芸術作品のようです

 

 

 

 

 

 

 「Arc de triomphe de l'Étoile」

この凱旋門を中心に

Champs-Élysées(シャンゼリゼ)をはじめ

12本の通りが放射状に延びています

その形が地図上で光り輝く

「星=étoile」のように見えることから

この名称で呼ばれています

シャンゼリゼ通りの地下入口から

地下道をくぐって広場に入ります

この広場は「Place Charles-de-Gaulle」

シャルル・ド・ゴール広場と呼ばれます

Charles-de-Gaulle は

1940年5月のナチス侵攻を受けた後

自由フランスを樹立して最初の首相となり

後に最初の大統領に就任した

絶大な尊崇を集める救国の英雄です

パリ空港も彼の名をとって

シャルル・ド・ゴール空港と呼ばれます

 

 

 

 

 

 

Métro (地下鉄)を乗り継いで

Musée du Louvre(ルーブル美術館)へ

 

 

 

 

 

 

ルーヴル美術館はルーブル宮殿を活用した美術館で

フランス王フィリップ2世が

12世紀に要塞として建築したものです

幾度となく増改築が繰り返されて

現在の建物となっています

歴代フランス王の王宮として使用されていましたが

1682年ルイ14世が

自身の王宮にヴェルサイユ宮殿を選んだことから

王室美術品コレクションの収蔵場所となりました

 

 

 

 

 

 

 

次に向かったのは

(エッフェル塔)

マックを「マクド」と略したり

エスカレーターでは右側に立ったり

上沼恵美子さんのようなジェンヌがいらっしゃったり

しまいに通天閣みたいなんがあったりと

ほんま大阪の街に似ておます 

 

クイズです

 

 

 

 

 

 

ここはどこでしょう

どなたかが亡くなった場所です

 

有名な方です

 

そんなに大昔の話ではありません

 

原因は自動車事故です

 

最終ヒント「パパラッチ」

 

答えは

 

「ダイアナ妃」でした

緊急時こそみんなで知恵を

日本時間 4月29日(火)13:00

フランス 6:00

 

ご心配をおかけしています

 

少し落ち着きました

ことの顛末を

 

昨日OECDパリ本部への訪問を終え

リスボン行きの航空機へ搭乗しました

 

タラップには何人もの Police de Paris が

「誰か護送でもするんですかね」

と同行のオギーさんこと

東京学芸大学 荻上健太郎 先生と笑いながら搭乗

 

ところが定刻になっても

一向に飛び立つ気配もなく

よく見るとコックピットのドアが開いたまま

操縦席が丸見えです

 

生徒とお散歩メガネ

「何が起こっていると思う?」

「機長が寝坊したとか」

「急にお腹痛くなったとか」

「副操縦士が喧嘩して出て行ったとか」

少々時間が遅れても楽しみ方はあります

想像が膨らみます

 

やがてキャビンアテンダントが

何やら叫びながら客席をウロチョロ

「何言ってると思う?」

「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか?」

「お客様の中に看護師さんは?」

「医学生の方は?」

「お医者さんになりたかった人は?」

「お医者さんごっこが好きな人は?」

「それなら先生手挙げよかな」

この時点ではまだ笑っていられました

 

やがで数人の乗客が

荷物を持って降りて行きます

預かりラゲージも

機体のお腹から取り出しています

 

その時です

緊急ニュース

スペインとポルトガルで大規模停電

交通が麻痺

サイバーテロの可能性も

 

別便で先に

リスボン入りしているパーティーからも

空港で足止めを食らっていると連絡

 

時間が1時間2時間と過ぎて行きます

オギーさんに相談です

「今リスボンに向かっても

 電気も来ないところに

 生徒を連れて行くことになります

 今日はキャンセルして

 パリに泊まりましょう」

「今キャンセルすると

 何の保証もありません

 航空機会社からの

 キャンセルアナウンスがあるまで

 待ちましょう」

冷静な判断です

 

生徒にその旨告げると

「自分達は行きたい

 自分達は電気も水道もない中

 それでも何ヶ月も生きてきた

 だからこそ伝えられるものがある

 みんなを勇気づけたい」

なんてたくましい子たちでしょう

逃げようとしていた自分が

恥ずかしくなりました

 

日本にいる保護者にも連絡を入れます

私のレンタルWiFiも

繋がりにくくなっています

唯一繋がったのが崖くんの

Docomo海外通信プラン

今回のようなケースを考えると

そちらの契約の方が良いかもしれません

 

崖くんのお母さんから返信が

「うちの子は

 電気や水道のありがたさを

 痛いほど知っています

 なくても何とか生きていく術も

 知っています

 サバイバルな生活を

 不自由な生活を

 彼は楽しんでいました

 他の場所への避難の道を選ばず

 家族と共に家に残り

 傷ついた自分の故郷を

 この目で見続けていくんだと

 山から水を汲むことも

 彼の仕事でした

 炊き出しも喜んで楽しんで

 やってくれました

 彼の存在は

 私たちの生きる希望でした」

予定変更

日本 1:30

パリ18:30

 

航空機が飛べなくなりました

Air France が用意してくれたホテルに泊まります

慌ててキャンセルした客にはその保証がないので

落ち着いて待って正解でした

サイバー攻撃の可能性は低い

日本23:30

パリ16:30

 

動きはありません

様子を見ています

生徒の体調管理だけ気をつけて

とにかく今は待つしかありません

 

こんなときは慌てて動いても

いいことはありません

シャルル・ド・ゴール空港で足止め

日本時間 28日(月)20:15

 

ポルトガルとスペインで大規模停電

現在パリにて様子を見ています

 

私のWiFiもつながりにくくなっています

小刻みに情報発信します

OECD本部訪問

日本時間 28日(月)16:30

フランス時間 9:30

 

OECD(経済協力開発機構)の

パリ本部を訪ねてきました

 

 

シャルル・ド・ゴール空港着

日本時間 28日(月)13:00

フランス時間 6:00

  

エールフランス便でパリに着きました

 

 

 

 

 


飛行機の中のウィーフィーは

(Wi-Fi をフランス語でこう読みます)

すぐ繋がってくれるくせに

全く役に立ちません

なんでも安請け合いして

それでいて成果の出ない

まるで自分自身を見ているようで

身につまされます

 

キャビンアテンダントさんも当然フランス人

さあお飲み物の提供にまわってきましたよ

 
(よしフランス語の力を試そう!

 どんな飲み物があるのかな?)

「Quest que vous avez?」

『#¥&*’!%/+』

(うーん何言っとるか聞き取れん…とりあえず…)

「Je voudrais du jus d’orange,s’il vous plaît」

『€§? ne ¥”,=/ pas 』

(ne pas と言ったぞ否定文だ

 オレンジジュースないんか)

「Du jus de pomme,s’il vous plaît」

『*…%^_^@/?』

(わーもっと早口になってきた

 もう一回聞いてみよう)

「Vous pouvez répété,s’il vous plaît?」

『*…%^_^@/?』

(やっぱりわからん

 ゆっくり言ってもらおう)

「Vous pouvez parler plus lentement s’il vous plaît?」

『* …  % ^  _ ^ @ / ?』

(ダメだゆっくり聞いてもわからん

 でも出てこないところを見ると

 リンゴジュースもないのかな?

 しかたないワインのボトルがあるから)

「Du vin rouge,s’il vous plâit」

『ëi=%¥“』

(わー通じない…もうヤケクソで知ってる単語総動員)

「Du vin blanc,s’il vous plaît 」

「Un caffe, s’il vous plaît 」

『£§^~\”』

(もうわからないって正直言おう)

「Je ne comprends pas.」

 
めちゃくちゃ凹んでいると

私が言っていたことは通じていたらしく

テーブルに

オレンジジュース

リンゴジュース

赤ワイン

白ワイン

コーヒー

とずらり勢揃い

カオスな状態になるのでした

 
きっと

『そんなにお飲みになるんですか?』

『大丈夫ですか?』

と訊いていたんでしょうね

 
このぐだぐだ感が旅の醍醐味です

 
次のお客さんは英語で対応

耳を立てていると

「Chicken or Pasta?」

(なんや食べたいもん訊いてたんか)

 
牛肉や豚肉ならわかったんですけど

今度は鶏肉も勉強しとこ

 
牛は英語で cow フランス語で bœuf

豚は英語で pig フランス語で porc

日本では

生きていれば英語

お亡くなりになったあと

つまり戒名であるビーフやポークは

フランス語を使ってるんですよね

さすがグルメの国フランス

でも鶏さんの戒名であるチキンだけは英語由来

ここが盲点でした 

羽田を発ちます

日本時間 27日(日)22:05

 

いよいよ日本を発ちます 

 

 

 

 

 

 

ふたりとも元気です

 

 

 

 

 

 

シャワーも浴びてリフレッシュ

 

 

 

 

 

 

税関も無事通過しました

 

 

 

 

 

 

これから14時間のフライトです

飛行機の中では

発表の準備をして過ごします

 

 

 

 

 

 

羽田空港に着きました

日本時間 27日(日)11:45

 

お昼は日本を離れる前に名残の和食の

出汁茶漬け

普段食べるかといえば

そうでもないくせに

日本を離れるとなると食べたくなるのはなぜ?

 

 

 

 

 

 


東京で時間ができたので

東京都復興記念館へ行ってみました

 

 

 

 

 

 

関東大震災そして東京空襲から

いかに人々が立ち上がってきたのか

 

 

 

 

 

 

復興への険しい道のりと

それでもその向こうにある希望と

 

 

 

 

 

 


さらに近くにある北斎美術館にも

足を運びました

 

 

 

 

 

 

大河ドラマ「べらぼう」でお馴染み

蔦屋重三郎ゆかりの人物

「富嶽三十六景」で知られる

葛飾北斎にまつわる美術館です

 

 

 

 

 

 

蔦屋重三郎は稀代のプロデューサーで

瀕死の吉原を

持ち前のポジティブ思考とアイデアで

復興させていくその様は

被災地の中で工夫を凝らしてやっている

先生方や生徒のみんなの姿と

どうしても重なって見えます

 

 

 

 

 

 

「べらぼう」といえば

最初の頃に出ていた絵の上手な子ども

川に落ちて亡くなったかのようですが

私は絶対に「◯◯」だと思っています


野球部が星稜を相手に

8回まで2−1でリードしている

との情報を聞き心躍っています

ポルトガルへ行ってきます

日本時間 27日(日)10:40

 

旅をすると

これまで教科書で

ちょこっと読んだことしかなかった程度の知識が

壮大なストーリーとなって

心の中で渦巻きはじめます

 

今日からポルトガルへ研修旅行

生徒ふたりを連れて行ってきます

 

ポルトガルの北のはずれ

モイメンタ・ダ・ベイラという小さな町に

スクール・クラスターがあります

 

これは学校をハブとして

地域を有機的に結びつけたものです

 

思えば震災から数ヶ月後

輪島高校の中に

幼稚園・小学校・中学校・高校・病院

そして避難所と

あらゆる施設が集まって

クラスターを形成していました

 

少子高齢化と過疎化が進む地域においては

このような考え方がこれから

大切になってくると思います

 

震災からの復興

地域創生に向けて

いろんなものを見て学んできます

 

 

 

 

 

 

この青い空が

ポルトガルまで繋がっているんだなと

ワクワクしてきます

 

 

 

 

 

 

地震の後の能登半島を

初めて上空から見ました

傷だらけの岩肌が痛々しいです

 

 

 

 

 

 

春高バレー

地震から 482 日目

豪雨から 218 日目

 

男子バレー部が春の大会に臨んでいます

3つのA

Aきらめない

Aいさつのできる

Aいされる

のバレー部

 

 

 

 

 

 

OBたちもたくさん応援に来てくれました

被災した時に県内の仲間からもらった

横断幕も掲げてます

 

 

 

 

 

 

敗れてしまいましたが

少ないメンバーでしかも

高校から始めたメンバーばかりなのに

実に堂々とした闘いぶりでした

 

思いっきり練習できる環境を

整えてあげることのできない

校長の責任をひしひしと感じました

 

明日は野球部が星稜戦に挑みます


【今日のじょーおこらいえ】

生徒が校長ブログを読んで書いてくれた感想を

紹介するコーナー

 

今回は1月3日「立ち上がれ!輪高」を読んで

 

「私は地震当初電波がつながらなくて

 1月3日にようやくスマホが見れるようになりました

 それまで周りの状況や学校がどうなるのか心配でした

 周りの人と連絡を取り合い

 「おこらいえ」を読みました

 その時に初めて学校の状態を知って

 私もこの現状や酷さに絶句しました

 輪島全体がこんなことになっているのかと思うと

 悲しく言葉が出ませんでした

 私は3月半ば頃まで学校に行けず

 金沢で過ごしていたので

 学校の状況が特にわからず

 この先が不安でしたが

 「おこらいえ」を通して知ることができ

 とても助かりました

 この日の投稿の中で

 「生徒の皆さんは学校再開のその日まで

 自分で学び続けてください」

 という言葉があり

 とても印象に残りました

 初めてこんなに長い期間が学校に行けず

 勉強を自分でやらなければならない

 という状態になって

 気持ちの面などで難しくなった時期がありました

 その時にこのブログの中の

 「決して学ぶことを止めてはならない

 自分で学び続ける」

 という言葉を思い出しました

 地震が起きて何もできない時間が増え

 かえって勉強することが億劫になり

 学習することを怠っていましたが

 この言葉を見て勉強しようと思うようになりました

 高校生が勉強する事は当たり前だと思うけど

 その当たり前のことや日常がなくなったとき

 勉強しようと思えたことが良かったと感じています

 どんな状況の中でも自分のやるべきことを見つけ

 実行することが大切だと思えた瞬間でもあります

 地震が起きてから私たちの日常は大きく変わって

 これまでのようにはいかないことが

 本当にたくさんできたけど

 これからもいつも通りに勉強して

 生活して行けたらいいなと思いました」

          《浜谷 美耶》